イレッサ訴訟、患者側の全面敗訴確定

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「イレッサ」訴訟で東京高裁で敗訴した患者側が上告していた件で、最高裁は4月12日、製薬会社アストラゼネカへの請求に対する上告を退ける判決を言い渡した。国への請求については、最高裁は既に4月2日に原告の上告を受理しない決定をしており、患者側の敗訴が決まった。

大阪高裁で敗訴した患者側も上告中であったが、最高裁は同日付で原告の上告を棄却する決定を下した。

これにより、一連の訴訟は終結した。

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イレッサは英国のAstraZenecaが開発した肺がん治療薬で一般名はゲフィチニブ。

厚生労働省は2002年7月、世界に先駆けて、申請から半年で輸入承認した。
2002年8月に発売され、2カ月の間に、1万人以上の患者に投与された。

がんの増殖、転移に関係する分子を狙い撃ちにする「分子標的治療薬」で、正常細胞を傷つける抗がん剤より副作用が軽いと期待されたが、市販開始直後から間質性肺炎などによる副作用死が相次いだ。

厚労省は同年10月、同社に、全国の医療機関に緊急安全性情報を出して注意を呼びかけるよう指示した。
その後、患者の同意を得た上で投与することも記された。

厚労省によると、2012年末時点で、イレッサの副作用とみられる報告は2350例あり、このうち862人が死亡している。

イレッサは特定の遺伝子変異を持つ患者に効果が高いことが分かっており、2011年11月からはこれら患者に限定して投与され、昨年1年間で約7500人に新たに投与された。

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イレッサで深刻な副作用を受けた患者と副作用によって死亡した患者の遺族計15人が、国とアストラゼネカに損害賠償を求めた訴訟で、東京、大阪両地裁は、原告側の和解勧告の上申書に基づき、事前に協議して、2011年1月7日に和解勧告した。

しかし、政府は1月28日、東京、大阪両地裁の和解勧告に応じないことを決めた。アストラゼネカも勧告受け入れを拒否した。

2011/1/31 政府、イレッサ訴訟で和解勧告拒否

その後の地裁判決と高裁判決の概要は以下の通りで、ともに高裁で原告側の逆転敗訴となっていた。

東京 東京地裁 判決 国とア社に1760万円の支払いを命じる
ア社 イレッサは特定の患者に高い効能、効果があり、製造上の欠陥はない
当初の添付文書の記載では医師らへの情報提供が不十分で、指示・警告上の欠陥
(PL法上で規定する「通常の安全性を欠いた状態」)
添付文書に致死的となる可能性を記載していれば、間質性肺炎で死亡することはなかった
国は承認前の時点で副作用による間質性肺炎で死に至る可能性があると認識
安全性確保のための必要な記載がない場合、国は記載するよう行政指導する責務がある。
間質性肺炎の危険性を目立つように記載するよう指導しなかった国の対応は違法
東京高裁 判決 地裁判決取り消し、遺族側主張を全面的に退ける
ア社 イレッサには有用性があり、製造における設計上の欠陥はない
イレッサの初版添付文書に警告欄がなく、副作用が致死的になり得るとの記載がなくても、指示・警告上の欠陥ではない

専門医が処方する薬剤
専門医であれば間質性肺炎による死亡の可能性を認識
国内の治験で死亡例はなく、海外の死亡例も因果関係があるとまでは言えない

欠陥があるとの前提事実がない以上、規制権限の不行使が違法かどうか論じるまでもない
大阪 大阪地裁 判決 ア社原告9人に計6050万円の支払いを命じる
ア社 警告欄に記載するなどして注意喚起を図るべきだった。
緊急安全性情報配布(2002/10)前は製造物責任法上の欠陥があり、賠償責任あり。
添付文書に関する行政指導は必ずしも十分ではないが、当時の知見のもとでは一定の合理性がある。
国家賠償法上の違法はない。
大阪高裁 判決 大阪地裁判決を取り消し、原告側の全面敗訴
ア社 担当医は肺がん治療を手掛ける医師であり、添付文書の重大な副作用欄を読めば、間質性肺炎の危険性を認識できた
副作用欄の4番目だからといって、担当医が致死的でないと理解するとは考えにくい
治験や海外症例などを含め、副作用の間質性肺炎による死亡は11例あったが、因果関係が明確と言えるのは1例で、「一般的な副作用を超える副作用を予測することは困難だった」
イレッサ自体に問題がない以上、責任はない


今回、最高裁第3小法廷は以下の判断で、5人の裁判官全員一致の意見で上告を棄却した。

医薬品は人体にとって異物であり、何らかの副作用が生じることは避け難い。製造物責任法上、副作用に関する添付文書の記載が適切かどうかは、副作用の内容や程度、医師の知識と能力、記載の形式や体裁といった事情を総合考慮し、予見できる副作用の危険性が十分明らかにされているといえるかどうか、という観点から判断すべきだ。

イレッサの輸入が承認された時点では、国内の臨床試験で副作用の間質性肺炎による死亡例はなく、国外でも間質性肺炎での死亡例にイレッサ投与との因果関係を積極的に認められるものはなかった。このため、他の抗がん剤と同程度の間質性肺炎の副作用が存在するにとどまると認識されていた。

製薬会社のアストラゼネカはこの認識に基づき、添付文書に「警告」欄を設けず、医師らへの情報提供目的で設けられる「使用上の注意」欄の「重大な副作用」欄の4番目に間質性肺炎を記載した。難治の肺がん治療を行う医師がこの記載を読めば、イレッサには他の抗がん剤と同程度の間質性肺炎の副作用があり、投与によって患者が間質性肺炎を発症した場合、死に至る危険性があることを認識するのは難しくなかったのは明らかだ。

一方、ア社の緊急安全性情報は、イレッサの投与を始めてすぐに症状が表れ、急速に進行する間質性肺炎の症例が把握されたことを受けて出されたものだ。このような間質性肺炎の症状は、承認までの臨床試験では予見できなかった。急速に重篤化する間質性肺炎の副作用があることを前提に、後に改訂された添付文書のような記載がなかったからといって、当時の添付文書の記載が不適切だったとはいえない。

以上によれば添付文書は、承認の時点で予見できる副作用を記載したものとして適切だった。

判決では裁判長を除く4人が補足の意見を付けた。

輸入販売開始後の約3カ月間で報告された死亡例は17件あり、危険性を予見することはできなかったのかについて、2人の裁判官は、「具体的ではなくとも概括的な予見の範囲内にあったと考えることも可能」と指摘した。
但し、予見に基づいた記載をするとしても「危険の具体的内容が明らかでない限り、一般的・概括的な記載にならざるを得ない」として警告としての効果を疑問視し、当時の記載が不適切だったとはいえないとした。

2人の裁判官は「イレッサは、新薬を早く使いたいという患者の望みと安全性を考慮し、国の判断によって輸入販売が始まったもので、患者だけに我慢を求めることには疑問も残る。新たに開発された薬の副作用のリスクは社会が広く分担し、被害者保護と救済を図ることも考えてほしい」として被害対策の必要性を指摘した。

医薬品による副作用被害については、製薬企業が基金をつくり医療費などを給付する「医薬品副作用被害救済制度」があるが、抗がん剤は原則として救済の対象外となっている。

あらかじめ相当の頻度で重い副作用の発生が予想される医薬品については、健康被害が生じてもこれを受忍すべきという考え方。

抗がん剤の副作用のみを救済すれば、(医薬品でない)放射線治療など他の治療の副作用に苦しむ患者らとの間に不公平感が生まれる可能性があること、がん患者の場合、症状の悪化が薬の副作用によるものかどうか判断するのが難しいことなどで見送った経緯もある。

弁護団は「最高裁の判決は極めて不当で受け入れがたいが、今回の訴訟を通じて被害の悲惨さを伝えたことで、医療現場の安全対策に多くの改善を促すことができた。国や企業は改めて今回の問題を検証し、同じような薬による被害が出ないようにすべきだ」と述べた。



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