水俣訴訟、最高裁判決

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水俣病未認定患者の遺族が熊本県に認定を求めた2件の訴訟の上告審判決が4月16日、最高裁第3小法廷で言い渡され、いずれも患者側の勝訴となった。 (判決要旨 下記)


水俣市の女性については県の上告を棄却した。女性を患者と認めなかった県の処分を取り消し、認定するよう県に義務付けた二審・福岡高裁判決が確定した。

豊中市の女性については、女性を患者と認めなかった2審・大阪高裁判決を破棄し、審理を同高裁に差し戻す判決を言い渡した。

水俣病について最高裁が判断を示すのは、行政責任を確定させた2004年10月の関西訴訟判決以来9年ぶり。

高裁判決では、裁判所が患者認定審査をできるというものと、県の裁量を重視し、司法は県の判断が不合理かどうかを審理するというものに 分かれていたが、今回、司法が独自に審査しうるとして県の判断を覆した。

また、環境庁の「手足のしびれや視野狭さく、運動障害など複数の症状の組み合わせ」を条件とするという「(昭和)52年判断条件」に基づく高裁判決を破棄した。
「52年基準」に合うものは個別的な因果関係について立証の必要がないとするものにすぎず、それ以外でも諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し、水俣病と認定する余地を排除するものとはいえないとした。

これまで「52年判断条件」に基づいて行ってきた政府の水俣病収拾策と、それを前提にしたチッソの事業再編に影響が出るのは必至である。

付記

最高裁判決を受け、石原伸晃環境相は4月19日の閣議後記者会見で、「判決の趣旨をしっかり踏まえ、(運用改善の)具体化を急ぐよう指示した」と述べ、検討を始めたことを明らかにした。

熊本県水俣市の溝口チエさん(故人)を水俣病患者と認定するよう命じた最高裁判決を受け、熊本県は4月19日、チエさんを患者として認定した。蒲島郁夫知事は24日に水俣市でチエさんの遺族に会い、謝罪する。

認定審査業務にあたる熊本、鹿児島両県の担当者は「これまでも症状の組み合わせだけでなく、総合的に判断してきた」と主張するが、溝口さんを除く認定患者2975人のうち、単一症状のみでも「総合的判断」で認定された患者は4人しかいない。

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この訴訟は、水俣病と認定されなかった患者2人の遺族が司法に救済を求めているもの。

熊本の女性は1974年に水俣病認定を申請したが、認定に必要な検診が完了しないまま1977年に死亡した。
県は20年後の1994年に生前のカルテなどを探す作業を始め、1995年に判断資料がないとして申請を棄却した。
遺族は2001年に棄却取り消しを求めて提訴、2005年には県に対し認定を命じるよう求める「義務付け訴訟」を追加提訴した。
女性の生前の診断書に「四肢末端に知覚鈍麻を認める」との記述があることなどから「2004年の水俣病関西訴訟最高裁判決に従えば水俣病」と主張したが、県側は「腎臓病による尿毒症が原因」と反論した。

豊中の女性は1953年ごろから手足にしびれが出始め、1978年に認定申請した。
しかし、熊本県は「感覚障害や運動失調など2つ以上の症状の組み合わせ」で水俣病と認める「52年基準」に当てはまらないとして、1980年に退けた。
女性ら関西に移り住んだ人々は、国などに賠償を求めて提訴した。(関西訴訟)
最高裁の勝訴判決が確定した後も、国は認定基準を見直さず、熊本県の棄却処分に対する女性の不服審査請求も退けたため、女性は2007年5月に提訴した。

この2件のこれまでの裁判の概要は以下の通りで、県の認定と司法判断について、両高裁で意見が分かれている。

    原告 1977年基準:
「感覚障害や運動失調など
2つ以上の症状の組み合わせ」
水俣病の
基礎的症候
原告のケース
水俣市
女性
熊本地裁 敗訴     病状に関する客観的な資料が乏しい
福岡高裁 勝訴 不十分 各症状で可能性の程度はさまざま 裁判所が患者認定審査をできる
四肢末端の知覚鈍麻と口の周辺の感覚障害あり。
メチル水銀の曝露歴を有すると推認。
県主張の尿毒症は医学的知見から認められない。
熊本県の棄却処分は違法、水俣病認定をすべき
豊中市
女性
大阪地裁 勝訴 医学的正当性の
根拠なし
四肢の感覚障害 総合考慮し、水俣病
大阪高裁 敗訴 相当 感覚障害だけでも、
「個別具体的事情を総合考慮」
県の裁量を重視、司法は県の判断が不合理かどうかを審理
違法となるのは「現在の科学水準に照らし、審査に重大な誤りがあった場合」に限られる
(1992年10月の伊方原発訴訟最高裁判決)
変形性頸椎症が原因の可能性もある。
県判断は現在の医学的知見からも合理性、
手続きに過誤や欠落はない
水俣市女性  福岡高裁  2012/2/29 水俣病訴訟、遺族が逆転勝訴
豊中市女性  大阪地裁  2010/7/19 大阪地裁、国の基準を否定し、水俣病認定を義務づけ
   大阪高裁  2012/4/17 水俣病認定で原告逆転敗訴

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水俣病の認定問題の経緯は以下の通り。

1956 5月1日 水俣病公式確認
チッソ付属病院の細川院長が水俣保健所に「原因不明の中枢神経症患者が多発している」と報告
1968 水俣病を初めて公害と認定
1969 公害健康被害救済特別措置法制定、患者認定制度始まる
 
補償協定の概要
項目 内容                                  
一時金 Aランク 1,800万円/人+近親者慰謝料(最高1,900万円)
B     1,700      +近親者慰謝料(最高1,270万円)
C     1,600 
年金 170~67千円/人・月
医療費 患者医療費全額を支払い
その他
継続補償
医療手当、介護費、温泉治療費、針灸、葬祭費
患者医療生活基金(チッソが7億円拠出)からの支給
1971 環境庁事務次官通知
水俣病の要件として、手足のしびれなどの主症状のうち「いずれかの症状がある場合」と明記。
1977 環境庁環境保健部長通知(事務次官通知を覆す)
「手足のしびれや視野狭さく、運動障害など複数の症状の組み合わせ」を条件
(「(昭和)52年判断条件」として今に至る。これまでの認定は2,975人のみ)
1995 村山内閣 政治解決策
「メチル水銀の影響が否定できない者」を救済対象 

約1万人の未認定患者を対象に、四肢末端優位の感覚障害がある場合は「医療手帳」、感覚障害以外で一定の神経症状がある場合は「保健手帳」を交付。
医療手帳はチッソから一時金260万円、国・県から医療費自己負担分全額、月額約2万円の療養手当などを支給。
保健手帳は医療費自己負担分などを上限付きで支給してきたが、関西訴訟最高裁判決後に医療費自己負担分は全額支給に改めた。
2001 関西訴訟・大阪高裁判決
「汚染された魚介類を多く食べ、指先や舌先の感覚に障害があれば認定できる」
「52年判断条件」を事実上否定。
2004 最高裁 大阪高裁の基準を支持
国は、「最高裁の判決は有機水銀中毒症の判断基準であり、水俣病と有機水銀中毒は別」とし、水俣病認定基準の見直しは行わないことを言明。
2009 「水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法」可決  最終解決策
2010/4/16 水俣病「救済措置の方針」を閣議決定 
2010 2010/11/15  チッソ、事業再編計画の認可申請
2011 2011/1/12 チッソ、「事業再編計画」に基づく、新会社「JNC株式会社」を設立

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判決要旨

■水俣病の定義

水俣病とは、魚介類に蓄積されたメチル水銀を口から摂取することにより起こる神経系疾患と解するのが相当。

■水俣病認定

個々の患者の病状についての医学的判断だけでなく、原因物質の摂取歴や生活歴、種々の疫学的な知見や調査の結果などを十分に考慮した上で総合的に検討する必要がある。
水俣病に罹患しているかという現在や過去の確定した客観的事実を確認する行為であり、行政庁の裁量に委ねられるべき性質のものではない。

■司法審査のあり方

県側は、裁判所の審査と判断は(1)「52年基準」に不合理な点があるかどうか(2)公害被害者認定審査会の判断に過誤・欠落があって、これに依拠した行政庁の判断に不合理な点があるかどうかといった観点で判断されるべきだと主張する。

しかし、裁判所においては、諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し、個々の具体的な症状と原因物質との間に個別的な因果関係があるかどうかなどを審理の対象として、水俣病に罹患しているかどうかを個別具体的に判断すべきだと解するのが相当。

■「52年基準」の合理性と限界

手足の先の感覚障害だけの水俣病が存在しないという科学的な実証はない。

「52年基準」は、複数の症状が認められる場合には通常水俣病と認められ、個別的な因果関係について立証の必要がないとするもので、多くの申請について、迅速かつ適切に判断するための基準として定めたという限度で合理性を有する。

「52年基準」の症状の組み合わせが認められない場合でも、諸般の事情と関係証拠を総合的に検討し、水俣病と認定する余地を排除するものとはいえない。

■結論(裁判官5人全員一致)

  福岡高裁判決:

今回の判決と同趣旨と認められるので、県側の上告を棄却する。

  大阪高裁判決:

水俣病認定にあたっては県知事の判断に不合理な点があるかどうかという観点から審査すべきだとしている。
今回の判決と異なる判断であり、破棄は免れない。
原告が水俣病に罹患していたかどうか、さらに審理を尽くさせるため、大阪高裁に差し戻す。

 

 

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