建設労働者アスベスト訴訟、国に初の賠償命令

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建設現場でアスベスト(石綿)を吸って健康被害を受けたとして、首都圏の元建設労働者と遺族ら337人が国と建材メーカー42社に総額約118億円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は12月5日、一部について国の責任を認め、170人に総額10億6394万円の賠償を命じる判決を言い渡した。メーカーの責任は認めなかった。

建設労働者に対する賠償命令は初めて。

石綿訴訟では、吸った場所が明らかな工場労働者らの場合、雇用主側に賠償を命じるのが定着している。
今回の訴訟は建設現場を渡り歩き、時期などの特定が困難な労働者らが訴えていたもので、
横浜アスベスト訴訟では原告の請求がすべて棄却され、原告側は控訴している

判決骨子
1) 国は石綿の吹き付け作業では1974年、切断などでは1981年に規制の義務を負っていたが怠り、違法だ
2) この時期以降に屋内で建築作業に従事した労働者に限り、国の賠償責任がある
3) 屋外作業では危険性を容易に認識できたと言えず、零細事業主や個人事業主についても国は責任を負わない
4) 石綿を含有した建材の製造販売企業に共同不法行為は成立しない

国は1947年から建設事業者に防じんマスクの備え付けを義務づけていたが、実際は大半の労働者が使っておらず、対策が不十分だった。
1979年の国際組織の勧告などで危険性を認識し、遅くとも1981年以降は
・事業者に防じんマスクの着用を罰則つきで義務づける
・建材に「肺がんなどを生じさせる」と警告表示する――
などの対策をとれば、多くの被害を防止できたと結論づけた。

1981年以降に屋内作業に従事した労働者のほか、より危険な吹き付け作業をした労働者については1974年以降の賠償責任を認めた。

しかし屋外作業だけの労働者をめぐっては「客観的な粉じん濃度の高さを示す研究結果などがなく、国は危険性を容易に認識できなかった」と判断。

零細事業主や個人事業主(一人親方)は、労働安全衛生法の「労働者」には当たらないとしいずれも国の責任を否定した。

石綿を含む建材のメーカーに対しては「適切な警告表示を怠ったことで、原告らが石綿の危険性を具体的に認識できなかった」と批判したが、「42社が共同して責任を負うべきほどの法的な結び付きはない」と賠償責任を認めなかった。

裁判で原告側は「国は危険性が分かっていたのだから、遅くとも1987年には石綿建材を禁止するべきだった」と主張。
国側は「危険性が明確になったのは2000年代前半。2006年に全面禁止したのは適切だった」と反論していた。

ーーー

アスベストに関しては、石綿(アスベスト)工場の元労働者や近隣住民、建設業等の元労働者及びその遺族が、石綿による健康被害を被ったのは、国が規制権限を適切に行使しなかったためであるとして、健康被害又は死亡による損害賠償を求めて訴訟を行っている。

これに対する国側の主張は以下の通り。

1) 最高裁の判例(筑豊じん肺訴訟最高裁判決等)で、規制権限の不行使が国家賠償法上違法となるのは、その権限を定めた法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、当時の具体的事情の下において、その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに限られる。
2) 国は、戦前から、石綿についても粉じんの一つとしてその衛生上の有害性を認識し、その時々の医学的知見、工学的知見に応じ、使用者に一定の義務を課すなどの措置を講じ、適時、措置を強化してきており、国の規制権限の不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとは認められず、国家賠償法上の違法は認められない。

 


これまでの訴訟の状況は以下の通り。

大阪アスベスト訴訟
(第1陣)
訴訟 泉南地域の工場の元労働者、近隣住民及びその遺族が9億4600万円の損害賠償を求める。
大阪地裁 2010/5/19 国の規制権限の不行使の違法を認める
国に対して総額4億3505万円の支払いを命じる
原告・被告双方が控訴
大阪高裁 2011/8/25 1審判決を取り消し、原告の請求を全て棄却 原告上告
最高裁 係属中    
大阪アスベスト訴訟
(第2陣)
 
訴訟 泉南地域の工場の元労働者ら55人が約11億3千万円の損害賠償を求める。
大阪地裁 2012/3/28 原告の請求を一部認容
50人に総額約1億8千万円の支払いを命じる。
原告・被告双方が控訴
大阪高裁 係属中    
横浜アスベスト訴訟 訴訟 建設現場でアスベストを吸い込み、肺がんなどを発症した建設労働者や遺族計87人が、国と建材メーカー44社に総額約29億円の損害賠償を求める。
横浜地裁 2012/5/25 原告の請求を全て棄却 原告が控訴
東京高裁 係属中    
神戸アスベスト訴訟
(第1陣)
訴訟 尼崎地域のクボタの工場付近居住者2名の遺族らがクボタと国を相手取り、計7900万円の損害賠償を求める。
クボタは被害発覚後、周辺住民らに最高4600万円の救済金を支払ってきたが、遺族らは受け取らず、「責任を認めて謝罪してほしい」として提訴した。
神戸地裁 2012/8/7 国に対する請求を全て棄却
クボタに対する請求を1名に認容、

 約3195万円の賠償命令。
原告1名と被告が控訴
大阪高裁 係属中    
 

1) 大阪訴訟第一陣

 地裁判決

石綿肺の医学的・疫学的知見が1959年頃に集積されている。
労働大臣が、1960年の旧じん肺法成立までに「局所排気装置の設置を義務づけなかったことは違法

肺がん、中皮腫の知見が明らかになった1972年に石綿粉じん濃度の測定結果の報告および改善措置を義務づけなかったことは違法

1959年以前の曝露である1名を除く労働者原告全員について、国の不作為責任を認める。
国の責任は、使用者と共同不法行為(民法719条)の関係にあるとして、使用者と同等の責任を認める。
石綿による健康被害が慢性疾患で進行性・不可逆性で重篤化するという重大性を認め、被害を償うに相当な損害賠償額を認める。

  大阪高裁判決  弁護団によると歴史的不当判決

新たな化学物質等による危険を完全に防止することは現実的に困難
厳格な許可制の下でなければ操業を認めないとすると、工業技術の発展、産業の発展は望めない。
それのみならず、労働者の職場を奪うことになりかねない。
国がどのような規制権限を行使するかは専門的な判断に委ねられる。
国はマスクを勧めるなど一定の指導をしているので著しく不合理とはいえない。
アスベストの危険性は新聞報道されていたのだから、マスクをちゃんと着けていればこれほどの被害にはならなかった。

2) 大阪訴訟第二陣

 地裁判決

1959年までには石綿肺の医学的知見が集積され、国は粉じんによる被害が深刻だと認識しており、旧じん肺法が制定された1960年までに対策を取るべきだった。排気装置設置を義務付けた1971年までの間について、国の不作為責任を認定。

従業員の健康被害について最終的責任を負うのは使用者であるとして、国の賠償責任の範囲を3分の1に限定。

1960~71年の期間外に勤務していた従業員や、勤務先から十分な賠償を受けたと認められる原告の請求は棄却。

外部業者でも、工場内で相当の時間作業する場合は、工場事業者が被害防止策を講じるべきだが、国は法令制定を怠ったとし、工場に原料を搬入していた運送業者の元従業員1人の遺族の請求も認めた。

3) 横浜訴訟

 原告主張

1964〜1975年の間に石綿が肺がんや中皮腫を引き起こすことを知りながら石綿含有建材を用いた構造を建築基準法上の耐火構造等として指定した。
この間、この指定を取り消さなかった。
1955〜1975年に建設作業従事者の石綿粉じん暴露を防止するため労働基準法や労働安全衛生法等に基づく規制権限を行使することを怠った。
とりわけ、石綿の製造等の禁止については1987年の時点で禁止しなかった。

 地裁判決

石綿粉じん暴露により肺がん及び中皮腫を発症するとの医学的知見が確立したのは1972年の時点と認定。
 

1972年にILOとIARC(国際がん研究機関)が、石綿ががん原性物質であることを明言。
国内では昭和40年(1965年)代の文献でも石綿と肺がんとの関係について肯定的な見解と懐疑的な見解があった。
1971年の特定化学物質等障害予防規則の制定に当たって、石綿は発がん物質との位置付けではなかった。

IARCの報告書等から、この時点で石綿が特に中皮腫発症との関係で種類を問わずいかなる低濃度でも安全とする最小のしきい値がないとの医学的知見が確立していたとは認めがたい。
以上から、1972年当時、石綿の使用を全面的に禁止すべき物質とみるべきであったとは認められない。
   
国が建築作業に特化した石綿対策を取ってこなかった。
補償制度の創設について再度検証の必要がある。
建材と被害との因果関係を認められず、建材メーカーに責任はない。
 

4) 神戸アスベスト訴訟(第1陣)

 地裁判決

国の責任については認めず。

クボタについて、
 「工場敷地外への飛散を十分に防ぐことができていなかった」と認定。
  運搬時の破れた麻袋からの漏出、建物開放部からの飛散、集塵機の性能の限界など

 中皮腫を発症した周辺住民の居住地と神崎工場までの距離などを研究した学術論文に基づき、
  1名については、発生源が旧神崎工場と推認させる
  1名は居住地が離れており「関連性があると断定できない。

周辺住民の石綿による健康被害に対し企業の責任を裁判所が認めたのは初めて。

 

 



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