第6回 化学遺産 発表

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日本化学会は3月13日、第6回化学遺産として工業用アルコールの発祥、塗料工業の発祥、ナイロン工業の発祥など5件を認定したと発表した。

3月27日、日本大学理学部船橋キャンパスで開催する「第9回化学遺産市民公開講座」で紹介する。


今回認定したのは、次の5件。

(1)「早稲田大学蔵 宇田川榕菴化学関係資料」 

宇田川榕菴が遺した化学研究の足跡を示す資料群が早大図書館に所蔵されていた。

宇田川榕菴(1798-1846)は『舎密開宗』(1838~1846)を著わし、それまでこの国に知られていなかった化学という学問をはじめて体系的に紹介した。

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認定化学遺産第1号は、杏雨書屋蔵 宇田川榕菴化学関係資料である。

杏雨書屋は5代武田長兵衞氏が、関東大震災により東京で貴重な典籍が灰燼に帰したことを大いに痛嘆し、私財をもって購入した日本・中国の本草医書の文庫。
1977年武田科学振興財団当財団が継承し、本草医書を中心とする図書資料館として開館した。

榕菴がその『舎密開宗』を著わすに当って渉猟した多くの蘭書の覚書やその稿本類など、多くの貴重な資料が一括して杏雨書屋に所蔵されている。
認定化学遺産第1号は、刊行手沢本、自書稿本類、肖像画、宇田川家伝来の蘭引等、延べ50点に及ぶ。


(2)「工業用高圧油脂分解器(オートクレーブ)」

油脂化学工業の近代化は油脂の分解による高純度脂肪酸及びグリセリンの製造でスタートした。
ライオン石鹸工場(現ライオン)が所蔵する明治43年(1910年)製の高圧油脂分解器は現存する日本最古のオートクレーブ。

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ライオンは1891年10月に「小林富次郎商店」として開設され、主として石鹸の製造・販売を行った。
1896年に粉歯磨「ライオン歯磨」発売、1911年に「ライオン練歯磨」発売。

1910年に「合資会社ライオン石鹸工場」を設立した。 今回指定の化学遺産はこの時のもの。

その後の推移は下記の通り。

1918 ㈱小林商店に  
1919   ライオン石鹸 分離
1940   ライオン油脂に改称
1949 ライオン歯磨に改称  
1980 ライオン歯磨、ライオン油脂対等合併、ライオン㈱ 発足


(3)「日本の工業用アルコール産業の発祥を示す資料」

1934年に昭和酒造(現メルシャン)が無水アルコールの大規模生産を開始した。

1938年5月操業開始の国営出水アルコール工場(現日本アルコール産業)のもろみ塔は工業用アルコール産業の発祥を示す資料として貴重。

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メルシャンは現在、キリンの100%子会社。
同社の歴史は下記の通りで、原料アルコールはメルシャンの100%子会社の第一アルコールで扱っている。

1934 昭和酒造創立  
1935   川崎工場でアルコール製造開始
1949 三楽酒造に改称  
1961 日清醸造(「メルシャン」)を吸収合併  
1990 メルシャンに改称  
2006 麒麟麦酒によるTOB  
2010   第一アルコール設立
(協和発酵バイオとの原料アルコールJV )
2013   上記をメルシャン100%に


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アルコール専売事業は1937年のアルコール専売法施行によって始まった。
内外の情勢から、燃料の安定確保と地域農業の振興および化学工業の助長発展を目的に、国営事業として創設された。

大蔵省専売局所管下に専売が開始され、1938年に出水国営無水アルコール工場が竣工、1941年までに各国営アルコール工場が操業開始した。

2001年4月にアルコール専売法が廃止され、アルコール事業法が施行された。
NEDOに暫定措置として5年間を目途に一手購入機能を付与するとともに民営化のための準備を行った。

2006年4月、日本アルコール産業が発足、鹿島、千葉、磐田、出水工場を引き継いだ。


(4)「日本の塗料工業の発祥を示す資料」

塗料の国産化は1881年に日本ペイントの前身である光明社が設立されたことに始まる。
当時のボイル油製造設備などが日本ペイントに保存されていた。

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洋式塗料が日本に現れたのは1853年のペリー来航時である。

1878年、茂木春太、重次郎兄弟は日本で初めて亜鉛華(酸化亜鉛)の製造に成功、1880年に固錬り塗料を製作し、第二回内国勧業博覧会で褒章を受章した。

当時軍艦の塗料用に国産ペイントの開発を望んでいた海軍はこれに注目し、茂木兄弟の固錬り塗料製造技術を中心に、塗料油を海軍に納入していた田川謙三、光明丹という錆止め塗料を製造していた橘清太郎の三者による塗料工業の共同事業化計画を支援した。

1881年に光明社が設立され、海軍の専属塗料工場となった。

1898年、株式会社組織化し、日本ペイント製造㈱ となった。


(5)「日本のナイロン工業の発祥を示す資料」

1939年に米国デュポンが開発したナイロン繊維のインパクトが日本にも広がり、戦後東洋レーヨン(現東レ)がいち早く工業化した。
東レ所蔵の第1号ナイロン紡糸機や東レとデュポンとの技術援助契約調印式の写真などが資料として認定された。

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東洋レーヨンは1938年のデュポンの特許公告の1年後に文献トレースでナイロン66の合成と紡糸に成功した。

1941年にドイツIGのe-カプロラクタム重合体に関するイタリア特許でナイロン6の開発を決定、1943年に滋賀工場に試験プラントを建設した。

海軍から電気絶縁材料として要請され、1944年11月に工場を完成、終戦までに8トンを納入した。
(ナイロン66も検討したが、原料面、設備材料面から中止した。)

戦後、研究を再開、1951年にDuPontとナイロンに関する技術提携契約を締結した。

田代会長の判断で、当時の資本金750百万円に対し、特許料として1,080百万円を支払った。

デュポンからは特許権のみ購入、ノウハウは自社開発した。(技術裏付けあり) 

また、DuPontがナイロン66、東レはナイロン6 と異なることを承知の上で特許権を購入した。
(物質特許の重要性、製品輸出時の特許係争を予想したもの)

1951年に名古屋にカプロラクタム合成設備、愛知にフィラメント重合・紡糸設備 を建設した。

  (栂野棟彦 「昭和を彩った日本の石油化学工業」から)




過去に認定された化学遺産は下記の通り。

 
2010/3/18
 
  化学遺産認定
第1号  杏雨書屋蔵 宇田川榕菴化学関係資料
第2号  上中啓三 アドレナリン実験ノート
第3号  具留多味酸(グルタミン酸) 試料
第4号  ルブラン法炭酸ソーダ製造装置塩酸吸収塔
第5号  ビスコース法レーヨン工業の発祥を示す資料
第6号  カザレー式アンモニア合成装置および関連資料
2011/3/17 
   
化学遺産、第二回認定
第7号   日本最初の化学講義録 朋百舎密書(ポンペせいみしょ)
第8号   「化学新書」など日本学士院蔵 川本幸民化学関係資料
第9号   「日本のセルロイド工業の発祥を示す建物および資料」
第10号  日本の板硝子(ガラス)工業の発祥を示す資料
2012/3/17 
    化学遺産、第三回認定
第11号  眞島利行ウルシオール研究関連資料
第12号  田丸節郎資料(写真および書簡類)
第13号  鈴木梅太郎ビタミンB1発見関係資料
第14号  日本の合成染料工業発祥に関するベンゼン精製装置
第15号  日本初期の塩化ビニル樹脂成形加工品
第16号  日本のビニロン工業の発祥を示す資料
第17号  日本のセメント産業の発祥を示す資料
2013/3/21 
    化学遺産、第四回認定
第18号  小川正孝のニッポニウム発見:明治日本の化学の曙
第19号  女性化学者のさきがけ、黒田チカの天然色素研究関連資料
第20号  フィッシャー・トロプシュ法による人造石油に関わる資料
第21号  国産技術によるアンモニア合成(東工試法)の開発とその企業化に関する資料
第22号  日本における塩素酸カリウム電解工業の発祥を示す資料
2014/3/20  
 第5回化学遺産認定
第23号 日本の近代化学の礎を築いた櫻井錠二に関する資料
第24号 エフェドリンの発見および女子教育に貢献のあった長井長義関連資料
第25号 旧第五高等学校化学実験場および旧第四高等学校物理化学教室
第26号 化学技術者の先駆け 宇都宮三郎資料
第27号 日本のプラスチック産業の発展を支えたIsoma射出成形機及び金型
第28号 日本初のアルミニウム生産の工業化に関わる資料


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