iPS細胞の心臓病臨床研究、承認

| コメント(0)

厚生労働省の再生医療等評価部会は5月16日、iPS細胞から作った心臓の筋肉細胞をシート状にして重症心不全患者の心臓に移植する大阪大の臨床研究計画を 、臨床研究の患者の対象を厳しくすることなどの条件付きで承認した。iPS細胞を使った心臓病の臨床研究は世界初で、年度内にも最初の患者に移植される。

澤芳樹教授(心臓血管外科)のチームが今年3月に届け出ていた。

iPS細胞を使った移植の臨床研究では、理化学研究所などのグループが目の加齢黄斑変性に対する自己iPS細胞由来の網膜色素上皮シート移植を実施しているが、移植した細胞の数 は数十万個だった。
今回の心臓病の臨床研究は約1億個と、移植する細胞数が大幅に増える。数が多いと低品質な細胞が紛れ込む恐れがある。

iPS細胞はがん化の恐れがあ るが、目の場合は異変がすぐ分かり、対処できるが、心臓の場合は簡単ではない。

承認された臨床研究計画は、虚血性心筋症(血管が詰まって 心臓の筋肉への血液供給が減ることや途絶えることによって生じる心臓の筋肉の障害)の患者が対象で、18歳以上80歳未満の3人に、他人のiPS細胞から作った2枚の心筋の円形シート(厚さ 0.05ミリ、直径数センチ)を心臓表面に張り付ける。がん化や免疫拒絶反応などに対する安全性を調べ、心機能の変化についても観察する。

iPS細胞は京都大iPS細胞研究所が備蓄するものを使用する。

シートは3カ月で細胞が死んで消失するとされ、免疫抑制剤を段階的に減らす。動物実験では消失しても心機能の改善が確認されているという。


澤教授らの研究グループは、2006年より重症心筋症患者に対して、患者自身の足の筋肉(骨格筋)から採取した筋芽細胞と言われる細胞のシートを作製し、心不全に陥った心臓表面に貼ることにより、心機能回復させる治療の研究を進めてき た。

筋芽細胞は心筋細胞になるわけではないが、生着した細胞は、血管を誘導するVEGFやFGFといったサイトカン(細胞間の情報伝達を担うタンパク質分子)を出し続け、周辺組織に血管が誘導されて、機能が回復する。

筋芽細胞を直接心筋内に注射する方法があるが、注射の際に移植細胞の95%以上が失われ、効果が十分でなく、他にいろいろな問題がある。

この技術は、2016年5月に、テルモ社によって虚血性心筋症患者への新たな治療法として製品化され 、「ハートシート」として発売された。厚生労働省が再生医療の実用化を促進するために制定した「条件及び期限付き承認」という早期承認制度が適用になった初めての製品である。

テルモは、大阪大学との共同研究を進め、先端医療開発特区「スーパー特区」の「細胞シートによる再生医療実現プロジェクト」(研究代表者:東京女子医科大学岡野光夫教授)に参加した。

しかし、より重症な虚血性心筋症患者に対して筋芽細胞では治療効果が認められないという課題があった。

そこで、澤教授らの研究グループは、細胞から作った心筋細胞に着目した。

動物実験において、虚血性心筋症によって心臓の機能が低下したブタに iPS細胞から作った心筋細胞をシート状に加工して移植する研究を実施し、心臓の機能を改善させることに成功 した。

さらに心筋細胞の作製に用いる試薬や作製方法を改良することで、ヒトに移植可能な安全性の高い心筋細胞を大量に作製することに成功し た。

今回、ヒトでの安全性を検証する臨床研究の実施することとなった。

患者自身の筋肉から培養する筋芽細胞では、拒絶反応はないが、筋肉を採取してから移植可能な細胞を作製するまでに1ヶ月以上かかり、緊急時に使用することができない。

今回の治療法では、京都大学で作製されたiPS細胞を使い、事前に心筋細胞を大量に作製・保存しておくことができるため、患者の負担も少なく、緊急の使用も可能で ある。

本治療法は、有効な治療法の存在しない重症心不全に対する新しい治療となる可能性があり、深刻なドナー不足である我が国の移植医療において、一石を投じる治療法になる。

ーーー

細胞をシート状にして幹部に貼り付ける技術は、東京女子医科大学の岡野光夫教授によって開発された。

まず、培養した細胞シートを培養皿から取り出す技術を開発した。
タンパク質分解酵素などを使用すると、重要な働きをするタンパク質が分解され、十分な機能を果たせない。
このため、温度に応答する高分子を利用する。培養皿の表面にこれを薄く敷き詰め、37℃に設定し、細胞を増殖させシートにする。温度を20℃に下げると高分子が親水性に変わり、皿と細胞の間に水が浸透するため、きれいに剥がすことができる。

シートの積層化には、細胞シート回収面にゼラチンなどの支持材を固定したスタンプ型積層機器を開発した。

シートに血管内皮細胞を少量混ぜると、細胞シート内に毛細血管網ができる。3層の細胞シートごとに血管がつながるのを待って、次の3層の細胞シートを重ねていくと30枚の細胞シートからなる厚さ約1ミリの心筋細胞が完成した。

これまでの応用例:

口腔粘膜の細胞シートを使った角膜の再生
食道上皮癌の切除の痕に口腔粘膜の細胞シートを貼り付け、狭窄を克服
歯根膜細胞シートを使った歯周組織の再生
軟骨細胞シートによる関節軟骨の再生
心筋細胞シート(澤教授)

コメントする

月別 アーカイブ