米国でのカルテル事件での個人(日本人)への罰則

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本ブログではこれまで日本及び欧米の独禁法問題を多く取り上げてきた。

   日本   欧米

米国でカルテルで摘発された企業はほとんどが司法取引を行い、罰金支払いで終わる。

しかし、個人については罰金 and/or 禁固刑である。

1990年代後半までは、外国人については罰金のみであった。
しかし、その後、米国人と同じ扱いになり、禁固刑も課せられるようになった。

日本人の場合、2000年代は2名だけが禁固刑となった。

2010年代に入り、自動車部品カルテルが摘発され、多くの日本人が起訴され、多数が禁固刑を受けるようになった。
このブログで取り上げた範囲で、日本人で禁固刑を受けたのは、自動車部品で30名、海上貨物輸送カルテルで3名、電解コンデンサカルテルで2名で、それ以前を加算すると37名に達する。

以下に日本人のケースをまとめた。

(米国のカルテル訴訟)

司法省が起訴し、大陪審が起訴か不起訴を決定する(検察官の処分だけで事件が裁判に付されるのを防ぐ目的)。 起訴が認められると裁判になる。

シャーマン法では独禁法違反で有罪となった場合の罰則は次の通り。

罰則  法人 1億ドル以下の罰金
    個人 100万ドル以下の罰金 and/or 10年以下の禁錮刑

(司法取引)

日本企業の場合は、ほとんどが裁判になる前に司法省と司法取引を行う。

これまで数えきれない企業が起訴されたが、日本企業で裁判になったのは、2016年6月15日に起訴された東海興業とマルヤス(及び両社の米国子会社)のみ である。

東海興業は無罪となり、マルヤスは最後に1件だけの有罪を認める司法取引を行った(実質勝訴とされる)。

2018/1/24  米の自動車部品カルテル裁判で東海興業に無罪 及び付記
  

(外国人に対する"No-jail" policy)

個人については、1990年代後半までは外国籍の役職員については収監されることがないという"No-jail" policy があり、罰金だけであった。

映画になり有名となったリジンカルテルでは、1996年に各社が罪を認めた。

ADMは司法取引で70百万ドル(同時に判明したクエン酸事件の30百万ドルを加え、合計100百万ドル) の罰金を払い、2名が罰金と3年の懲役となった。
主人公はカルテルの存在を通告し、免罪となる筈が、横領が分かって取り消しとなり、8年半服役 (会社側の報復で検察の恩赦申請を大統領が拒否)。

カルテルに参加した味の素と協和発酵、及び韓国のSewonは各社と各社の役員各1名が罰金を払った。

2010/1/12 映画 The Informant

(個人の罰金の扱い)

個人の罰金を会社が負担することは出来ない。

リジンカルテル事件の際に、味の素の社員の罰金を会社が支払った疑惑が問題となった。


("No-jail" policyの廃止)

2000年代に入ると"No-jail" policy は破棄され、外国籍の役職員に対しても積極的に禁固刑+罰金刑 を科すようになった。


(司法取引による免責の例外)

企業が司法取引を行う場合、罰金の支払いに同意することで、原則としてその企業の従業員や役員なども刑事免責の対象となる。

しかし、司法省は、カルテルの撲滅のためには、それに関わったできるだけ高い地位にいる人物を処罰することが重要であると考えており、カルテルに係ったり、黙認した役員等数名を免責対象から除外する。これをcarve-outと呼ぶ。各司法取引において2名から5名程度のcarve-outが行われることが多いとされている。

通常は担当役員数名だが、例外は防カビ剤のソルビン酸カルテルである。

チッソがカルテルを司法省に申告して判明、2001年にダイセル、上野製薬、日本合成、Hoechstが起訴された。チッソは減免 を受けた。
各社は司法取引で罰金を払ったが、Carve-outにより、ダイセル4名、上野製薬3名、日本合成1名、Hoechst 1名が起訴された。

すべて役員クラスだが、ダイセルの1名だけは当時40歳前の主席部員であった。

チッソが提出した詳細な資料に、本人が中心となってカルテルを運営していたことが判明し、司法省としては免責にすることはできないと判断した。



(起訴された日本人)

上記の2件の裁判では、東海興業の役員1名は無罪判決を得た。マルヤスの場合、4人が起訴されたが、このうち3名は司法省が起訴を取り下げた。(これも実質勝訴とされる所以である)

通常、本人が司法省と司法取引を行い、罰金刑 and/or 禁固刑となる。

日本人の場合、1年程度の禁固刑+罰金2万ドルが通常だが、2年の禁固刑もあり、罰金が8万ドルというのもある。

これまで多数の日本人が起訴されたが、自動車部品カルテルが摘発されるまでは、日本人で刑を受けたのは2人だけで、他は刑を受けていない。


2人のうち、ソルビン酸カルテルでのダイセル担当者については後述の通り、自ら米国に渡り、刑を受けた。

もう一人は
マリンホース国際カルテルのブリヂストン社員で、米国でのカルテル協議中に逮捕された。(出国禁止になるため、免れない)
禁固2年+罰金8万ドルは日本人では最も重い。 (自動車部品カルテルで、禁固2年+罰金2万ドルが2人いる。)

2008/12/12 マリンホース国際カルテル事件で日本人に有罪判決


(刑を受けないケース)

自動車カルテルでは起訴されたうち、約半分が刑を受けた。

これは、司法省が起訴する場合、起訴された人が大陪審に出て、正式に起訴された場合に司法取引を行う。

起訴された人が日本に留まれば、大陪審での決定ができず、時効の中断扱いとなる。

このまま日本に留まれば、下記の場合を除き、刑を受けることはない。

米国政府が犯罪人引き渡し条約に基づき、引き渡しを要請し、日本政府が応じた場合
旅行で米国に入国し、入国時に逮捕(旅券番号が米国政府に通知されており、即逮捕される)

他の国に旅行し、その政府と米国政府の犯罪人引き渡し条約に基づき、引き渡される場合。

起訴された人に聞くと、米国弁護士から、海外旅行する気がないなら、放っておけと言われた由。但し、米国はもちろん、中国や欧州に旅行しても危ないと言われた。

10年間で2人しか禁固刑を受けていないのは、摘発された時点で米国におらず、そのまま日本に留まったためである。
その後に急増したのは、自動車部品のように米国駐在でカルテルに参加し、摘発時にも米国に滞在していたケースが多いと思われる。

(海外滞在者の禁固刑の例)

これまで、起訴時に米国以外にいて(そのままなら刑を受けないのに)刑を受けたのは3例のみ(厳密には2例のみ)

①上記のダイセルの主席部員

まだ若いため、今後一切海外に行けないのでは仕事にならないと考え、自ら出頭した。

米国司法省も、これまで起訴した日本人全員が時効中断のままであるのに対し、自ら渡米して禁固刑をうけるという世界初の例を重視し、非常に寛大な措置(3か月の禁固と罰金2万ドル、週末は出所可能とされる)を行った。

米国司法省は、独禁法を有効に施行するという司法省の能力を示すものとして、「日本人で最初に服役」と誇らしげにこれを発表している。
   http://www.usdoj.gov/opa/pr/2004/August/04_at_543.htm

本人は3ヶ月の服役の後、欧州子会社の代表となり、その後も活躍している。

炭素ブラシのカルテルと司法妨害で訴えられた英国のMorgan Crucibleの元CEO Ian Norrisが英国から米国に引き渡され、18ヶ月の禁固刑を受けた。
   但し、カルテルの時点ではカルテルは英国の犯罪ではなかったとの主張で、カルテルは落とされ、司法妨害の罪のみとなった。

両国でいずれも処罰の対象となる犯罪のみが引き渡しの対象となる。

マリーンホース国際カルテルで起訴されたが、当時米国におらず逮捕を免れていたイタリアのParker ITRのRomano Pisciottiは、2013年6月にドイツで逮捕され、2014年4月3日に米国に送還された。

Romano Pisciottiはナイジェリアからイタリアに戻る途中、ドイツの空港で逮捕された。

その後、Pisciottiはイタリアの裁判所とEUの人権裁判所に訴え、EUの法律が適用されるべきとするとともに、ドイツによる国籍差別の犠牲者であると主張していた。

Romano Pisciottiは4月24日、有罪を認め、禁固2年、罰金5万ドルを受け入れた。
ドイツでの拘束期間の(9ヶ月+ 16日)がこれから差し引かれる。

2014/5/8  マリーンホース国際カルテルでのイタリア人被告の米国への引渡し

この件では、上記の通り、ブリヂストン社員が禁固刑となっている。

(日米 犯罪人引渡条約)

日米の場合は1980年の条約で、両国でいずれも処罰の対象となり、両国の法律で死刑、無期懲役、1年以上の拘禁刑に当たる罪の場合は引渡しが可能となっている。

しかし、これまでは日本の独禁法の罰の最高が懲役3年で、執行猶予が付いた。このため、日本政府は独禁法違反の場合は該当せずとしてきた。

2009年改正により、独禁法の最高が懲役5年となったため、執行猶予の対象外となり、条約上の引渡し対象となる。

条約第5条では、「被請求国は、自国民を引渡す義務を負わない。ただし、被請求国は、その裁量により自国民を引き渡すことができる」となっており、日本政府の判断で引渡しを行うかどうかを決めることとなる。


(自動車部品カルテル)

上述の通り、2011年以前では、日本人で刑を受けたのは2人だけである。

自動車部品カルテルが摘発されて以降、刑を受ける人が急増した。


古河電工は2011年9月29日、米国司法省との間で、自動車用ワイヤーハーネス係るカルテルに関して以下の内容の司法取引に合意した。

 起訴事実を認め罰金200 百万米ドルを支払う。

 社員3名が有罪を認め、禁固刑に服する。(それぞれが2万ドルの罰金)
     F氏 1年と1日
     N氏 15か月
     U氏 18か月

2011/10/4 古河電工、自動車用ワイヤーハーネス・カルテル問題で米国司法省と合意 

その後、摘発が続出した。

現時点までの状況は下記の通りで、大部分が日本企業である。(司法省発表より 1社、1名少なく、調査中)

起訴 司法取引 未決

裁判

無罪 起訴取消
法人 48社 45社 2社 1社
   

日本企業 41社 38社 2社 1社
外国企業 5社 5社
同上 日本法人 2社 2社
罰金総額 29億ドル
個人 65名 31名 30名 1名 3名
 

   

日本人 64名 30名 30名 1名 3名
外国人 1名 1名

日本企業のうち、日立オートモティブシステムは2回摘発されている。
法人の無罪は
東海興業と子会社、起訴取消はマルヤス子会社。
個人の無罪は東海興業、起訴取消はマルヤス。

最終リスト 2015/9/7 日本ガイシ、自動車用触媒担体のカルテルで米司法省と司法取引 の付記

個人については、刑を受けたものと未決が半々。

2011年以降、刑を受ける個人が急増したが、米国に駐在中に起訴されたと思われる。
日本企業の従業員に対する反トラスト部門の積極的な 責任追及姿勢も響いている。


(その他のカルテル)

海上貨物輸送カルテル

 企業   個人
会社名

罰金
百万$

決定日 個人 禁固刑 罰金 決定日
Compañía Sud Americana de Vapores S.A.(チリ) 8.9 2014/2
川崎汽船 67.7 2014/9 H. T. 1年6ヶ月 2万ドル 2015/1
T. Y. 14ケ月 2万ドル 2015/2
日本郵船 59.4 2014/12 S. T. 15ケ月 2万ドル 2015/3

2015/3/12 米、海上貨物輸送カルテルで3人目の日本人に禁固刑


電解コンデンサ カルテル

罰金 10人を起訴
2015/9/2 NEC TOKIN 13.8百万ドル
2016/4/27 Hitachi Chemical 3.8百万ドル
2016/8/22 Rubycon Corporation 非公表
Elna Co., Ltd. T. T. 禁固 1年と1日
Holy Stone Holdings *
2017/2/8 Matsuo Electric 非公表 S. O. 禁固 1年と1日
2017/7/11 Nichicon 42百万ドル
2017/10/8 Nippon Chemi-Con 非公表


*日立化成エレクトロニクスは、2009年10月29日、三春工場のタンタル・ニオブコンデンサ事業を、三春工場関係の資産とともに台湾の禾伸堂企業股份有限公司(Holy Stone Enterprise Co., Ltd. )が新たに日本に設立する法人に譲渡することを決議

2016/4/30  日立化成、コンデンサ事業でのカルテルで米国司法省と司法取引付記


Yates メモ)

2015年9月にSally Quillian Yates連邦副司法長官が司法省の検察官に向けて発表した 「Yates メモ」 が話題を呼んだ。

司法取引で政府への協力により便益を得ようとする会社は、従業員や役員の刑事責任に関連する事実を全て提出しなければならないというもの 。

便益を得ようとする会社は、従業員を 「差し出さなければならない」とも受け取られた。

これについて、その後、次のように説明した。

従業員による不正行為を完全に 示すにあたり「関連する事実の全て」を開示しなければならないということを意味したものではない。
調査によっても従業員の有罪責任 を立証するのに必要な「全ての」事実が判明しないこ ともあることはDOJも認識しており、会社として合理的に示すことができる事実の一切を開示しなければならないという意味である。

(カルテル捜査対象者のその後の扱い)

カルテル事件などを捜査する米司法省反トラスト局が2014年に、捜査対象になった従業員を継続雇用しないことを企業に求める新たな方針を示し、問題となった。

企業が司法取引を行った後、司法取引の条件のコンプライアンスプログラムを作成し、きちんと改善したとしながら、有罪の可能性のある役員で、責任を認めず、司法取引からcarved out されている役員を雇用し続けている企業がある。

企業がその人間を、重要な権限を持つポジション、直接・間接に共謀行為を続けられるポジション、企業のコンプライアンス計画を監督するポジション、その人間の犯罪行為について証言する人間を監督するポジションで雇い続ける場合、その会社が新しいコンプライアンスプログラムを本気で実行することに疑問がもたれることとなる。

その後どうなったかは不明だが、優遇するのは問題となる。

2015/4/9 米司法省の カルテル捜査対象者の雇用中止要請 

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