ネアンデルタール人の遺伝子と新型コロナ

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10月18日付の日本経済新聞に「世界はウイルスでできている 古代人DNA、敵か味方か」という一見、奇想天外な記事があった。

最近のNatureに発表された論文と、2018年10月にCell に発表された論文を基にしている。

4万年前、こつぜんと姿を消した古代人類ネアンデルタール人の遺伝子が現代人の一部に伝わっている。Nature論文では、この遺伝子がCOVID-19感染で人工呼吸を必要とするリスクを最大で3倍に高めているという。

逆にCellの論文では、ネアンデルタール人から受け継いだ152個の遺伝子がC型肝炎ウイルスのようなウイルスに対する免疫力を高めている という。

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Nature論文は2020/9/30のThe major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals である。

筆者はMax Planck Institute for Evolutionary Anthropology の スバンテ・ペーボ(Svante Pääbo)と Hugo Zebergで、Svante Pääbo は沖縄科学技術大学院大学教授でもある。

Pääbo 教授は2010年にクロアチアの洞窟で発掘された約4万年以上前のネアンデルタール人の骨からDNAを取り出し、人類のゲノムと照らし合わせ、人類に宿るネアンデルタール人の遺伝子の存在を初めて証明した。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが同時代を過ごし、『交雑』が起きたことを示す。

教授は、「ネアンデルタール人は私たちと交配した」(文藝春秋 2015/6/30) という本で発見の経緯を書いている。

Nature論文について、沖縄科学技術大学院大学が「新型コロナの重症化はネアンデルタール人から受け継いだ」というタイトルで発表している。

COVID-19では、年齢や持病の有無など、重篤な反応を起こしやすいかどうかに影響を与える要因はいくつか あるが、遺伝的要因も影響を与えることが分かっている。研究では、3番染色体のある領域の遺伝子多様体(バリアント)が、重症化リスクを高めることが示されている。

COVID-19で入院した重症者と、入院しなかった感染者3,000人以上を対象に調査した結果、感染者が重症化して入院が必要になるかどうかに影響を与える3番染色体の領域が特定された。

特定されたのは49,400塩基対にまたがる非常に長い遺伝領域で、COVID-19重症化リスクをもたらすバリアント同士は強く結びついている。バリアントの1つを持つ人は、13個すべてのバリアントを持っている可能性が非常に高い。

調査の結果、南欧で発見されたネアンデルタール人の標本がほぼ同じ遺伝子領域を持っていた。

上記の調査報告を聞いたHugo Zebergは、Svante Pääboの下でネアンデルタール人の全遺伝子を調査していたため、このCOVID-19重症化リスクをもたらす遺伝子がネアンデルタール人の遺伝子と一致することに気が付いた。

南欧のネアンデルタール人と現代人のバリアントが、長いDNA領域にわたって非常に似ているため、研究者たちは両者の交配から来た可能性がはるかに高いとした。

今回、約6万年前に、南欧で発見された1人と血縁関係のあるネアンデルタール人が、このDNA領域を現生人類にもたらしたと結論づけた。

これらのネアンデルタール人のバリアントを持つ人は、COVID-19に感染した際に人工呼吸器を必要とするリスクが最大3 倍になる。年齢や他の疾患なども重症化に影響を与え るが、遺伝的要因の中では、このバリアントが最も強力なものである。

これらのバリアント保有者の数に世界の各地域で大きな開きがあることを発見した。

判明した古代人の遺伝子は一部を除く人類の1~4%が持つ。少なくとも両親の一方から受け継ぐ人はバングラデシュでは63%に上る。南アジア全体では50%、欧州では16%にもなる。東アジアとアフリカにはほとんどいない。

アフリカ人は全く持たない。逆にネアンデルタール人のいなかった中国やパプアニューギニアに若干見られる。
これは、5万年ほど前にアフリカを出た原生人類がその後、中東でネアンデルタール人と交配して世界中に広まった、という説の強い証拠とされる。

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逆にプラスの面の遺伝子を引き継いでいるとするのが、アリゾナ大学のDavid Enard と Dmitri A. Pttrovである。

2018年10月のCell にEvidence that RNA viruses drove adaptive introgression between Neanderthals and modern humans を発表した。

ネアンデルタール人から受け継いだ152個の遺伝子がC型肝炎ウイルスのようなウイルスに対する免疫力を高めている手掛かりをつかんだとしている。

ネアンデルタール人との交雑を通してゲノムに流入し、遺産として保持されてきた遺伝子の多くは、ウイルス抵抗性に関わる遺伝子で、それもRNAウイルス(HIV、インフルエンザ、C型肝炎ウイルス)に対する抵抗性に関わる遺伝子が多い。

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スバンテ・ペーボ博士は2020年の「Japan Prize」(日本国際賞)を受賞した。

受賞理由:

スバンテ・ペーボ博士は、1980代中頃から現在に至るまで、古代骨を用いたDNAの解析手法の研究を継続的に行い、分解の激しいDNA配列の決定技術を開発してきた。そして、1997年にはネアンデルタール人のミトコンドリアDNA配列決定に成功し、その配列からネアンデルタール人はヒトの直系の祖先ではなく系統的には分岐した人類であることを推定した。さらに核ゲノムの解読に挑戦し、次世代シークエンサーをいち早く活用して、2010年に世界で初めて古代核ゲノムで「全ゲノム」水準のものを、ネアンデルタール人を対象に達成した。

ペーボ博士の開発したこの手法により解析の精度が格段に上がり、ミトコンドリアDNA解析では解析不能であった、ヒトの祖先とネアンデルタール人の間での交雑の存在が明らかとなった。また、この手法をロシアアルタイ地方のデニソワ洞窟より出土した骨片や歯に応用し、そのDNA配列からネアンデルタール人に近いグループのものであることを見いだし、このグループをデニソワ人と命名した。更なる解析により、ネアンデルタール人とデニソワ人との間で、交雑があったことも明らかにした。

ヒトは他の古人類とは完全に系統が違うかどうかについて長年に渡り議論されてきたが、ペーボ博士の解析により、ヒトは絶滅した古人類のゲノムを受け継いでいたことが明らかにされたのである。

このように、ペーボ博士は古人類学に古代骨を用いたゲノム解析をもちこむことで、古人類学の研究を一変させた。また、彼の手法や成果は古人類学だけでなく、人類学、考古学、歴史学などヒトに関わるすべての分野に大きなインパクトを与え、それぞれの発展に寄与した。また、マックス・プランク進化人類学研究所の教授として、多くの古人類のゲノムプロジェクトを牽引し、古人類学のゲノム研究を広げるとともに、多くの研究者を育成したことも特筆される。

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