大阪大学微生物病研究所は9月29日、山崎晶教授(免疫学フロンティア研究センター兼務)らの研究グループが、Helicobacter pylori(いわゆるピロリ菌)が胃炎を引き起こすメカニズムを明らかにしたと発表した。
ピロリ菌は、世界人口の約50%に感染している病原体で、ピロリ菌が感染すると、胃炎、胃がんの発症リスクが高まることから、抗生物質による除菌が推奨されている。
しかし近年は、除菌による耐性菌の出現や、細菌叢バランスの破綻が問題となっており、併用や代替可能な新たな治療法が望まれている。
ピロリ菌が胃炎を発症する機構も不明であった。
付記
長い間、胃潰瘍は飲みすぎ、食べ過ぎのせいとされていた。
医学界では100年ほど前から、胃の中にらせん形の細菌がいるという説があったが、胃の中は強い酸性だから細菌は生息できないという説が有力であった。
1979年に豪州のRobin Warrenは胃炎を起こしている患者の胃の粘膜にらせん形の菌がいることを発見し、同じ病院のBarry Marshallとともに研究を進め、ピロリ菌が胃炎を起こすことを証明した。二人は2005年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
ピロリ菌は、ウレアーゼという酵素を出して、自分の周りにアルカリ性のアンモニアを作り出すことで、胃酸を中和しながら、胃の中に存在している。
(逆に、ピロリ菌が無い場合、胃酸が中和されないため、胃酸過多の人が多いことが分かった。胃酸過多の主な症状は、胸焼け・げっぷ・胃もたれなど)
ピロリ菌は基本的には抗生物質で除去するが、胃の中は強酸性のため、抗生物質が余り効かない。
このため、昔は手術でその部分を切除していた。2015年に武田薬品が胃酸の分泌を抑えるタケキャブを発売し、抗生物質での除去が可能となり、手術の必要がなくなった。
まずタケキャブを1日1回1錠を14日続ける。続いてタケキャブ1錠と抗菌作用の抗生物質(クラリス錠200とアモリンカプセル250)を1日2回、7日間飲む。これで終了。
付記
デンカは2021年3月24日、ピロリ抗原迅速診断キット「クイックナビ™‐H.ピロリ」を 4月14日から全国の医療機関向けに発売すると発表した。
糞便中のヘリコバクター・ピロリ抗原の有無をイムノクロマト法により判定する。テストデバイスへ試料滴加後、8分で抗原の有無を迅速に判定することが可能。
本製品は大塚製薬とデンカの2社が販売する。
研究グループは、ピロリ菌が宿主のコレステロールを取り込み、菌内で糖と脂質を付加することで α-コレステリルグルコシド(αCAG)や、構造が類似するα-コレステリルホスファチジルグルコシド(αCPG)といった炎症誘導化合物に変換することで胃炎を引き起こす、という一連の分子メカニズムを初めて明らかにした。
これにより、ピロリ菌を除去するのではなく、炎症を誘発しないようにして宿主の体内で共存させる治療コンセプトが生まれた。
Hp0421(コレステリルグルコシルトランスフェラーゼ)はピロリ菌と一部のヘリコバクター属のみに存在するユニークな糖転移酵素で、宿主から奪ったコレステロールにグルコースを付加することで、αCAGやαCPGを生合成する。
ピロリ菌特有の糖脂質αCAGが、宿主の免疫受容体Mincleに認識されて免疫系を活性化する。
また、αCPGも、Mincleと同じファミリーに属する免疫受容体DCARに認識され、同様に免疫系を活性化することが判明した。ピロリ菌は、病原体を攻撃する免疫細胞の働きを高めるが、ピロリ菌自体はこの攻撃をかわすため、胃炎が起きてしまう。
Mincle欠損マウスにピロリ菌を感染させると、T細胞(CD3陽性)やマクロファージ(F4/80陽性)などの炎症性細胞浸潤が減少し、胃炎が抑制される。
胃炎抑制効果は、野生型マウスに抗Mincle抗体を投与することでも観察されたことから、Mincleの阻害が治療に繋がることも示された。
αCAGとαCPGの両方を合成できないHp0421欠損ピロリ菌を感染させたマウスでは、胃炎が軽減された。
宿主側でこれらの受容体の働きをブロックすることや、ピロリ菌でこの糖脂質の生成に必要な酵素 Hp0421を阻害することが、新たな胃炎・胃がん発症を抑える治療標的として期待される。
筆者は今回、ピロリ菌による胃潰瘍で入院した。入院中に本件の発表を見つけた。
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