日本におけるワクチン開発の遅れ

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1980年代まで水痘、日本脳炎、百日ぜきといった日本のワクチン技術は高く、米国などに技術供与していた。

その後の2つの訴訟が厚生省をワクチン開発で消極的にさせ、日本のワクチン開発は停滞した。海外では広く接種されているHPV(子宮頸がんの原因)ワクチン は日本での接種率は1%以下まで落ち込んでいる。

1つは予防接種による副作用被害の裁判で、裁判所は、①副作用の可能性があるため予防注射の強制は違法であり、②副作用という危険をなくすためには、事前に医師が予診を充分にして、「接種を受けることが適当でない者」を的確に識別・除外する体制を作る必要があるが、それを怠ったのは過失であるとし、損害賠償を命じた。

「科学的な根拠がないような現象も副反応と認めるという判決」であったとされる。

「被害者救済に広く道を開いた画期的な判決」との世論が広がり、国は上告を断念し、その後、法律改正で予防注射は「努力義務」に変更された

もう一つは薬害エイズ事件で、防止のために必要かつ十分な措置を取るべき具体的義務を怠ったとして厚生省生物製剤課長に業務上過失致死罪で禁固1年、執行猶予2年の刑が確定した。

ワクチンの副作用で責任を問われ、エイズ薬害防止で措置をとる義務を怠ったとして官僚が業務上過失致死罪で有罪となったことから、厚労省はワクチンについて極めて慎重な態度を崩していない。

米国ではこれまでに、Pfizer、Moderna、Johnson & Johnsonの米3社のコロナワクチンに緊急使用許可(Emergency Use Authorization:EUA)が下りている。

EUAは、米食品医薬品局(FDA)が緊急時に未承認薬などの使用を許可したり、既承認薬の適応を拡大したりする制度で、連邦食品医薬品化粧品法(FDCA)の第564条に基づく。

FDAが、(1)生命を脅かす疾患である、(2)当該製品に関して、疾患の治療などで一定の有効性が認められる、(3)当該製品を使用した際のメリットが、製品の潜在的なリスクを上回ると判断できる、(4)当該製品以外に、疾患を診断、予防、または治療するための適当な代替品が無い──という条件を満たすと判断した場合に発行できる。 (リスクは覚悟の上)

正式な承認に必要なすべてのデータがなくても使用が認められるが、許可が取り消されることもある。

米国でも上記3社はまだ正式の承認は取得していない。Pfizerは5月7日、16歳以上への接種についてFDAに正式承認を申請した。

日本にはこの制度はなく、薬事法が求める全てのデータが必要である。 米国と異なり、リスクがないことを確認できなければ(メリットが大きくても)認めない。

現在、日本ではPfizer、Moderna、AstraZenecaのワクチンが承認されているが、これはいずれも海外での承認を得たものに対する特例承認によるものである。

特例承認は、①疾病のまん延防止等のために緊急の使用が必要、②当該医薬品の使用以外に適切な方法がない、③海外(日本と同水準の国)で販売等が認められている、という要件を満たすもので、
法律では、対象品目は「新型インフルエンザのワクチンと新型コロナウイルス感染症にかかる医薬品」で、
「日本と同水準の国」は「米国、英国、カナダ、ドイツ、フランス」のみである。

各国での承認が正式承認でなく、緊急使用許可であってもよい。

但し、人種による効果、副作用の可能性があるため、別途、国内治験を求めており、これが諸外国と比べての承認の遅れとなった。

米国などで緊急使用許可を得たものは完全なデータがなしでも認めるが、日本製については完全なデータを必要とする。

実際に、どんな場合に副作用が出るか分からないため、多数の治験が必要である。既に使われているワクチンは世界各国で治験をしているが、それでも、AstraZenekaの血栓は実際の接種が始まって明らかになった。

日本では厚労省が積極的でないうえ、医薬メーカーも過去の実績をベースにワクチンにあまり力を注いでいない。

第一三共の社長は日経のインタビューで次のように述べている。

「第一三共を含め日本の製薬会社はワクチンへの投資をためらってきた。政府も開発支援に十分な予算を投じてこなかった。質の高い製品を作るためには大規模な投資が必要だ。採算がとれるかも重要になる。単独の企業で対応するには限界があり、政府主導で安全保障としてのワクチン確保をどうするのか、補助金や買い取り制度などを含めた議論が必要だ」

しかし、海外企業(中国を含む)の動きを見ると、日本市場を対象に開発を進めるというやり方では成功しないだろう。

日本勢が今後、ワクチンの先進国になるのは難しい。

参考 2020/8/23 新型コロナウイルスワクチンの日本における生産体制の構築 

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1.予防接種ワクチン禍集団訴訟

1980年代末から90年代初頭にかけ、はしか、おたふくかぜ、風疹の新三種混合(MMR)ワクチンを受けた子どもたちに無菌性髄膜炎の副反応が報告され、予防接種騒動が再燃。同ワクチンは中止となった。

北里生命科学研究所の中山哲夫特任教授によると、「科学的な根拠がないような現象も副反応と認めるという判決」で、国は、「訴訟をいろいろ抱えた後、ワクチンを積極的にやろうとして何かがあったら訴えられる」と 考えた。日本のワクチン制度は「15年、20年、何も進まなかった」。 (2021/5/10 日本経済新聞)

事実:

予防接種法の規定または国の行政指導に基づき自治体が勧奨した予防接種(インフルエンザワクチン、種痘、ポリオ生ワクチン、百日咳ワクチン、日本脳炎ワクチン、腸チフス・パラチフスワクチン、百日咳・ジフテリア二種混合ワクチン、百日咳・ジフテリア・破傷風三種混合ワクチン等)を受けた結果、
副作用により障害または死亡するに至った被害児とその両親らが原告(被害児62名中訴提起前の死亡被害児を除く36名、その両親らの家族124名、合計160名)となり、
民法上の債務不履行責任、国家賠償法上の責任または憲法上の損失補償責任を追及するとして、
国を被告として損害賠償請求訴訟を1972年3月から六次にわたって提起した。

東京地裁 1984年5月18日判決

予防接種と重篤な副反応との因果関係認定基準として次の4つの要件が必要であると解し、本件ではそのすべてが充たされているとして相当因果関係があるものと認めた。

(1)ワクチン接種と、予防接種事故とが時間的、空間的に密接していること。
(2)他に原因となるべきものが考えられないこと。
(3)副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと。
(4)事故発生のメカニズムが実験・病理・臨床等の観点から見て、科学的、学問的に実証性があること。

賠償責任については、種痘と他の接種とを複合して行ったり、通常量の倍の種痘を施したという一部の原告を除いて過失が認められず、賠償責任も認められない。

しかし、憲法29条3項 「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる」の「類推適用」による損失補償責任は認められると判示した。

本件各被害児およびその両親にとって、予防接種により当然受忍すべき不利益の限度を著しく逸脱した特別の犠牲を余儀なくされたものということができる。

他方、本件における各被害児及びその両親の蒙った特別犠牲に対し、その余の一般的国民は、予防接種の結果、幸にして、各被害児らのような不幸な結果を招来することなく、また各予防接種によって伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防され、よって、予防接種法が目的としている国民一般の公衆衛生の向上及び増進による社会的利益を享受しているのである。

そうだとすると、本件においては、各予防接種の結果蒙った各被害児及びその両親らの特別の犠牲は、予防接種を行うという国民全体の利益のために、己むを得ない犠牲であると解すべきか、はたまた、本件における各被害児及びその両親らの蒙った具体的ないわば個人の特別の犠牲は、国民全体の負担において、これを償うべきものと解すべきかの一つの政策の問題に帰着するということができる。

(いろいろの考え方を検討した後)

憲法29条3項は、公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超え、特定の個人に対し、特別の財産上の犠牲を強いるものである場合には、これについて損失補償を認めた規定がなくても、これを根拠として補償請求をすることができないわけではないと解される。これを類推適用し、かかる犠牲を強いられた者は、直接憲法29条3項に基づき、被告国に対し正当な補償を請求することができると解するのが相当である。

東京高裁 1992年12月18日判決

第1審の因果関係認定を是認

但し、憲法29条3項は適法行為による意図的な財産権侵害を対象とするもので、本件は「憲法解釈の枠を超える」として1審判決を否定

逆に、国家賠償請求を認めた。

「予防接種により重篤な副反応が生じた場合には,本来当該個人には予防接種を強制すべきでなかったという意味で予防接種の強制は違法」(勧奨接種の場合にも妥当)
厚生大臣の禁忌者(その後「接種を受けることが適当でない者」に呼び変えへの接種回避措置懈怠につき過失があった。

国は可能な限り予防接種によってこのような事故が生じないよう努める法的義務がある。

重篤な副反応という危険をなくすためには,事前に医師が予診を充分にして,禁忌者を的確に識別・除外する体制を作る必要があり,そのことは厚生大臣も充分認識していたが、長く,伝染病の予防のため,予防接種の接種率を上げることに施策の重点を置き,予防接種の副反応の問題にそれほど注意を払わなかった。

本件被害児62名はいずれも禁忌者に該当していたものと推定されるところ,「現場の接種担当者(医師)が禁忌の識別を誤り,本件被害児らが禁忌者に該当するのにこれに接種をしたため生じたものと推認される」

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判決は無過失責任まで認めたものではない。 「特段の事情」の存在が証明されれば損害賠償責任は問えない。 また,国が十分な予診体制を確立し現場の接種担当医が必要な予診を尽くした後なお重篤な後遺障害が発生した場合には,過失による損害賠償責任論では対処できない。

「被害者救済に広く道を開いた画期的な判決」との世論が広がり、国は上告を断念した

1994年に予防接種法が改正されて接種は「努力義務」となり、副作用を恐れる保護者の判断などで接種率はみるみる下がっていった。

従来、予防接種については、市町村に対して実施する義務、国民に対して接種を受ける義務が定められていたが、国民の義務については「予防接種を受けるよう努めなければならない」と改められた。

既に、罰則規定については1976年の改正により削除されていたことから、従来も強制的な義務接種ではなく事実上の努力義務ではあったが、今回の改正により強制的な義務接種ではなく、努力義務であることが法文上も明記されることとなった。なお、市町村長の実施義務については従前どおりである。

これにより1994年10月以降の予防接種は、予防接種法(BCGは結核予防法)に基づき市町村長が行う勧奨接種と、医療行為の一つとして医療機関が行う任意接種の二つのみとなり、義務としての予防接種は緊急時を除き存在しなくなった。また、従来、一般臨時の接種と言われていた接種形態は無くなり、予防接種法に基づく勧奨接種は、すべて定期接種として行われる。

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2.薬害エイズ事件

薬害エイズ事件で、エイズウイルス(HIV)に汚染された非加熱血液製剤の回収指示などを怠ったとして、業務上過失致死罪に問われた元厚生省生物製剤課長、松村明仁被告に対し、最高裁第2小法廷は2008年3月3日付で、上告を棄却する決定を出した。

禁固1年、執行猶予2年とした1、2審判決が確定する。

1996年10月、2件の被害事実について、厚生省の元生物製剤課長である松村明仁が、業務上過失致死罪で東京地裁に起訴された。

  ①帝京大病院で1985年5-6月に非加熱製剤を投与された血友病患者の死亡(帝京大ルート)
  ②大阪医科大学附属病院で
1986年4月に旧ミドリ十字の非加熱製剤を投与された肝臓病患者の死亡(ミドリ十字ルート) 

2001年9月、一審判決が出た。
地裁は非加熱製剤の危険性を認識できた時期を1985年12月末と判断し、①については無罪とした。
②については有罪で、禁固1年、執行猶予2年とした。(双方が控訴)

官僚個人の「不作為」が初めて罪に問われ最高裁で有罪が確定するのは初めて。小法廷は「薬務行政上必要かつ十分な対応を図るべき義務があったことは明らか」と指弾した。

最高裁は、業務上過失致死罪の成否について職権で判断した。

行政指導自体は任意の措置を促すものであり、薬害発生の防止は一次的には製薬会社や医師の責任で、国の監督権限は二次的・後見的なもの。
これらの措置に関する不作為が公務員の服務上の責任や国の賠償責任を生じさせる場合があるとしても、これを超えて公務員に個人としての刑事法上の責任を直ちに生じさせるものではない。

しかし、当時広範に使用されていた非加熱製剤中にはHIVに汚染されていたものが相当量含まれており、HIVに感染してエイズを発症する者が出現し、いったんエイズを発症すると有効な治療の方法がなく、多数の者が高度のがい然性をもって死に至ること自体はほぼ必然的なものとして予測された。
しかし当時は同製剤の危険性についての認識が関係者に必ずしも共有されていたとはいえず、医師や患者においてHIV感染の結果を回避することは期待できなかった。

同製剤は、国によって承認が与えられていたものであり、国が明確な方針を示さなければ引き続き安易な販売や使用が行われる恐れがあった。その取り扱いを製薬会社等に委ねれば、その恐れが現実化する具体的な危険が存在していた。

このような状況の下では、薬務行政上、その防止のために必要かつ十分な措置を取るべき具体的義務が生じたといえるのみならず、刑事法上も、非加熱製剤の製造、使用や安全確保に係る薬務行政を担当する者には、社会生活上、薬品による危害発生の防止の業務に従事する者としての注意義務が生じていた。

被告は、非加熱製剤が生物製剤課の所管に係る血液製剤であることから、厚生省における同製剤に係るエイズ対策に関して中心的な立場にあった。厚相を補佐して、薬品による危害の防止という薬務行政を一体的に遂行すべき立場にあったのであるから、被告には、必要に応じて他の部局等と協議して所要の措置を取ることを促すことを含め、薬務行政上必要かつ十分な対応を図るべき義務があったことも明らかである。

非加熱製剤の販売中止・回収や、医師に不要不急の投与を控えさせる措置を取ることを不可能または困難とするような重大な法律上または事実上の支障も認められないのであって、被告においてその責任を免れるものではない。

2008/3/6 薬害エイズ事件、最高裁判決

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