プーチン大統領の怒り

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ロシア外務省は2021年12月17日、米露首脳会談でプーチン大統領が提案していた新しい安全保障条約の草案内容を公開した。

NATOに対してウクライナの加盟を拒否、1997年5月以降にNATOに加盟した旧ソ連圏諸国に他のNATO加盟国から兵力や装備を派遣して駐留することを制限するよう求めている。

2021/12/22 ロシアの安全保障条約草案

ロシアのプーチン大統領は12月23日、年末恒例の記者会見を開き、約4時間にわたり様々な質問に答え続けた。

その中で大統領は、欧米が懸念するウクライナ情勢について手の内を見せず、北大西洋条約機構(NATO)が東方拡大でロシアに与えてきた脅威を強く批判した。

NATO側が1990年代の約束に反して東方拡大を続け、ロシアを「騙した」と非難し、ロシアは米国の周辺で軍事的脅威をつくり出していないと訴えた。

ウクライナを侵攻しないと約束するか質問されると、「我々はアメリカやイギリスの国境に迫っていない。違う。向こうが我々の国境に迫ったのだ」と強い調子で述べ、NATOが1990年代以降、相次ぐ東方拡大でロシアに脅威を与えてきたと批判した。

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情報によると、事情は次の通りとされる。 (OliverStone/Peter Kuznick "The untold history of the United States")

1989年のベルリンの壁崩壊から、東欧民主化革命が起こったが、ゴルバチョフ大統領は、この動きを静観した。

さらに1990年になると、「東西ドイツを再統一したい」という動きが加速化した。

米国は、東ドイツの実質的支配国だったソ連の指導者ゴルバチョフに許可を求めた。当時の米大統領はBush (父)であった。

ゴルバチョフは極めて甘く、冷戦終了でNATOは解散するのではと考えたが、それはなく、そのため、一つだけ条件をつけた。それは、「NATOを統一ドイツより東に拡大しないこと」で、米国はこれを約束、1990年10月3日、東西ドイツは統一された。

問題は、これが条約とか覚書ではなく、口頭でなされたことである。

1991年12月26日にソ連が崩壊した。

Clinton大統領時代の1999年3月、チェコ、ポーランド、ハンガリーの旧ソ連圏国がNATOに加わった。

次いでBush(息子)大統領時代の2004年3月には、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ルーマニアの旧ソ連圏国に加え、ソ連の一部であったエストニア、ラトビア、リトアニアの3国が加わった。

ロシアにとってはそれまでの自国の一部にNATOが進出したことになる。

口約束にせよ、「NATOを統一ドイツより東に拡大しないこと」という約束はあったと推測される。そうでなければロシアは東西ドイツ統一(=東ドイツのNATO入り)に反対したであろう。

しかし、この約束はBush大統領からそれ以後の大統領(Clinton、Bush・・・)には引き継がれなかった。

プーチン大統領がロシアを「騙した」と非難するのはこのことである。西側はその約束そのものが存在しないとしている。

プーチン大統領は今回、NATOに対してウクライナの加盟を拒否、1997年5月以降にNATOに加盟した旧ソ連圏諸国に他のNATO加盟国から兵力や装備を派遣して駐留することを制限するよう求めている。

条件交渉の最初の提案であり、今後の交渉で決着をつけることになるが、少なくとも、ウクライナのNATO加盟は、首都モスクワのすぐ近くにNATOの対露基地ができることになるため、絶対に認めないと思われる。

なお、ウクライナ最高会議は1990年7月に「主権宣言」を採択したが、「対外安全保障」の項は次の通り。

「将来において恒久的に中立国家となり、軍事ブロックに加わらず、非核三原則―核兵器を受け入れず、使用せず、保持しないという自らの意向を厳に宣言する」。

ベラルーシはルカシェンコ大統領とプーチン大統領が盟友関係にある。


バイデン大統領とプーチン大統領は12月30日、およそ50分にわたって緊張が続いている情勢をめぐり電話で意見を交わた。

バイデン大統領は緊張緩和を重ねて呼びかけたうえで、ロシアがウクライナに侵攻すれば同盟国と連携して断固とした対抗措置をとると明確に伝えた。
これに対してプーチン大統領は欧米が前例のない制裁をロシアに科すことになれば双方の関係を完全に壊しかねないと警告した。

両首脳は協議の継続では一致した。

ウクライナ情勢をめぐっては1月に米ロの2国間協議やNATOとロシアによる協議などが予定されている。

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