これまで、武田薬品工業、欧米の医薬品会社及びICIの構造改善をみてきた。
各社とも明確な方向付けを行い、大胆な合従連衡や思い切った「選択と集中」を行っている。
それでは日本の石油化学産業はどうであろうか。
1980年から2000年頃までの歴史をみると、各社ともはっきりした目標をもって構造改革をやってきたとは思えない。
経済環境が非常に悪いときも抜本的な構造改革は行わず、なんとかその場を切り抜ける対策をとる。
経済環境が改善すれば、悪いときのことを忘れ、競争して増設に走る。
その繰り返しであった。
2000年頃になって、損益悪化が続いてどうしようもなくなり、2004年問題もあって、ようやく「選択と集中」政策をとり始めた。
何十年も続いた事業をやめる企業も出てきた。
住友化学と三井化学の合併のように、世界を目指すという明確な方向付けでの対策も出てきた。
しかし、中国バブルとナフサ高、ハイテク材料の3つの要因がうまく重なり、損益の改善が進むと、これも速度が弱まった。
これまでも環境がよくなれば、これが続くと思い、悪いときのことを忘れる傾向があった。今では、「2004年問題」も忘れられ、「選択と集中」政策を採り始めたときの切実感はない。いつまでも現在の好況が続くと思っているのではないか。
この25年の推移をみてみよう。添付グラフは(クリックしてください)PVCの能力&需要推移だが、これが日本の石化の動きをよく表している。
グラフの表示のように、この25年は1988年までの「産構法時代」、95年頃までの「ポスト産構法時代」、2000年頃までの「事業統合時代」、2000年以降の「選択と集中時代」に分けられる。「ポスト産構法時代」は前期の好況期とバブル経済破裂後の不況期に分かれる。「選択と集中時代」はすぐに中国バブルで動きが弱まった。
各時代の詳細は次回以降、順次述べたい。ここでは簡単に特徴を述べる。
(産構法時代)
1979年1月に第2次石油危機が発生し、3万円/kl程度であったナフサ価格は一気に6万円/klまで上昇、需要が激減し、不況が深刻化した。塩ビ業界の赤字は、80年 323億円、 81年470億円、82年 407億円と増大し、危機的な状況となった。他の石化製品も同様である。
この危機に際して業界がとったのは抜本的構造改革ではなく、産構法による共販体制と設備カルテルである(塩ビの共販は産構法前)。
共販制度は塩ビ、ポリオレフィンでそれぞれ4社できたが、真の販売会社ではなく、メンバー各社が自社製品をその出向社員が自社需要家に販売し損益は全て自社に帰属するというものであり、事務所を共有するだけの「形を変えた価格カルテル体制」であった。
設備カルテルも設備廃棄が本来の主旨であったが、ほとんどが休止で済ませた。エチレンセンターでエチレンを永久停止したのは住友化学の愛媛と三井石化の岩国だけであり、出光石化は産構法中に千葉エチレンを新たに稼動させた。
なお、日産化学だけがこの時期に石油化学から撤退したのが注目される。塩ビ事業を東洋曹達に、HDPEを丸善石化に譲渡して撤退した。
この間、ナフサ価格は1986の1Qの31,300円から2Qの16,900円と急落し、それにつれて需要も急増して採算が向上、塩ビ業界全体でも1986年に黒字に転換した。1988年に時限立法の産構法は終了した。
(ポスト産構法時代)
需要が回復すると業界はたちまち、増設に乗り出した。
まず、産構法で休止したエチレンや誘導品設備を再稼動した。
続いて新増設計画が相次いだ。エチレンでは三菱油化・鹿島の増設、丸善石化が住友化学・三井石化の引取りを前提に京葉エチレンを新設し、実現はしなかったが宇部興産・三井東圧・日本石油化学の宇部エチレン構想もたてられた。
ポリオレフィンと塩ビでは共販体制を維持するため、共販単位で共同生産が行われた。
・PP:千葉ポリプロ、宇部ポリプロ、四日市ポリプロ(東ソー)、浮島ポリプロ、DPP、旭化成(単独)
・PE:千葉ポリエチレン、宇部興産(単独)
・PVC:第一塩ビ製造
・PS:日本ポリスチレン(住友化学、昭和電工)
これらが完成した1993年頃にはエチレンと誘導品の能力は産構法前のそれをはるかに上回るものとなった。
新増設が完成する前にバブル経済が弾け、需要が減退し、需給ギャップがひろまった。各社の損益は急速に悪化した。
東ソー、旭化成のPP撤退、宇部興産の新PEプラント停止、昭和電工のPS撤退などがあり、各社とも対応の検討を始めた。
(事業統合時代)
1994年に三菱化成と三菱油化が統合して三菱化学となり、97年に三井石油化学と三井東圧が統合して三井化学となった。これは本来一つであるべき会社が統合しただけであるが、これとは別に多くの事業統合会社が生まれた。特定の事業を数社が統合して製造販売を行うものである。
・塩ビ:新第一塩ビ、大洋塩ビ、(のちに)ヴイテック
・ポリオレフィン:日本ポリオレフィン、グランドポリマー、日本ポリケム
・PS:日本ポリスチレン(住友化学/三井化学)、A&Mスチレン、東洋スチレン
・ABS:テクノポリマー、日本A&L、UMG ABS
これにより各誘導品ともに表面上はメーカー数は減少した。他の共販グループメンバーとの事業統合の結果、共販会社も消滅した。
しかし、三菱化学の場合、統合に際して人員の削減は行わず、鹿島、四日市、水島の3エチレンセンターも3地域に拠点があることは大きな強みであるとしていずれも残した。三井も人員は減らしたが設備は変わっていない。
事業統合会社も大部分はメンバー各社が経営陣を出し、工場はそのまま、原料供給体制もあまり変わらないという持ち寄り体制であった。塩ビの場合は事業統合しない企業が対抗心から増設に走り、全体能力は増加している。
原料を各社が持ち込むなら原料面でのメリットは生じない。
仮に事業統合で人員が100人減ったとしても(実際には親会社に戻るだけだが)、節約される人件費等は年間10億円に満たない。
しかし、実際に起こったように過剰能力による値下げ競争で売価が10円/kg 下がると、50万トンの統合会社なら年間の値下がり損は50億円にもなる。
表面上はメーカー数が減り、1社当たり能力が増えて国際水準に近づいたように見えたが、実態は従来のままであり、事業統合の効果はなかったといえる。事業統合会社の損益は悪化し、破綻直前まできた。親会社やその他の企業も損益は悪化している。
危機に際して抜本的な対応をとらなかったツケが出たといえる。結局、1980年代、90年代の20年間は石化業界にとっては「失われた20年」であった。
(選択と集中時代)
21世紀に入り、事態の深刻さと2004年問題やアジア・中東での大規模新設の影響などによる危機意識から、各社とも「選択と集中」戦略をとり出した。
三菱化学は2001年1月に四日市のエチレンを停止、人にも手をつけた。昭和電工はエチレンを1系列減らし、中期計画で石油化学を「再構築事業」とし、提携・売却も視野に入れるとした。
塩ビ業界では撤退が相次いだ。新第一塩ビで住友化学、日本ゼオンが、大洋塩ビで三井化学、電気化学が、ヴイテックで東亞合成が、それぞれ実質的に撤退した。また、チッソ、呉羽化学、旭硝子、セントラル化学が撤退した。PVCと原料VCMの多くの工場が停止した。
(逆に信越化学の欧州での塩ビ会社買収、米国子会社の新立地での増設などがある)
2000年11月に三井化学と住友化学の統合計画が発表され業界に衝撃を与えた。全統合に先立って三井住友ポリオレフィンがスタートした。
宇部興産とトクヤマがPPから撤退した。
日本ポリケムと日本ポリオレフィンのPE事業を統合して日本ポリエチレンが、日本ポリケムとチッソのPP事業を統合して日本ポリプロが誕生した。(実質的に三菱化学が昭電、新日本石化、東燃化学のPE、チッソのPPの運営を引き受けた形)
PSではA&Mスチレンと出光石化のPS事業を統合し、PSジャパンとした。(更に大日本インキ化学のPS事業との統合を図ったが、公取委の反対で取り止めた。)
ABSでは鐘淵化学が撤退した。
これらの処理の結果でも、まだ(PSを除き)国内需要と能力の間に大きなギャップがある。加えてPEの場合は今でもレジンやPE袋の形での輸入が増加している。
しかしながら中国バブルが始まると危機意識は急速になくなった。
住友化学と三井化学の統合は「21世紀の化学産業におけるグローバルリーダー」をめざすとされたが、両社の主導権争いもあったが、「単独でも生き残れる」という考えが出て解消され、ポリオレフィン会社も解散した。
昭和電工は2005/11の新中期経営計画では「再構築事業」であった石油化学を「基盤事業(キャッシュカウ)」としている。
更なる再編が噂された塩ビ業界でも全く話が進んでいない。
部分的には構造改革は行われており、戦略のもとに海外進出をしている企業も多いが、エチレンとエチレン関連誘導品に関しては、エチレンセンターに手を付けられないことから、(メーカー数は減ったが)世界水準からみて非常に小規模で、かつ多数プラントでの過剰能力体制のままである。
日本の合成樹脂は単なるコモディティの販売ではなく、「提案型」マーケティングで需要家の高度のニーズに応えており、今後もなくならないし、高度のニーズのある日本でないと開発はできない。
しかし、中国バブルが弾けて、中国の多くのエチレン計画が中止となると、ナフサ価格も急落する。輸出がなくなるだけでなく、韓国、台湾、更には最新の大規模設備ができた中国からも輸入圧力が出てきて、国内価格が急落する。
場合によってはハイテク材料の方も悪くなる可能性もある。
こういう可能性を考えて、再度、「選択と集中」政策を進めるべきではないだろうか。
(次回から各時代について述べる)
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