アザデガン油田の開発権引き下げでイランと合意

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イラン南西部のアザデガン油田の開発問題で、開発権を持つ国際石油開発とイラン政府は、日本側の開発権の保有割合(出資比率)を大幅に引き下げることで大筋合意した。
国際石油開発が保有する75%の開発権のうち65%分をイランの国営石油会社に譲渡し日本の開発権は10%とする。
日本政府は国際協力銀行の融資や石油天然ガス・金属鉱物資源機構(旧石油公団の機能を承継)による出資など、油田開発への公的支援を見送る。

同油田はイランの核開発問題で着工が遅れていたが、米国に配慮する一方、懸念されていた全面撤退は当面避け、同油田からの原油輸入に道を残す。

米国政府はこの決定に対し、従来通り、「いまイランに投資することは望ましくない」とし、今後の交渉を見守るとしている。

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1999年に発見されたアザデガン油田は,イラン最大級の油田であり、確認埋蔵量は約260億バレルとされる。 Iranyuden_3

2000年のハタミ大統領訪日時に両国間で交渉開始に合意し、2001年7月、平沼赳夫経済産業相がテヘランでハタミ大統領と会談し、開発の早期契約に向けて努力することで合意した。

当初の日本側メンバーは、国際石油開発、石油資源開発、トーメンの3社であった。

このアザデガン油田には採算を疑問視する声もあったが、2000年に失効したアラビア石油のサウジアラビア・カフジ油田をめぐる交渉失敗のばん回を狙う経済産業省、2005年3月に廃止される石油公団の天下り先確保、再建中のトーメン(イラン原油取扱い量が全世界におけるビッグ
で、その後豊田通商に統合される)の生き残り作戦などの思惑が絡んだ。

これに対し、イランの核問題を懸念する米国政府が公式に開発中止要請を行った。
2003年6月に
国務省報道官が「この時期にイランの石油・ガス開発を進めるのは不適切」との見解を示し、当時のライス大統領補佐官やアーミテージ国務副長官が加藤良三駐米大使を呼び、イランの核開発疑惑が米政府の安全保障政策の重大な懸念であることを強調した上で「同盟国の日本がイランに誤ったメッセージを伝えることを憂慮する」などと指摘し、事実上開発計画からの撤退を迫ったといわれる。イランの資源開発に投資した企業を大統領権限で米市場から締め出す「イラン・リビア制裁強化法」(ILSA)の発動もちらつかせた。

イラン側の要求が厳しいことや米国の反対もあって優先交渉期限であった2003年6月末までに交渉は妥結せず、優先交渉権は消滅したが、以降も引き続き交渉は継続した。

2003年12月にイランが核査察強化に向けた国際原子力機関(IAEA)の追加議定書に調印するなど姿勢が軟化してきたことで同油田の交渉も進展し始めた。

2004年2月、国際石油開発インペックス)はイラン国営石油との間でアザデガン油田の評価・開発に係わる契約に調印した。Iranimage

内容は
・インペックスとイラン国営石油子会社NICOが、それぞれ75%と25%の参加権益で、アザデガン油田の評価・開発作業を推進する。
・開発第一段階は契約調印後4年4ヶ月後から日量15万バレルの生産を予定し、その後開発第二段階として、契約調印後8年(96ヶ月)後から日量26万バレルの生産を計画。
・契約調印後3年4ヶ月間で日量5万バレルのレベルで生産開始を予定。

総投資額は、20億ドル。
契約上の投資額の回収期間は、開発第一段階では6年半、開発第二段階では6年
で、合計12年半に限られる。

投資額が計画を上回った場合、投資が回収できないおそれもある。

2004年度の日本の原油輸入量は日量417万バレルで、このうち自主開発原油は45万バレル。仮に26万バレル増えると、自主開発原油の比率は10%から17%に増える計算になる。

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契約後もイランの核開発疑惑を強く批判する米国がイランへの石油投資に反対の姿勢を崩さず、日本側に契約延期を要請していたが、国際石油は2005年末に、「着手が遅れると権益を失いかねない」と判断し、本格生産に向けた開発を2006年中に始める方針を固めた。

アザデガン油田はイラン・イラク国境に近く、イラン・イラク戦争で100万発といわれる地雷が敷設され、そのままになっているため、地雷の除去を始めた。

その後、イランの核問題は解決のきざしが見えず、開発に着手出来ない状況が続いた。
国際石油開発はイラン側が約束した油田の地雷除去を終えていないことが遅れの主因と主張したが、イラン側は地雷除去は96%終わっており、作業に問題はないと反論し、本年9月末までに開発を始めない場合、同社に与えた開発権を取り消し、イラン政府が引き取るとし、早期着工を促した。

今回の妥結はこれを受けて行われたものである。

しかし、開発コストは2500~3000億円に膨らむとの予想もあり、イランは自主開発を主張するが技術面でも資金面でも無理とみられ、代わりの参加者が見つからなければ日本に出資増を求める可能性もあるとされており、まだ決着したとはいえない。

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なお、中国のシノペックは 2004年にイラン政府との間で、今後30年間にわたり石油・天然ガスの供給を受けることで合意し、総額で700億ドルの契約の覚書に調印した。シノペックが今後30年間にわたり毎年2億5千万トンの液化天然ガスを購入するほか、イランのヤダバラン油田の開発権を得るというもので、同油田の開発が成功した場合、中国側は25年間にわたって、毎日15万バレルの原油の供給を受けることでも合意している。

このヤダバラン油田はアザデガン油田に隣接しており、両油田は地下ではつながっているとの説もある。
中国も米国から牽制を受けたが、中国は「米国が反対するのなら代わりの原油を供給せよ」として無視している。

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国際石油開発インペックス)は1966年に北スマトラ海洋石油資源開発として設立された。
1975年 5月に社名をインドネシア石油と変更、2004年に東京証券取引所市場第1部に上場した。
2001年9月、国際石油開発(INPEX CORPORATION)と改称。

政府(当初は石油公団)が普通株式36.06%をもつとともに、拒否権のある甲種類株式(黄金株)1株を所有していた。
普通株式の株主は他に、石油資源開発が 13.46%、三菱商事 9.88%、三井石油開発 9.21% 等々であった。

2005年11月、インペックスと帝国石油は共同株式移転契約を締結、2006年4月に持株会社・国際石油開発帝石ホールディングスが設立され、インペックスは同社の子会社となった。

経営統合の株式移転でインペックス株主は普通株式1株に対して1株、甲種類株式(黄金株)1株に対し1株(政府のみ)が割り当てられ、帝国石油普通株式1株に対しては普通株式0.00144 株が割り当てられた。従来通り政府が拒否権を有する。

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