新聞報道によると、公正取引委員会は企業の合併審査基準の改正案をまとめた。
現在の「シェア基準」(合併後の市場占有率が35%以下なら「独占禁止法上、問題は少ない」として統合を承認)を撤廃し、業界の競争状況を示す市場寡占度で判断する米国のHHI(Herfindahl-Hirschman Index)方式を導入する。輸入品などとの競合を判断材料に加味することも明記する。
公取委のこれまでの主張に沿ったもの。
2006/6/19 「公取委、合併審査見直し」参照
HHI は業界内の全企業のそれぞれのシェアを二乗して足し合わせるもの。
報道では公取委案は以下の通り、米国の基準よりは緩やかにはなっている。
米国 (1992年4月発表のHorizontal Merger Guidelines) | 公取委案 | ||||
統合後の HHI |
市場認識 | HHIの増加 | 結論 | 合併後の HHI |
HHIの増加 |
1000未満 | unconcentrated | 問題なし、検討不要 | 1500以下 | ||
1000-1800 | moderately concentrated | 100未満 | 問題なし、検討不要 | 1500-2500 | 250以下 |
100以上 | 競争上の懸念、検討要 | ||||
1800以上 | highly concentrated | 50未満 | 問題なし、検討不要 | 2500超
* |
150以下 |
50以上 | 競争上の懸念、検討要 | ||||
100以上 | 市場支配力の行使が容易と推定 |
米国では
「統合後のHHI が1000未満」、or 「1000-1800 で、HHI の増加が100未満」、or 「1800以上で、HHI の増加が50未満」が、問題なしなのに対し、
日本では
「統合後のHHI が1500以下」、or 「1500-2500 で、HHI の増加が250以下」、or 「2500以上で、HHI の増加が150以下」なら、問題なしとなる。
* 2007/1/24 報道では、「シェア35%以下でHHI 2500以下の場合」は「問題となる恐れは小さい」として簡単な審査とする。
(現行は「シェア35%以下でHHI 1800未満」)
但し、実際の石化業界に当てはめると、非常に厳しいものとなる。
合成樹脂業界では、事業統合時代にメーカー数は減った。
PS業界では4社、PVC業界では6社(東ソーのペーストを大洋塩ビと一体とみる)となった。
仮にある業界でシェア30%の会社が2社あると、それだけで、HHIは1800(900+900)となり、1500を超える。
(トータルは、はるかに超える)
シェア30%会社とシェア5%の会社が統合すると、増加HHIは300となり〔(35x35)-(900+25)〕、基準を超える。
例えば、仮に、PVC業界でヴイテックと新第一塩ビが統合するとすれば、HHI は2,316、増加HHI は357となり、「問題なし」とはならない。
現在の基準であれば、統合後のシェアは27%で、「問題なし」となるため、現在の基準より厳しくなることとなる。
勿論、基準を超えれば駄目ということでなく、審査をするということであり、審査の結果、承認される可能性はある。
過去の例では、
①2004/12/7の三井化学及び出光興産のポリオレフィン事業の統合では、
PPでは、市場シェアは約40%(HHI 約2900・増加分約700)で問題ありとしたが、会社側の対策案を受け入れ承認した。
②また、2002/7/21の大日本インキ化学工業と旭化成ライフ&リビングによる二軸延伸ポリスチレンシート事業の統合では、
統合後のHHI 約3400,HHIの増加分約1200だが、当事会社が申し出た問題解消措置により、承認された。
③2004年度の 山之内製薬と藤沢薬品工業の合併でも
強心配糖体及びその配合剤ではHHI約4300 HHI増約250、
インフルエンザワクチンではHHI約3,400 HHI増約700 であったが、
隣接市場又は川下市場からの競争圧力が認められ、承認された。
しかし、承認されるかどうかが申請しないと分からない上、膨大な資料の作成を必要とし、障害となることは間違いない。
業界が求める承認条件の緩和(METI案ではシェア基準50%未満)は、この点ではむしろ後退することとなる。
一方、「市場の画定」の作業で「国内を原則とする」という現行指針の文言を削除し、その上で「外国企業からの輸入圧力があるかどうかを判断するための具体的な項目」を明記した。
具体的には、関税水準や、輸入が急増した場合の制限措置があるかなど制度上の障壁の有無、輸送費負担の大きさ、製品の品質などが同じかどうかの「代替性」、外国企業の生産能力なども勘案するという。
関税に関しては、「2004年問題」でPE、PPの税率も引き下げられた。
マレーシア とシンガポールについては経済連携協定で関税率が順次引き下げられる。
開発途上国については全体枠及び国別枠(全体の1/4)の限度内で関税が一般税率の20%になる特恵関税がある。
輸入が急増した場合の制限措置はない。
輸入品の輸送費負担は大きくなく、品質も一部を除き、使用に耐えないものは少ない。
アジアの生産能力は著しく増大した。
化学業界の場合は、一部の例外を除き、外国企業からの輸入圧力は間違いなく存在する。
日本の国内では寡占だが、アジア全体で見ると、各社の能力は著しく小さい。
ABSを例にとると、国内ではテクノポリマーが290千トンでトップ、アジア計では東レが402千トンだが、アジアでは弱小である。
台湾の奇美実業(Chimei)が台湾で100万トン、中国の江蘇省鎮江市で35万トン、合計135万トンの能力を持っている。韓国のLG Chem も麗川工場の56万トンに加え、この度浙江省寧波市でABSを15万トン増強して48万トンとし、韓国と中国を合わせた能力は104万トンである。
PSも国内全社(4社)の合計能力は1,016千トンだが、台湾の奇美実業の能力は台湾で400千トン、江蘇省鎮江市で500千トンの合計900千トンである。
中国でも100万トンエチレンが続々建設されている。今後これらが完成すると、(国内需要は農村需要が増えるまでの間は頭打ちとなるため)輸出に向けられる。既にPVCの輸出は増大しつつある。
公取委が合併審査に当たり、海外の能力をどういう風に勘案するかが問題であろう。
経産省は、HHIは分かりにくく、企業が合併を判断する際の目安として使いにくいと反論、再検討を求めているといわれている。
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