サハリン2計画 再スタートとその背景

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ロシアのプーチン大統領は12月21日、同国の天然ガス独占企業ガスプロムがサハリン沖の資源開発事業「サハリン2」に過半数出資することが決まったことについて「ロシアは全面的に同事業を支援する」と述べ、歓迎の意を表明した。

サハリン2計画の概要については、2006/6/6 「新・国家エネルギー戦略」発表 のサハリン計画の項を参照。

これまでの経緯は以下の通り。

・事業主体のSakhalin Energy Investment Company(SEIC) の出資比率はシェル 55%/三井物産 25%/三菱商事 20% であった。
 (1994年のスタート時点では米国
Marathon Oil 30%/同McDermott 20%/シェル 20%/三井物産 20%/三菱商事 10%であったが、その後前2社が撤退した)

ロシア政府はガスプロムをサハリン2に出資させ事業への発言力を強める意向をもっており、2004年に株主3社も基本的に受け入れる方針を固めた。ガスプロムがシベリアに持つ油田の権益と交換する形で、最大25%分をシェルから譲渡を受ける交渉を行った。
2005年7月、25%譲渡で合意したと伝えられたが、条件面で折り合わず。
ロシア側が、日本勢の権益も含め、さらに高いシェア確保を求めているとみられた。)

・2005年7月、事業費が100億ドルから200億ドルに倍増
 パイプラインのルート変更(希少種のコククジラの繁殖地があり、NGOが銀行団に圧力)に伴う工期延長
 世界的な資源開発ラッシュと鋼材高による資機材コストの高騰
 エンジニアリング費用がユーロ高でアップ、等による。

・2006年に入り、ロシアが生産物分与協定(PSA)を見直すよう間接的に圧力
 サハリン2で「合意事項が守られていない」などとして四半期ごとの会計報告書を要求。違反に対して罰金を科す可能性を示唆
 輸出基地に通じるパイプライン建設についても環境面での問題を指摘、工事差し止め措置を示唆

・2006年8月、ロシアの環境監視当局が環境汚染の懸念があると指摘したことを受け、パイプライン建設工事を中断

・9月、ロシア天然資源監督局は「サハリン2」の事実上の生産停止を求め、モスクワの地区裁判所に提訴
 サハリン2のパイプライン建設を環境面で承認した省令の取り消しを求める内容
 (パイプライン建設が計画通りに行われておらず、事故の可能性があるためなどが理由)

・9月18日、ロシア天然資源省 「サハリン2」工事の承認を取り消し
 パイプラインだけでなく採掘施設、LNG基地の建設も含み、「独立した専門家が新しい環境対策を提出し、承認されるまで」工事中断
 提訴は取り下げ。

・10月、ロシア政府、生産物分与協定(PSA)見直しの意向を表明
 ①PSAを維持し従来経費で実施 ②経費倍増ならPSAを破棄し、優遇措置のない通常事業として実施③権益を売却 の選択肢に言及

・12月、合意
  ガスプロムが「サハリン2」に過半数(50%+1株)出資
   (シェル 55%→27.5%、三井物産 25%→12.5%、三菱商事 20%→10%、総額74億5千万ドルでガスプロムに譲渡)
  総事業費を194億ドルとし、約100億ドルの増加分のうち36億ドルについてはガスプロムを除く 3社が負担
   (コストとして勘定せず、優先回収の対象から除外)
  環境問題については、ガスプロム参加により適切に処理されるとして、不問に。

生産物分与協定(PSA)は原油価格が低迷した1990年代に締結されたため、政府や議会ではロシアの取り分が少ないとの不満が高まっていた。
現行PSAでは事業者のコスト回収を優先しているため、事業費倍増により、ロシア側の利益受取りが更に遅れることとなり、反発が強まった。
今回、プーチン政権の環境問題を理由にした工事承認取り消しという強引な脅しで、ロシア側利益拡大の目的を達したこととなる。
3社側は妥協によりPSAの体系を維持した。

ーーー

英国のDr Ian Rutledgeが2004年11月の「The Sakhalin II PSA a Production Non-Sharing Agreement」という論文で、「サハリン2」の生産物分与協定(Production Sharing Agreement)について論じているが、ロシア側に極めて不利な、生産物「非分与」協定であるとしている。
 
http://www.carbonweb.org/documents/SakhalinPSA.pdf 

彼によると、一般的な生産物分与協定(PSA)は以下の形を取る。

・期間:長期だが一般的には有期限(例えば25年)
・開発リスクは開発企業が負担
  (油が出なければ、それまでの費用は開発企業が負担)
・開発企業は出た油に対してロイヤルティを支払う。
  (通常10~20%)
・‘cost oil’と ‘profit oil’の概念
  開発企業は投資額相当分を‘cost oil’で受領
  通常、回収可能なcostの定義あり (例 金利は対象外など)
・投資額回収後は、‘profit oil’を産油国と開発企業が分け合う。(例 産油国60%、開発企業40%)
  大油田の場合は開発企業が20%程度の場合もあり。
・通常、毎年の‘cost oil’に上限(cap 例 70%)を置き、それを超えるcost は翌年繰り越し。
  (産油国も当初から利益を確保)
・開発企業は所得税を支払う
  (所得計算では投資額は5~10年の償却)

 

これに対して「サハリン2」の場合は以下の通りとなっている。

・期間:一応25年だが、投資会社 SEICの判断で5年毎に延長可能で、実質無期限
     (20世紀初めの中東での契約に似たもの)

・開発リスク:PSA締結前に既にロシア企業により原油及びガスの存在を確認済みで、SEICはリスクなし。

・ロイヤルティ:6%

・‘cost oil’と ‘profit oil’
   1)SEICが投資額を回収し、投資利益率17.5%を確保するまでの間は、ロイヤルティ分を除く全収入は‘cost oil’とする。
   2)SEICが投資利益率17.5%を確保した後、2年間、ロシア側は製品の10%を、SEICは90%を受領
   3)その後は、SEICが投資利益率24%を受け取るまでの間、ロシア側は製品の50%を受領、SEICも50%を受領
   4)その後は、ロシア側は70%を受領、SEICは30%を受領。
   5)‘cost oil’に毎年のcap(上限)なし。
   6)PSAで ‘cost’の定義がなく、SEICは自由に「回収すべきコスト」を決められる。   

  ◎ロシア側の受領はSEICが投資を回収し一定利益を得た後に、かつ順次増大となるため、現在価値換算での取り分は少なくなる。
   今回の投資額倍増で、受領開始が送れ、更に取り分が少なくなることとなる。

・所得税率は32%(PSA締結時の一般税率は35%)
  所得計算で投資額は3年の定額償却、赤字は15年繰り越し可能

これによれば、ロシア側は、ロイヤリティを除き、投資会社が投資の回収と一定の利益の確保を終えるまでは自国の油が得られず、確かに生産物「非分与」協定である。

油が安い時代に、自国での開発技術を持たないロシアが締結した屈辱的な協定であり、豊富な資源を背景に国の威信を高めようとしているプーチン政権が手段を選ばず変更したのであろう。

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