キヤノンは5月25日、今年10-12月に予定していた新型薄型テレビ、SED(Surface-conduction Electron-emitter Display:表面伝導型電子放出素子ディスプレイ)テレビの発売を当面見送ると発表した。
キヤノンが1986年から研究を開始。1999年からはキヤノンの電子源と微細加工技術、東芝のブラウン管技術と液晶・半導体量産技術を結集して共同開発に着手し、2004年10月、合弁会社「SED」を設立。東芝姫路工場を量産拠点とし1800億円の投資を計画した。
2005年8月から月産3,000台を生産し、同年中に両社別々のブランドのテレビとして発売する計画であった。
しかし、ライバルの液晶、プラズマの価格が急落したため、当初の想定より低コストで量産できる技術開発が必要になり、両社は発売時期を2006年春に延期したが、2006年に入り、発売時期を再延期していた。
SEDは薄型テレビ市場の大半を占める液晶やプラズマとは、仕組みが大きく異なる。
液晶は、白い光をカラーフィルターに通して色を表現。
プラズマは、気体を光らせ、その光に反応する蛍光体で色を出す。
SEDはブラウン管と同じ発光原理で、赤緑青の蛍光体に電子線を当てて画像を表示する。
ブラウン管は一つの電子銃が出す電子を偏向ヨークで曲げるために奥行きが厚くなるが、SEDは1つの蛍光体ごとに1つの電子をぶつけるため薄型にできる。画素を区切るワイヤーも不要で、無駄な発熱も防げる。
画質はブラウン管並みに明るく、高コントラストで、原理上は液晶、プラズマより低消費電力とされる。
キヤノン ホームページから |
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発売延期には2つの理由がある。
第一は売価下落への対応。
両社は重要技術の特許出願をせず、技術を社外に一切出さない方針を徹底したため、主要部品などを外注できず、開発スピードが思うように上がらなかったといわれる。
その間、ライバルの液晶、プラズマは価格が急落、当初1インチ1万円のテレビが最近では3千円に下がっている。
松下は2,800億円をかけて尼崎市にブラズマパネルの国内第5工場を新設し、液晶のシャープも高水準の投資を続け、巨額投資によるコスト削減に突き進んでいる。
第二の問題は、キヤノンに対するSEDの技術に関連する米国訴訟問題である。
キヤノンは1999年に米国の Nano-Proprietary から関連技術のライセンスを受けているが、東芝とのJVの「SED」の扱いに関してNP社は2005年4月にテキサス連邦地裁に提訴した。
訴状では
・SEDカラーテレビは特許ライセンス契約の範囲外である。
・東芝とのJVのSED社はライセンス可能な子会社ではない。
としている。
キヤノンは、同社がSED社株を東芝より1株多く持つため子会社であり、契約に基づいてSED社にもライセンスを移せると主張。
これに対し、NP社は「SED社の意思決定には東芝の同意が必要で、実質的には子会社ではない」と反論した。
キヤノンは「子会社」との判決を求める訴えを米連邦地裁に出したが、棄却された。
このため、キヤノンと東芝は本年1月末に、キヤノンが東芝保有のSED株を買い取り、完全子会社とすることを決定した。東芝・姫路工場での量産計画も白紙に戻した。
しかし、NP社が契約違反として契約を破棄したため、これでNP社との問題は解決とはならなかった。
5月3日、NP社は訴訟で勝訴したと発表した。陪審は契約違反による当初のライセンス契約の終了を認めた。
これと同時に、NP社は新しい仕組みでキヤノンに対して再ライセンスすることを示唆している。
キヤノンはライセンス契約の終了を認めたことに関して控訴するとし、訴訟の解決と低コスト化技術の確立を早期に進めて、発売時期を改めて決定するとしている。
Nano-Proprietary, Inc.は、100%所有の2つの事業子会社を持つ持株会社で、200以上の特許(申請中を含む)を持ち、技術ライセンスを業としている。
・Applied Nanotech Inc. :カーボンフィルム/ナノチューブから電子放射への応用分野。
・Electronic Billboard Technology, Inc.:electronic digitized sign 技術。
2006年5月、同社は三井物産との間で、カーボンナノチューブ技術の商業化のための戦略的提携を発表している。
付記
2007年12月30日の朝日新聞報道
次世代の薄型テレビ「SEDテレビ」について、キヤノンが独自技術で開発に乗り出した。すでに試作段階に入っており、量産技術の開発を経て商品化を目指す。
キヤノンが開発したのは、映像を映し出すために電子を放出する部分を製造する基幹技術。
これまで使うことにしていたナノ・プロプライアタリーの特許では、ガラス基板上に電子を放出する膜を形成し、カーボンで覆っていたが、安定性に問題があることもわかり、キヤノンはカーボン以外を使う手法を開発した。今年5月の地裁判決はキヤノンが契約違反をしていると判断、現在は控訴審で審理中。
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SEDテレビがモタモタしている間に次世代の目玉として有機ELが台頭してきた。
ソニーは本年4月、表示装置に有機EL(エレクトロ.・ルミネッセンス)を使い、液晶やブラズマよりも大幅に薄いテレビを世界で初めて年内に発売することを発表した。まず11型で商品化する。
豊田自動織機と折半出資のディスプレー製造会社、エスティ・エルシーディ(愛知県東浦町)でパネルを量産する。
有機ELは電圧をかけると光を放つ有機化合物から成るパネル向け電子材料。
明暗がはっきりとした画面表示が可能で、応答速度が速い。材料そのものが発光するため、画面の背後から光を当てる必要がある液晶や、発光するための空間が要るプラズマに比べて大幅に薄型化できる。
東芝も2009年度末までに有機ELテレビを商品化することを表明、32型で発売を検討する。
先発する液晶TVとプラズマTVも競争は激しい。
2007年の液晶の出荷台数(37インチ以上)は2,270万台と前年の2.2倍となるに対し、プラズマは1,230万台と3割強の伸びに止まる見通し。2005年はプラズマが大きく上回り、2006年はいずれも1,000万台程度で液晶が若干上回った。
キヤノンがSEDの事業化に時間をかけるほど、状況は苦しくなる。
付記
同社の社名は「キャノン」ではなく、「キヤノン」である。
同社のホームページに以下の記載がある。 http://web.canon.jp/about/mark/index.html
「ヤ」の字が大きく表記された「キヤノン」が生まれたのは、1947年に、社名を「精機光学工業株式会社」から「キヤノンカメラ株式会社」と変更したときでした。当時の登記簿や株主総会後に発表される営業報告書、朝日新聞に掲載した広告など、すべて「ヤ」が大きくなっています。では、なぜ「キャノン」ではなく「キヤノン」にしたかというと、全体の見た目の文字のバランスを考え、きれいに見えるようにしたからなのです。
「キャノン」では、「ャ」の上に空白が出来てしまい、穴が空いたように感じてしまうので、それを避けたのです。
* バックナンバー、総合目次は http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htm
いつものことながら、knakさんの資料収集・分析には頭が下がります。それにしても、3年程前には“まだ有機ELはテレビにはどうかねえ・・・”といわれていたことが、はや昔のようです。