アルミナメーカー、ボーキサイトの国内精製から撤退へ

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昭和電工、日本軽金属、住友化学のアルミナメーカー3社が環境問題から2015年までにボーキサイトの国内精製から撤退すると報じられた。(3/7 日本経済新聞)

各社は輸入したボーキサイトを苛性ソーダで溶融し、水酸化アルミニウムとし、更にこれを焼成してアルミナを製造している。
アルミナの電解でアルミニウムができるが、日本では後記のとおり各社が撤退し、日本軽金属の蒲原製造所で唯一、少量の生産を行なっている。

水酸化アルミの生産時に膨大な量の赤泥ができる。酸化鉄を主成分とし、SiO2とTiO2が混在している。
赤泥は以前は海岸の埋め立てに使い、工場用地を拡大していたが、最近は用途がなく、止む無く海洋投棄を行なっている。

赤泥は産業廃棄物であり、産業廃棄物の海洋投棄は、1972年にできたロンドン条約(「1972年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」)で原則禁止されている。(日本では1973年11月発効)

第1条 
締約国は、海洋環境を汚染するすべての原因を効果的に規制することを単独で及び共同して促進するものとし、また、特に、人の健康に危険をもたらし、生物資源及び海洋生物に害を与え、海洋の快適性を損ない又は他の適法な海洋の利用を妨げるおそれがある
廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染を防止するために実行可能なあらゆる措置をとることを誓約する。

しかし、ロンドン条約の付属書Ⅰの中に例外として産業廃棄物に当たらないという項目がある。
その一つが「汚染されていない不活性な地質学的物質であって、その化学的構成物質が海洋環境に放出されるおそれのないもの」。
日本国内法では、赤泥がこの条件に当てはまるとし、例外項目として赤泥の海洋投棄を「特別」に認めている。

グリーンピースの調査では海洋投棄の状況は以下の通り。

  年間投棄量 年間投棄回数 一回の投棄量 投棄海域
日本軽金属   672千トン  計67回  10,000トン 八丈島南東沖
住友化学   484千トン  約90回   5,300トン 高知沖
昭和電工   453千トン  計99回   4,600トン 八丈島沖
合計  1,609千トン    19,900トン  

(この数字は、海洋に投棄するために中和された汚泥状の重量で、すべてを乾燥させるとおよそ3分の1の重量になる)

3社は海洋汚染の影響などを考慮、自主的に撤退の方針を決めたもの。

昭電と日軽金は海外の資源大手と同様にボーキサイトを採掘場近くで精製し、残渣を採掘場に埋め戻す体制を取る。

*ボーキサイトの産地のJamaicaには「Grass & Sheep Law」があり、残渣を採掘場に埋め戻した上で、牧草の種を蒔き、羊を飼うことが義務付けられている。

住友化学はボーキサイト精製から完全撤退し水酸化アルミを海外メーカーから購入する。

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昭和電工は2007年3月、インドネシアでのアルミナ工場建設に関して、事業性評価を行うための合弁会社 P.T. Indonesia Chemical Aluminaを、インドネシアのPT. Antam Tbk、シンガポールのStraits Trading Amalgamated Resources (スター社)および丸紅と共同で設立することで合意した。

インドネシアのカリマンタン州タヤン地区で原料ボーキサイト鉱石の採掘からケミカル用アルミナ製品(水酸化アルミニウムとアルミナ)までの一貫生産を行なうもので、アルミナ製品の生産能力は年産30万トンを予定している。

同社は赤泥の海洋投入を2015年度までに全面的に終了することにしている。

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日本軽金属と双日、ベトナム化学公団、同公団の100%子会社のSouth Basic Chemical の4社は2006年11月、ケミカル用途水酸化アルミニウム工場建設に向け事業性調査の基本合意契約を締結した。

2006年7月にベトナム首相府からプロジェクト推進の承認を取得しており、ベトナム南部のラムドン省にて、原料となるボーキサイトの埋蔵量確定作業に着手するとともに、工場建設に伴う環境アセスメント調査を開始した。

2008年末までにボーキサイト鉱区の探査により最終的な工場建設地を選定し、合弁会社を設立して、工場建設を開始する。
新工場の水酸化アルミニウムの生産能力は年間約55万トンを予定している。
プロジェクトの総事業費は約400億円の見込み。

同社は清水工場で水酸化アルミニウムとアルミナを生産しているが、ベトナムの新工場に水酸化アルミニウムの生産拠点を移転する。
South Basic Chemical は傘下にボーキサイト鉱区を持つ鉱山会社を保有し、水酸化アルミニウムの生産を行っている。

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アルミナの電解によるアルミニウム精錬は、日本では1978年頃には6社で164万トンの能力があった。

しかし「電気の缶詰」と言われるアルミニウムは石油危機による電力料の高騰で競争力を失い、1979年には「110万体制」、1982年に「70万体制」、1986年には「35万体制」となり、1988年には日本軽金属・蒲原の3.5万トンのみとなった。
現在は同工場1万トンが動いているだけである。

各社はブラジル、ベネズエラ、カナダ、インドネシア、豪州、ニュージーランド等、海外での開発に参加し、製品を引き取っている。

 詳細 http://f56.aaa.livedoor.jp/~knak/25/aluminium.htm



* 総合目次、項目別目次は

   http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htm にあります。


 

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