公取委、塩ビ管のカルテル疑惑 刑事告発を断念

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公正取引委員会は2007年7月、上下水道に使用される塩化ビニル管を巡り違法な価格カルテルを結んでいた疑いが強まったとして強制調査に入った。

対象となったのは、三菱樹脂、積水化学工業、クボタシーアイ、アロン化成、信越ポリマー、前澤化成工業、ヴァンテック、日本プラスチック工業、ダイカポリマー、日本ロール製造、旭有機材工業のメーカーの11社とクボタシーアイの親会社クボタ、シーアイ化成の計13社。

     2007/7/16 塩ビ管カルテル調査

公取委はこのたび、本件での刑事告発を見送る方針を固めた。各紙が報じた。

公取委の強制調査は刑事告発相当事案を担当する犯則審査部が令状に基づき捜索・差し押さえを行なう。

改正独占禁止法(2006年1月施行で認められた強制調査(家宅捜索)権を行使した事案では、過去3件(2006年の汚泥処理施設談合、07年の名古屋市営地下鉄談合、緑資源機構発注の林道整備調査談合)とも刑事告発していたが、4件目で初めて事件化が見送られることになる。

今回の件では公取委は、2006年の合意内容が徹底されずカルテルの実効性に疑問があるうえ、一部メーカー関係者が06年のカルテルを否認していることも考慮、告発見送りの方針を固めたとみられる。課徴金減免制度に基づく企業からの自主申告もあったとみられるが、申告企業以外のメーカーを含めたカルテルを認定するには至らなかった模様。

行政処分とは異なり、個人の刑事責任を問う刑事事件では、法廷で厳密な犯罪立証が求められる。
刑事事件では公取委が集めた証拠をそのまま使うことはできず、検察は告発を受けると証拠収集を一からやり直す必要がある。

2000年のポリプロカルテル事件では、公取委は刑事告発しようとしたが、検察が告発を受けないことを決めたという。
(本件は2001年5月に公取委が勧告を行い、これを拒否した住友化学、サンアロマー、出光興産、トクヤマに対して、公取委は2007年8月、独禁法違反の審決を出した。各社はこれを不服として抗告訴訟をしている。)

公取委は今後、事案を行政調査部門に移管し、排除措置命令などの行政処分を目指して調べを進める。

付記
公正取引委員会の伊東章二事務総長は7日の定例会見で以下の通り述べた。

塩化ビニル管のカルテル事件については、刑事告発相当の事案に該当し得ると考えて昨年7月から犯則調査を進めてきたが、刑事事件とするには難しい点があるということから告発を見送ることとした。その理由は「立証上の問題」ということで、今後,行政調査を進める。
行政事件と刑事事件では、立証すべき事項と立証の程度が異なるわけで、刑事事件とするには難しいという判断をした。
刑事告発については、告発方針を明らかにしており、その中で、例えば、国民生活に重大な影響を及ぼす悪質な事件等の基準を挙げており、そういう基準に該当し得る事件であろうと判断した。それとその事件をどこまで立証できるのか、立証のための証拠をどの程度集められるのかということは、全く別の問題。

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独禁法では行政処分である排除措置命令や課徴金と、刑事罰が併科されている。(財界はこれに反対している)

当初は「排除勧告」(2006年1月から排除措置命令)と刑事罰の二本立てであったが、制裁効果が薄いため、1977年に課徴金が導入された。
当時は売上高の1.5%で、1991年に6%に引き上げられた。
2006年に課徴金の性格を「不当利得の没収」から「違反への制裁金」に変えて10%に引き上げられ、同時に自主の場合の減免制度が導入された。この結果、課徴金=制裁金は「罰金」と同じで憲法の二重処罰禁止に抵触するとの批判が生まれた。

独禁法第89条では、第3条の規定に違反して私的独占又は不当な取引制限をした者、第8条第1項第1号の規定に違反して一定の取引分野における競争を実質的に制限したもの(いずれも未遂を含む)に、3年以下の懲役又は500万円以下の罰金に処する、と規定している。
第95条では、上記の場合、その法人に対しても、5億円以下の罰金刑を科するとしている。

企業への罰金は当初500万円であった。1992年12月改正で1億円に引き上げられた。2002年に5億円に引き上げ。

なお、企業への罰金額が確定すれば、罰金額の半額が課徴金から控除される。
課徴金納付済みの場合は、審決で課徴金納付命令の額を変更し、還付を行なう。

これらは公取委が告発することとなっており、第一審の裁判所は、地方裁判所となる。

当初は第一審は東京高裁。

独占禁止法の2005年改正により、公取委に従来よりの行政調査権の他に犯則事件についての犯則調査権が与えられることとなった。

第101条(1)、「公正取引委員会の職員は、犯則事件を調査するため必要があるときは、犯則嫌疑者若しくは参考人に対して出頭を求め、犯則嫌疑者等に対して質問し、犯則嫌疑者等が所持し若しくは置き去った物件を検査し、又は犯則嫌疑者等が任意に提出し若しくは置き去った物件を領置することができる。」
第102条(1)、「委員会職員は、犯則事件を調査するため必要があるときは、公正取引委員会の所在地を管轄する地方裁判所又は簡易裁判所の裁判官があらかじめ発する許可状により、臨検、捜索又は差押えをすることができる。」

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刑事告発は1974年に石油闇カルテル事件でなされたが、過去に行政指導で生産調整が行なわれてきた経緯もあり、最終的に生産調整カルテルは無罪、価格協定カルテルも一審では有罪だが、最高裁で一部が無罪となった。
この後、17年間、刑事告発はなされなかった。

海部内閣は1990年4月、日米構造問題協議中間報告で、独禁法運用強化を施策として推進すると表明、①独禁法改正で課徴金引き上げ、②刑事告発の積極化を関係機関に指示した。 
課徴金は1991年4月の独禁法改正で売上高の1.5%から6%に引き上げられた。
企業への罰金は1992年12月改正で500万円から1億円に引き上げられた。

公取委は1990年6月、次の場合には積極的に刑事処罰を求めて刑事告発を行う旨を公表した。

(1) 一定の取引分野における競争を実質的に制限する価格カルテル、供給量制限カルテル、市場分割協定、入札談合、共同ボイコットその他の違反行為であって、国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な事案
   
(2) 違反を反復して行っている事業者・業界、排除措置に従わない事業者等に係る違反行為のうち、公正取引委員会の行う行政処分によっては独占禁止法の目的が達成できないと考えられる事案

2005年10月、独禁法改正法の施行に伴い、公取委は以下の方針を発表した。

法改正後においても、
国民生活に広範な影響を及ぼすと考えられる悪質かつ重大な事案、
違反を反復して行っている,排除措置に従わないなど行政処分によっては独占禁止法の目的が達成できないと考えられる事案、
について,積極的に刑事処分を求めて告発を行うこととする。

化学業界では過去に次の例がある。

1991年 ラップフィルム価格カルテル 罰金600万~800万円、懲役6月~1年(執行猶予2年)
1999 ダクタイル鋳鉄管価格カルテル 罰金3000万~1億3000万円、懲役6月~10月(執行猶予2年)

1991年のラップフィルム事件は、独禁法での刑事告発としては1974年の石油闇カルテル事件以来17年ぶりのものであった。
なお、ラップフィルム価格カルテル事件判決で、東京高裁は刑事罰併科について、以下の通り述べている。

独禁法による課徴金は、一定のカルテルによる経済的利得を国が徴収し、違反行為者がそれを保持し得ないようにすることによって、社会的公正を確保するとともに、違反行為の抑止を図り、カルテル禁止規定の実効性を確保するために執られる行政上の措置であって、カルテルの反社会性ないし反動特性に着目しこれに対する制裁として科される刑事罰とは、その趣旨、目的、手続等を異にするものであり、課徴金と刑事罰を併科することが、二重処罰を禁止する憲法39条に違反するものではないことは明らかである。
(2006年改正で課徴金の性格が「不当利得の没収」から「違反への制裁金」に変更したため、上記理由の前半は当てはまらなくなった)

改正独禁法で課徴金減免制度が始まったが、これを受けた場合に、刑事罰についても刑事訴追を免ずる規定はない。

これについては上記の2005年10月の公取委方針で、調査開始日前に最初に課徴金の免除に係る報告及び資料の提出を行った事業者(及び調査に協力した個人)については告発を行わないこととするとした。
(但し、虚偽の報告をしたり、資料提出をしなかったり、他の事業者に対し違反行為をすることを強要したり他の事業者が違反行為をやめることを妨害していた場合は除かれる)

また、2005年独禁法改正法の国会審議では、法務省刑事局長が質問に対し、「公取委に対しては専属告発制度が認められていることの趣旨を踏まえると、公取委が刑事告発しなかったという事実を検察官は十分考慮することになるので、課徴金減免制度は十分機能することになると思われる」旨の答弁を行っている。

課徴金減免制度の本来の趣旨は、当局の探知していない談合やカルテルを申請し、摘発につながった見返りに課徴金を減免し、刑事告発を見送るというものであった。

名古屋市地下鉄談合事件では、既に地検と公取委が合同で捜査を続けていたが、立入調査前にハザマが減免申請した。
これは制度の本来の趣旨に合わないが、上記方針で減免となった。

 

参考文献 村山治(朝日新聞記者) 「市場検察」 文藝春秋
         独禁法改正の背景、経緯が詳しく述べられている。


 総合目次、項目別目次は
   
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htm にあります。


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