衆院は6月18日の本会議で、臓器移植法改正案を採決し、原則「脳死は人の死」とし、臓器提供の拡大をめざすA案を賛成多数で可決した。共産党は「採決は時期尚早」として棄権したが、他の党は「個人の死生観」にかかわるとして党議拘束をかけずに採決に臨んだ。賛成263、反対167、棄権・欠席 47だった。
残りのB、C、D各案は採決されないまま、廃案となった。
ただ、参院では臓器移植の要件緩和に慎重な議員が多く、A案がそのまま成立するかどうかは不透明。
現行の臓器の移植に関する法律(平成9年7月16日、法律第104号)では、生前に臓器提供の意思表示(ドナーカード)がある場合のみ脳死=死とみなしている。(通常は心臓死)
また15歳を自己決定できる年齢としている(民法では遺言状作成年齢は15歳以上)ため、15歳未満は臓器提供の意思表示ができず、臓器提供は出来ない。
臓器移植法が制定されてから12年が経ったが、その間、日本国内で行われた脳死下からの臓器提供による臓器移植はわずか81件しかない。
アメリカでは重い心臓病で、移植待ちの登録をして人工心臓を装着しながら待つと約40日で移植を受けることができるが、日本では拡張型心筋症などの心臓病で移植を待ちながら亡くなっている患者の数は毎年400名を超えている。
数百万人のキャリアがいると言われるC型肝炎ウィルスによる肝硬変などで肝移植を待っている患者の2000名以上が毎年移植を受けられずに亡くなっている。
国内の脳死は1年間で約3000人、有効なドナーカードを保持している割合は1%程度で、約30人。このうち、脳死判定を行うことができる四類型の病院に搬送され、法的脳死判定が行われ、遺族が拒否しない場合に臓器提供につながり、その数は約10人程度となっている。(河野太郎の国会日記)
また、15歳未満の臓器提供は出来ないため、子供の患者は海外での移植に頼るしかない。
渡航先はアジアが中心で、増加傾向をたどっている。
しかし、国際移植学会(TTS)は、2008年4月にイスタンブールで、“International Summit on Organ Trafficking and Organ Tourism” を開催し、「イスタンブール宣言」を取りまとめた。
「臓器移植は、20世紀の医学的奇跡のひとつである。世界中で数十万人の患者の生命を救い、その生活を改善してきた」とするが、ドナーとされる人々の人身売買や、貧困な人々から臓器を購うために海外におもむく富裕国の患者の問題の発生で臓器移植がなしえた功績まで汚されたとし、「臓器取引と移植ツーリズムは、公平、正義、人間の尊厳の尊重といった原則を踏みにじるため、禁止されるべきである」としている。
http://www.asas.or.jp/jst/pdf/istanblu_summit200806.pdf
WHOは2004年、「人の組織や臓器の国際的な取引という広範な問題へ配慮して、最も貧しく虐げられやすい人々を移植ツーリズムや、組織や臓器の売買から保護するための対策を講じるように」と呼びかけている。
WHOは来年にも、人身売買の懸念がある渡航移植について禁止を勧告する見通し。
この結果、今後は子供の患者の海外での移植は困難になる。
ーーー
臓器移植法をめぐっては、4つの改正案が提出された。
「A案」 2005年8月提出、衆院解散で即日廃案。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g16401014.htm
脳死を一律に人の死と認める。
本人の臓器提供意志が明確でない場合にも、家族の同意で臓器提供可能。
臓器提供は「家族の同意」があれば15歳未満も可能。
親族へ優先的に臓器を提供することを意思表示できる。(現行法は移植機会の公平性のため実施見合わせ)医師が「臨床的脳死」と診断した場合の扱い
現状 :
臓器提供の意思表示 家族の同意 法的脳死判定→臓器移植 あり あり 実施 拒否 実施せず なし * 実施せず * 15歳未満は自動的に「意思表示なし」となる。 A案
臓器提供の意思表示 家族の同意 法的脳死判定→臓器移植 あり あり 実施 拒否 実施せず なし * 実施せず 書面により承諾 実施 * 15歳未満は自動的に「意思表示なし」となる。 主張:
移植でしか救えない幼い命を救いたい。そのためには、年齢制限をなくす必要がある。
「脳死を死」としていないのは、日本だけ。
WHOの勧告やイスタンブール宣言は日本向け。
臓器移植を認めない人、脳死を認めない人の権利も十分に保障・担保。
「B案」 2005年8月提出、衆院解散で即日廃案。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g16401015.htm
脳死=死と法律上位置付けることは、まだ社会的に合意が得られてない。
現行法の「自己決定」を最大限に生かし、中学生に達すれば自己決定が十分に可能であるという考えから、臓器提供可能年齢を12歳に引き下げる。
「C案」 2007年12月提出
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/youkou/g16801018.htm
生存権(ドナーとなっていく人の生存権、人権、治療を受ける権利)を最大限保障するため、現行法を厳格化
「目的」に「臓器等の移植が人間の尊厳の保持および人権の保障に重大な影響を与える可能性があることに鑑み」を追加。
「D案」 2009年5月15日提出
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/youkou/g17101030.htm
年齢制限はなくす。
15歳未満からの臓器提供は、親から虐待された子どもが含まれないよう、家族の承諾に加え、病院に設ける第三者機関が適切かどうか判断する。
(臓器を提供する家族の意思、また虐待等があったかどうかについての客観的判断を加える)
各案の考え方については、東京財団主催の勉強会の報告参照。
http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=142
日本移植学会はA案の場合、脳死移植は1年目は70例(小児5例を含む)、3年目には100例(小児10例を含む)に増えると見込んでいる。
* 総合目次、項目別目次
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htm にあります。
各記事の「その後」については、上記目次から入るバックナンバーに付記します。
コメントする