米医療保険法案が成立へ

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米下院は3月21日夜の本会議で、オバマ大統領が内政の最重要課題に掲げてきた医療保険改革法案を僅差で可決した。

共和党は費用が掛かり過ぎること、政府の権力拡大になることを理由に反対した。民主党から34人が反対に廻った。

オバマ大統領は21日からインドネシア、オーストラリア歴訪を予定していたが、最重要課題の同法案の審議が大詰めを迎える中での外遊について、与党・民主党から「賢明ではない」との声が出たため、外遊を延期し、成り行きを見守った。

昨年12月に上院が可決した案を先ず219対212で可決し、その後、上院と下院の民主党及びホワイトハウスで合意したその修正案を220対211で可決した。今週中に上院に送られ可決する予定。

付記

オバマ大統領は23日、下院で可決した上院案に署名、法律となった。
修正案は上院の可決待ち。

一方、13の州が医療保険制度改革が憲法違反だとして政府を提訴した。「憲法のどこでも、米国が直接あるいは罰則を科すとの脅しの下に、市民や合法的な住民がすべて適格な保険に加入するよう命じることは認めていない」としている。

フロリダ州司法長官が旗振り役で、サウスカロライナ、ネブラスカ、ミシガン、ユタ、ペンシルベニア、アラバマ、サウスダ コタ、アイダホ、ワシントン、コロラド、ルイジアナ州の司法長官が加わった。
このほか、バージニア州が単独での提訴に踏み切った。

3月25日、上院は修正案を可決した。その際、手続き上の不備を手直ししたため、改めて下院で可決した。

先進国で唯一なかった「国民皆保険」制度が事実上導入され、米国の医療保険制度は歴史的な転換を遂げる。

1912年にTheodore D.Rooseveltが革新党の選挙公約に公的医療保険を掲げたのが最初。
Clinton政権ではHillary Clintonがこれに取り組んだが、医療保険会社と製薬会社に潰された。

医療保険会社の次のようなCMが新制度への恐怖をあおり、世論をひっくり返した。
「皆保険制度になると政府が仕切る。保険料は上がり、自由な選択肢が奪われる。大量の無保険者が入るため医療の質が落ちる。」

Obama大統領が内政の最重要課題と位置づけた。
2009年2月の演説で、無保険者の削減と医療費の抑制を宣言したが、反対が強く、難航した。

2009年11月7日に米下院が僅差で可決した。
その後、12月24日に上院が内容の異なる法案を可決し、一本化作業が焦点となった。

下院での可決を受け、オバマ大統領は、「これが変革のあるべき姿だ」と述べるとともに、米国民は「歴史の要請に応えた」と称賛した。「抜本的な改革ではないが、大きな改革だ」と述べ、法案の通過は「アメリカンドリームの土台にしっかりと置かれた礎石だ」と語った。

しかし、この法律は妥協の産物であり、日本のような皆保険制度でも、公共保険でもない。

利権がなくなるのに反対する医療保険会社や製薬会社などの医産複合体が、「政府が自分たちの生活に介入するのがイヤだ」とする一般大衆の感情論をけしかけ、反対に向かわせた。

最大の問題の野放しの医療費、医薬品費に変わりはない。

ーーー

米国では国民皆保険制度を導入しておらず、公的保険は高齢者や障害者向け(Medicare)、低所得者向け(Medicaid)などに限定されている。

2008年のこれらの加入者は合計8,560万人。
退役軍人向け医療保険を加えると8,800万人に達する。

このため、勤務先企業提供の民間保険か個人での民間保険加入しかない。

米国では医療費が非常に高い。

2000年のデータで、ニューヨークで盲腸手術が243万円(入院1日)

医薬品価格も規制がなく、年間20%ずつ薬価が値上がり。(日本の製薬会社の米国進出の大きな理由である)

2009年6月、オバマ大統領は製薬会社との間で、医薬品価格を今後10年で800億ドル値下げすることで合意した。

但し、これは10年間の処方薬の総額の予想 3兆6000億ドルの2%に過ぎない。
条件として、公約であったMedicare処方薬に関する値引き交渉を10年間見送り、外国からの安価輸入公約を破棄した。

医療保険は独占市場で、保険料は上げ放題である。

314都市のうち94%の地域で、1~2社で市場支配
15州で1社が市場の50%以上を支配、7州で75%以上を支配

会社提供の保険の場合、保険料は1人当たり年間13千ドルにもなる。保険料は毎年上がり、過去10年で2.2倍。

GMがストを恐れて組合の要求をどんどん呑み、年金と健康保険を拡大し、破産に到った経緯は、
Roger Lowenstein “While America Aged” 「なぜGMは転落したのかーアメリカ年金制度の罠」に詳しい。

失業者や、保険制度のない企業の従業員は保険に入れず、現在4,700万人が保険に入っていない。
年収2~4万ドルの層で41%、4~6万ドルの層で18%となっている。

無保険者は全額支払が必要だが、医療費が高額のため、治療を受けられない。

医療保険なしの国民のうち年間45千人が死亡

歯科医療保険なしが1億人(3人に1人)

キューバからの亡命者が医者にかかれずに子供を亡くし、「キューバだったら、あの子は助かったのに」と嘆いたという。(キューバでは医療と教育は無料)

米国の保険では保険会社が全てを決める形となっており、保険に入っても万全ではない。

保険会社が病院や医師に治療方針を指示
どんな治療が保険の保障範囲に入るかを決めるのは保険会社
患者の年齢や健康状態で保険料に格差
過去の病歴などを理由に加入拒否

治療費が生涯限度額を超えれば保険会社は一銭も払わない

保険会社の保険料収入の最大47%は医療費以外(事務費、マーケティング費用、利益)に使われている。

ーーー

今回の法案の内容は以下の通り。  

保険会社

 ・既往症のある人の加入を拒否しない。
 ・独断的に保険を取り止めない。

 ・Insurance exchanges(非営利共同組合)の新設
   会社の保険制度のない中小企業や個人が保険に加入できる。
   決められた最低限の補償

 ・保険会社は保険料収入の最低8085%を医療費に使用

付保

 ・個人は健康保険に入る義務
  (入らない場合、所得の
2.5%までの罰金)

 ・従業員50人以上の会社は保険制度をもつ義務
  (違反はフルタイムの従業員
1人当たり2000ドルの罰金) 

 ・保険料補助
   貧困レベル所得の
4倍までの人を対象

 ・Medicaidの拡大
   貧困レベル所得(個人で
10,830ドル、4人家族で22,050ドル)の133%までが加入可能に

原資

 ・高コスト保険(個人で10,200ドル、家族で27,500ドル以上)に対し40%の税金

 ・Medicareのための税を1.45%から2.35%にアップ(個人で20万ドル、夫婦で25万ドル以上の所得に対し)

 ・医療機器、保険会社、新薬メーカーに課税

毎日新聞 2010/3/23

詳細: http://www.nytimes.com/interactive/2010/03/19/us/politics/20100319-health-care-reconciliation.html?ref=policy#tab=0

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米議会予算局(CBO)は医療保険改革案によって、3,200万人の無保険者を新たに保険に加入させ、65歳未満の保険加入率は95%に拡大する。無保険者は2,200万人に減るとみている。

法案に基づく制度変更の総費用は今後10年で9,400億ドル。雇用者が医療保険を提供しなかった場合の罰金や高額保険への課税のほか、新たに高齢者向け公的保険への資金拠出を減らす修正を加えたことで、10年間に1380億ドルの財政赤字を削減できるとしている。

しかし、これで問題は解決しないという見方が多い。

医療グループ Mad as Hell Doctors Group の創始者は、この改革がアメリカの医療を破綻させている医療保険会社や製薬会社などの医産複合体を排除していないのが大きな問題だとする。

これが出来るのは政府が一括で運営責任を負う単一支払い皆保険制度だけだが、真っ先に選択肢から外された。

処方薬価格の交渉権を放棄したため、医療費設定のシステムは今までと同じである。
今後の薬価値上げで、保険の財源が確保できるかどうか不明である。

また、現在でも医療現場が破綻しており、新たに大量の患者を受け入れる余裕がないとの見方もある。

ーーー

これらの状況は以下に詳しい。

  堤未果 「ルポ 貧困大国アメリカ」 「同 Ⅱ」 (岩波新書)

この本はほかに、以下のようなアメリカの問題を取り上げている。
  貧困が生み出す肥満国民
  民営化による国内難民(人災だったハリケーン・カトリーナなど)
  教育費高騰と奨学金予算削減によるローン地獄と、その結果として学生の徴兵
  民営化された戦争(借金返済のための傭兵制度)
  崩壊する社会保障
  刑務所という名の巨大労働市場

これらにあるのは「行き過ぎた市場原理」というキーワードである。

 

 


目次、項目別目次
    
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htmにあります。

  各記事の「その後」については、上記目次から入るバックナンバーに付記します。


 

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■歴史的な票決─米下院が医療保険改革法案を可決―アメリカを含めた主要国の緊縮財政が始まった!!

こんにちは。歴史的な評決、これを実現するためには、85兆円の財政支出が必要になります。そうなると、アメリカは金融危機対策のため膨大な財政支出をしてきたこと、アフガンへの介入でこれからも膨大な戦費を必要とすることから、緊縮財政を余儀なくされることになると思います。EUでは、アイルランド、ギリシャなどのデフォルト騒ぎがあり、緊縮財政に走らざるを得ないでしょう。では、中国はどうかといえば、GDPの成長率は本当は4%くらいで、これは雇用を満たす6%を下回っているといわれています。それに、上海万博後にはバブルが崩壊するともいわれています。そうなると、主要国ではまともなのは、日本くらいなものです。私のブログでは、世界の主要国が緊縮財政に走らざるを得ない現在の、日本のあり方など掲載しました。それから、無責任なマスコミが日本の財政破綻の危機をあおっていますが、そのようなことはないこと、もしあったとしたら、日本でだけではなくて世界がとてつもない状況に追い込まれることなどを掲載しました。詳細は、是非私のブログを御覧になってください。

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