公取委は6月2日、「平成21年度における主要な企業結合事例」を発表した。
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/10.june/10060202.pdf
化学関連では次の2つが取り上げられている。
(1) 三菱ケミカルホールディングスによる三菱レイヨンの株式取得
(2) 新日本石油と新日鉱ホールディングスの経営統合
(1) 三菱ケミカルホールディングスによる三菱レイヨンの株式取得
両社で競合する7品目のうち、PBT樹脂配合品、アクリルアミド及びUV硬化型ハードコーティング材料の3品目が「競争に及ぼす影響が大きい」と指摘。
【PBT樹脂配合品(コンパウンド)】
順位 会社名 シェア 1 A社 (ウィンテック ポリマー*1) 約35% 2 B社 (東レ) 約30% 3 三菱化学*2 約20% 4 三菱レイヨン 約5% その他 (SABIC*3、東洋紡*4) 約5% 合計 100% (当事会社合算) ( 約25%)
*1 ポリプラスチック (60%)と帝人(40%)のJV
*2 販売は三菱エンジニアリングプラスチック(三菱化学/三菱ガス化学)
*3 SABICイノベーティブプラスチックス(元 GEプラスチック)
*4 2010/3にDICから譲り受け
平成19年度におけるPBT樹脂配合品の国内市場規模は約570億円で、当事会社の合算市場シェア・順位は約25%・第3位となる。また、本件行為後のHHIは約2,800、HHIの増分は約200であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準(競争を実質的に制限することとなるとは通常考えられない範囲)に該当しない。
HHI(Herfindahl-Hirschman Index)は寡占度を示す指標で、市場シェアの2乗を合計した数値。 セーフハーバー基準は以下の通り。
①HHI 1500以下
②HHI 1500~2500 かつ HHIの増分 250以下
③HHI 2500超 かつ HHIの増分 150以下なお「シェア35%以下で、HHI 2500以下」の場合、「おそれが小さい」として簡単な審査で済む。
2007/2/5 公取委、「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」の一部改正案を発表
公取委判断:
・市場シェアが10%を超える有力な競争事業者が複数存在する。
・輸入圧力が一定程度存在すると認められる。
・用途ごとにポリアミド樹脂、ガラス繊維強化PET、液晶ポリマーといった競合品が存在する。
・どのユーザーも、メーカーに対しては、強い価格交渉力を有している。
◎一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならない。
【アクリルアミド】
順位 会社名 シェア 1 三菱化学 約45% 2 D社(三井化学) 約35% 3 三菱レイヨン 約15% 4 E社(昭和電工) 0-5% 合計 100% (当事会社合算) ( 約60%)
平成20年におけるアクリルアミドの国内市場規模は約100億円で、当事会社の合算市場シェア・順位は約60%・第1位となる。また、本件行為後のHHIは約5,100、HHIの増分は約1,400 であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。
公取委判断:
・市場シェアが10%を超える有力な競争事業者が存在するが、事業者数は4社から3社に減少する。
・重合を防止するための温度管理が難しいことからほとんど輸入はされていない。輸入圧力なし。
・新規参入は困難。参入圧力が存在しない。◎一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるおそれがある。
当時会社からの問題解消措置の申出:
三菱レイヨンが行っている紙力増強剤向けのアクリルアミド販売事業を資本関係のない会社(アクリルアミド等を原料とする高分子凝集剤に特化した世界最大級の水処理用高分子ポリマーメーカーの日本子会社)に譲渡する。
(譲受会社の求めに応じてその必要とする数量を適切な条件で提供する。)
結論:
問題解消措置が確実に履行された場合には、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断。
【UV硬化型ハードコーティング材料】
本件行為後のHHIの水準及び本件行為によるHHIの増分が水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当することから、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断。
結論 本件行為により、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断。
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当事会社間で競合する29品目のうち、市場規模が大きい、競争に及ぼす影響が大きいなどと考えられる品目は、ガソリン、ニードルコークス、パラキシレン及びナフサ。
【ガソリン】
順位 会社名 シェア 1 新日石 約25% 2~5 6 新日鉱(ジャパンエナジー) 約10% 7~9 合計 100% (当事会社合算) ( 約35%) 平成20年度におけるガソリンの国内市場規模は約7兆9000億円で、当事会社の合算市場シェア・順位は約35%・第1位となる。
また、本件行為後のHHIは約2,100、HHIの増分は約500 であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。公取委判断:
・競争事業者の供給余力は十分存在すると認められる。
・輸入圧力が一定程度存在すると認められる。
・需要者からの競争圧力が一定程度存在すると認められる。◎一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断。
【ニードルコークス】
順位 会社名 シェア 1 新日鉱(ジャパンエナジー) 約35% 2 H社 約25% 3 新日石 約20% 4 I社 約20% 合計 100% (当事会社合算) ( 約55%)
平成19年度におけるニードルコークスの国内市場規模は約200億円で、当事会社の合算市場シェア・順位は約55%・第1位となる。
また、本件行為後のHHIは約4,200、HHIの増分は約1,500であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。
公取委判断: ・ 今後、需要拡大が予想される一方で、新規参入は容易ではないことから、競争事業者の供給余力は十分には存在しないものと認められる。 ・ 輸入圧力は弱い。(代替しうる海外メーカーは1社で、能力不足) ・ 参入圧力は存在しない。 ・ 隣接市場からの参入圧力は存在しない。 ◎一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなるおそれがある。
当時会社からの問題解消措置の申出:
いずれかの当事会社のニードルコークス事業を当事会社とは別の会社に分離した上で、その議決権の90%以上を第三者(大手商社)に譲渡する。結論:
問題解消措置が確実に履行された場合には、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断。
【パラキシレン(PX)】
アジア市場
順位 会社名 シェア 1~2 (海外2社) 約30% 3 新日石 約10% 4 新日鉱(ジャパンエナジー) 約10% 5~9 (海外3社)
(国内2社)その他 約30% 合計 100% (当事会社合算) ( 約20%)
次の理由で、「アジア地域」を地理的範囲として画定。
①アジア地域においては、PXの統一の指標価格が存在し、これに基づき販売価格が決定される。
②日本を含むアジア地域のPXのユーザーは、比較的容易に輸入できる。
③アジア地域のPX製造会社が域内各国に供給できる仕組み及び能力を有する。平成19年度におけるPXのアジア地域の市場規模は約2兆4500億円で、当事会社の合算市場シェア・順位は約20%・第1位となる。(日本市場における当事会社の合算市場シェアは、約40%・第1位)
本件行為後のHHIは約1,000 であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当するため、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断。
METI発表の2009年末の日本のPX能力は以下の通り。(千トン)
両社の出資するJVを入れると、シェアは66%となる。
1 新日本石油精製 1,260 32% 2 東燃ゼネラル石油 490 12% 3 出光興産 479 12% 4 鹿島アロマテイックス*1 420 11% 5 ジャパンエナジー 380 10% 5 水島パラキシレン *2 380 10% 7 帝人 300 7% 8 鹿島石油 *3 170 4% 9 三菱化学 100 2% 合計 3,979 100% (当事者会社合算) (1,640) (42%) (同上 JV含む) (2,610) (66%) *1 鹿島アロマテイックス
ジャパンエナジー 80%、三菱化学 10%、三菱商事10%のJV (鹿島石油内)
アロマ製品をジャパンエナジーが、軽質ナフサを三菱化学が引き取り。
*2 水島パラキシレン
新日本石油 51%、三菱ガス化学 49%(三菱ガス化学水島工場内)
2001/3に三菱ガス化学と丸紅が折半出資で設立。
2006/4に現在の出資比率に。
新日石仙台製油所で増産するキシレン等を持ち込み、増産(当初28万トン)。
*3 鹿島石油
ジャパンエナジー 70.675%、三菱化学 19.875%、東京電力 7.950%、日本郵船 1.500%
【ナフサ】
順位 会社名 シェア 1 新日石 約20% 2~3 約30% 4 新日鉱(ジャパンエナジー) 約10% 5~8 輸入 約25% 合計 100% (当事会社合算) ( 約30%
平成19 年度におけるナフサの国内市場規模は約2兆9800億円で、当事会社の合算市場シェア・順位は約30%・第1位となる。
また、本件行為後のHHIは約2,100、HHIの増分は約400であり、水平型企業結合のセーフハーバー基準に該当しない。
公取委判断: ・ 競争事業者の供給余力は十分存在すると認められる。 ・ 輸入圧力が存在すると認められる。 ・ 非ナフサ系化学原料は、ナフサの競合品となりつつあり、隣接市場からの競争圧力が一定程度存在すると認められる。 ・ ユーザー自ら調達することが容易で、取引先を自由に切り替えることができ、需要者からの競争圧力が存在すると認められる。 ◎一定の取引分野における競争を実質的に制限することとならない。
結論 本件行為により、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断。
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パラキシレンで、国内の統合後の能力シェアが実質66%となるが、アジアが一体の市場であり、アジア全体ではシェアが低いため、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならないと判断したのは画期的である。
付記 2010/6/8発行 公取委メールマガジンから「6月2日事務総長定例会見記録」
審査した品目のうちのパラキシレンという品目について、これはポリエステル繊維やペットボトルなどに使われる樹脂の原料であるテレフタル酸などの原料となる液体の炭化水素ですが、このパラキシレンにつきましては、アジア地域で見ると、各国のユーザーが比較的容易に輸入できるということ、また、各国のメーカーがアジア地域の各国に供給もできるということから、アジア地域を1つの市場として認定して審査を行ったわけであります。このアジア地域でのシェアをみますと、通常、競争を制限することにはならない企業結合の範囲を示す、いわゆるセーフハーバー基準に該当するということで独占禁止法上の問題はないと判断したものであります。もし、これを日本市場という形で狭く見ると、当事会社のシェアは4割でシェア第1位となり、このセーフハーバー基準には該当せずに様々な判断要素を考慮する必要があったものであります。
次に、国際競争の実態を踏まえた判断の事例として、市場としては、日本国内、日本市場を画定した上で判断した事例で、輸入等を考慮した事例であります。これは、新日本石油と新日鉱ホールディングスの経営統合事案のうちの、ナフサという品目について、日本全体で1つの市場が形成されていると判断したものでありますが、統合後の当事会社のシェアが第2位の会社の2倍ぐらいになって高くなったとしても、輸入のシェアが25パーセント程度あるということを踏まえ、輸入の競争圧力も評価した上で独占禁止法上の問題にはならないという判断を行ったものであります。このように輸入の競争圧力も考慮した上で具体的な事案ごとに判断を行っております。
目次、項目別目次
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htmにあります。
各記事の「その後」については、上記目次から入るバックナンバーに付記します。
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