チリのアタカマ州Copiapo(アタカマ砂漠の南方)近郊のSan Jose鉱山で、2010年8月5日に発生した坑道の崩落事故で地下に閉じ込められた作業員33人の救出作業が10月12日深夜に始まり、13日午後9時55分、最後の作業員となるリーダーが救出カプセルで地上に引き上げられ、全員が69日ぶりの生還を果たした。
4番目に救出されたカルロス・ママニさんは唯一のボリビア人。
ボリビアとチリは国交がなく、ボリビア国民にはチリへの敵対心が強いとされるが、今回、モラレス・ボリビア大統領は救出現場に向かい、チリ政府に感謝を述べた。
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1879年から1884年にかけて、ボリビア・ペルーの連合がチリとの間で太平洋戦争(Guerra del Paci'fico)を戦った。
アタカマ砂漠の硝石を巡る争いで、ペルーとボリビアが同地域防衛のための秘密同盟を結成、1878年にボリビアがチリ系企業に輸出税を課税したことでチリ政府と争いになり、ボリビアは硝石を禁輸、チリ企業を接収した。
1879年、チリが硝石企業保護のため軍を派遣、ペルーとボリビアに宣戦布告した。
戦争は4年間に及び、チリ軍は優勢で、ペルーに侵攻、最後はリマ市の攻防となり、1883年に3国は和平条約を締結した。
それまでの国境線(上図)は現在の国境線に引き直され、ボリビアは海への出口を失った。
チリは、約4分の1に該当する国土を増やし、アタカマ砂漠にあった硝石工場や銅鉱山などの鉱物資源を一手に独占した。
アタカマ砂漠の硝石は、チンシャ諸島のグアノ(鳥糞石)とともに、肥料及び火薬の原料として世界中に輸出されたが、次第に枯渇してきた。
1898年に英国科学アカデミー会長のサー・ウィリアム・クルックスは、人工増と食物生産量の減少で世界は飢餓に瀕すると予測し、空中窒素の固定による肥料の生産を提案、人類を飢えから救うのはケミストであるとした。
フリッツ・ハーバー教授が圧力・温度・触媒で空中窒素を固定化し、アンモニアの生産に成功、BASFの技術者のカール・ボッシュがこの工業化に成功した。
参考 Thomas Hager 「大気を変える錬金術 ハーバー、ボッシュと化学の世紀」
中西準子氏が雑感527(2010.7.20)(ページの後半)に「空気をパンに変える錬金術-書評を書いた本の紹介-」を書いている。
現在でも、ボリビアはチリとの正式な国交を回復しておらず、天然ガスの輸出用パイプラインを(チリ経由でなく)アルゼンチン領土を越えてはるか大西洋側に伸ばしている。
なお、チリとペルー間の国交は回復しており、同国間に鉄道が設置され、またパンアメリカンハイウェイの一部が国境のアリカとタクナを通過している。
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今回の救出の成功理由として、チリが全世界に援助を求めたことが挙げられる。
チリは貿易の面で、FTAの先進国で世界に開放しており、チリが自由貿易協定(FTA)・経済連携協定(EPA) を締結して既に発効している国が2009年9月末現在で47カ国にも及ぶ。
下記の通り、アジア太平洋では日本、韓国、中国、ANZほか、北中南米ではカナダ、米国、メキシコ、中南米諸国、欧州ではEUとEFTA、それにトルコとの間で調印している。
調印 | 発効 | ||
日本 | 2007/03/27 | 2007/09/03 | |
韓国 | 2003/02/15 | 2004/04/01 | |
中国 | 2005/11/18 | 2006/10/01 | |
TPP(環太平洋戦略的経済パートナーシップ) NZ、シンガポール、ブルネイ(+チリ) |
2005/07/18 | 2006/11/08 | |
オーストラリア | 2008/07/30 | 2009/03/06 | |
カナダ | 1996/12/05 | 1997/07/05 | |
米国 | 2003/06/06 | 2004/01/01 | |
メキシコ | 1998/04/17 | 1999/08/01 | |
中米(5カ国) | コスタリカ | 1999/10/18 | 2002/02/14 |
エルサルバドール | 2002/06/03 | ||
グアテマラ | 国会承認待ち | ||
ホンジュラス | 2008/07/19 | ||
ニカラグア | 交渉中 | ||
パナマ | 2006/06/27 | 2008/03/07 | |
コロンビア | 2006/11/27 | 2009/05/08 | |
ペルー | 2006/08/22 | 2009/03/01 | |
EU(27カ国) | 2002/11/18 | 2003/02/01 | |
EFTA(4カ国) アイスランド ノルウェー スイス リヒテンシュタイン |
2003/06/26 | 2004/12/01 | |
トルコ | 2009/07/14 | 未定 |
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チリの参加するTPP(環太平洋戦略的経済パートナーシップ)は、他に規定がある場合を除いて、発効と同時に他の締約国の原産品に対する全ての関税を撤廃すると規定している。
実際は下記のとおり順次撤廃する。
ブルネイ | チリ | ニュージーランド | シンガポール |
発効時 92% | 発効時 89.39% | 発効時 96.5% | 発効時 100% |
2010年 残り1.7% | 2009年 残り0.94% | 2008年 残り0.03% | |
2012年 残り1.1% | 2011年 残り0.29% | 2010年 残り1.54% | |
2015年 残り5.2% | 2015年 残り0.12% | 2015年 残り1.92% | |
2017年 残り9.26% |
米国、豪州、ペルー、ベトナム、マレーシアが参加の交渉をしている。コロンビアとカナダも参加の意向を明らかにした。
菅首相は所信表明演説でTPPへの参加検討を突如、表明した。
しかし、全農は「例外を認めないTPPを締結すれば、日本農業は壊滅する」と反対を表明した。
コメなどの除外を認められる可能性は少ない。
政府内でも、「GDPの1.5%の一次産業を守るため、98.5%のかなりの部分が犠牲となっている」とする外務省、経産省などと、農林水産省が対立している。民主党内の反対派も勉強会を設立した。
政府は近く閣議決定する「EPAに関する基本方針」に「農業との両立を図る」ことも明記して「TPP交渉に参加する」との文言を盛り込む方向で調整に入ったと報じられた。
付記
内閣府、経済産業、農林水産省は10月27日、それぞれ試算を発表した。各府省がばらばらの試算結果を示したことで、政府・与党内のTPP議論がさらに混迷する可能性もある。
前提 | 影響 | ||||
GDP | 雇用 | カロリーベース 自給率 | |||
兆円 | % | 万人 | % | ||
内閣府 | 関税100%撤廃 | +2.4~3.2 | +0.48~0.65 | ||
不参加なら | -0.6~0.7 | ||||
「アジア太平洋自由貿易圏 FTAAP」に参加 |
(+6.7) | (+1.36) | |||
農水省 | 主要農産物19品目の 関税完全撤廃 農業支援策なし |
GDP -7.9 (農業生産 -3.7) |
-1.6 | -340 | 40%→14% |
経産省 | 日本不参加 韓国 米中EUとFTA (2020年) |
-10.5 (自動車、機械、 電気電子) |
-1.53 | -81.2 |
目次、項目別目次
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htmにあります。
各記事の「その後」については、上記目次から入るバックナンバーに付記します。
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