生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)は、最終日の日付を超えた10月30日未明に、遺伝資源の利用と利益配分を定める「名古屋議定書」を採択した。
議定書をめぐっては、先進国と途上国が激しく対立して協議がまとまらず、29日朝に議長の松本龍環境相が自ら議定書案を各国に提示、ぎりぎりで各国がこれに同意する過去に例のない事例となった。
COP10については 2010/10/21 COP-MOP5、「名古屋補足議定書」を採択
生物多様性条約の15条(遺伝資源の取得の機会)では以下の通り規定している。
5. 遺伝資源の取得の機会が与えられるためには、当該遺伝資源の提供国である締約国が別段の決定を行う場合を除くほか、事前の情報に基づく当該締約国の同意を必要とする。
7. 締約国は、遺伝資源の研究及び開発の成果並びに商業的利用その他の利用から生ずる利益を当該遺伝資源の提供国である締約国と公正かつ衡平に配分するため、------ 適宜、立法上、行政上又は政策上の措置をとる。その配分は、相互に合意する条件で行う。
しかし、先進国と途上国の利害が対立し、この利益配分(Access and Benefit-Sharing : ABS) の具体的なルールが決まらないままとなっていた。
このため、遺伝資源の持ち出しを禁止する国も出てきており(インドネシアは鳥インフルエンザのウイルスの国外への持ち出しを禁止)、今回、どうしてもルールを設定することが必要であった。
過去の争いの例
1) ペルーの植物マカ
マカは、特定の地域では性的不全のための民間療法として何世紀にもわたって用いられてきた。
バイアグラの大流行でNatural Viagraとして販売され、栽培面積が急激に拡大した。2001年に米国特許庁がPureWorld Botanicals社にマカ抽出物 MacaPure に特許を認めた。
これに対し、ペルー農民がBiopiracyとして反対運動を起こしている。
その後、ペルーでは伝統的に受け継がれてきた動植物を国外に持ち出して医薬品などを開発する場合、ペルー政府と地元民に一定の割合で、利益を配分するように求める法律ができた。
2) アフリカ南部の植物フーディア(Hoodia)
アフリカ南部に住むブッシュマン(サン族)が長期の狩りに出ても空腹にならないようにガガイモ科の多肉植物のフーディア・ゴルドニー(Hoodia gordonii)を伝統的に食べてきた。
フーディアをしゃぶるだけで何も食べずに何日間もエネルギッシュに平気で狩猟を続け、体調は良好である。
南アフリカの国立研究機関の科学・工業研究評議会(CSIR)が、1997年にフーディアの中の食欲抑制効果を持つ生物活性化合物の分離に成功し、特許を取得、英国の製薬会社Phytopharmに特許使用権を与え、PhytopharmはPfizerと(後に)Unileverに再実施権を与えた。(その後、両社ともギブアップ)
南アの弁護士が、「謝礼なしに伝統的な知識を横取りすることは許されざるバイオ・パイラシーである」と主張、ブッシュマンに謝礼を支払うようCSIRとPhytopharmに圧力をかけた。
現在、カラハリ砂漠で合法的にフーディアを収穫する全ての企業はブッシュマンに使用料(伐採料)を支払っている。米国ではフーディアのサプリメントが氾濫しており、ほとんどはニセモノといわれている。
3) 資生堂
資生堂は、 インドネシアの生薬で51件の特許(インドネシアのハーブを使った化粧品原料など)を取得したが、現地のNGOがABSに抵触すると主張した。
実際は違法な使用ではなかったが、資生堂は「企業イメージが傷付くことを恐れ」、2002年に全特許を取り下げた。
4) 鳥インフルエンザウイルス
世界で最も鳥インフルエンザ感染者の多いのはインドネシアだが、インドネシア政府は、ワクチン製造に必要な、人に感染した鳥インフルエンザウイルスの国外への持ち出しを禁止している。
(2007年からWHOへのウイルス提供を拒否)先進国の企業はワクチンで利益を上げ、先進国の国民はワクチンによって鳥インフルエンザから守られるが、ワクチンの値段が高く、インドネシアの国民が接種できる可能性は少なく、インドネシアには恩恵がないというのが理由。
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今回の「名古屋議定書」の要旨は次の通り。
・遺伝資源の利用で生じた利益を衡平に配分する。
・遺伝資源と並び、遺伝資源に関連した先住民の伝統的知識(薬草の使用法など)も利益配分の対象とする。
・利益には金銭的利益と非金銭的利益を含み、配分は互いに合意した条件に沿って行う。
・遺伝資源の入手には、資源の提供国から事前の同意を得ることが必要。
・利益配分の対象
「遺伝資源の利用に対し利益配分する」という表現で、遺伝資源を加工した「派生物」という語は削除。
玉虫色の表現で、実際には派生物を含む余地を残した。契約時に個別に判断することとなる。
・多国間の利益配分の仕組みの創設を検討する。
(利益配分の対象を議定書発効以前や植民地時代に遡及しないことの代替措置)
・人の健康上の緊急事態に備えた病原体の入手に際しては、早急なアクセスと利益配分の実施に配慮する。
・各国は必要な法的な措置を取り、企業や研究機関が入手した遺伝資源を不正利用していないか、各国がチェックする。
・50カ国・地域の批准から90日後に発効する。
問題となった主な点は以下の通り。
・違法持ち出しの監視
途上国は、先進国側での特許申請時に原産国を開示することを義務付け、合法かどうか確認することを要求。
先進国は、特許申請時の開示は企業活動に影響するとして義務化に反対。
・適用時期
アフリカなど植民地化された国々は、数百年前から途上国の資源を用い、先進国で作られた商品に対する利益の配分を要求していた。
・派生物
タミフルを例にとると、タミフルは中国の広西チワン族自治区、貴州省、雲南省、四川省で生育するトウシキミの実(八角)から抽出したポリフェノールのシキミ酸を化学的に変化させて生産する。
東大の柴崎正勝教授は八角を使わず、1,4-シクロヘキサジエンから不斉触媒を用いて合成に成功した。
2006/02/26 話題 植物使わずタミフル合成に成功 東大グループ今後、成分を変化させて他の医薬品が作られる可能性もある。
八角は遺伝資源だが、これから作るタミフル、別原料でつくるタミフル、成分を変化させてつくる他の医薬品などは「派生物」といわれ、途上国はこれらすべてを利益配分の対象にせよと主張。
「派生物が入らなければ意味がない」とした。先進国は派生物まで対象となっては企業活動が妨げられると断固反対。
名古屋議定書では玉虫色の表現となった。
・病原体の扱い(上記の鳥インフルエンザウイルスの例)
途上国は確実に利益配分される仕組みを要求。
インドネシアは、「議定書が採択され利益配分についての契約が整えば、ウイルス(H5N1)の提供を開始する」としている。
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COP10では他に、生物の多様性を守るため、2020年までの10年間に各国が取り組む国際目標「愛知ターゲット」が全会一致で採択された。20項目の目標(義務付けではない)がある。
主な項目は以下の通り。
・自然生息地の損失速度を少なくとも半減、可能なところではゼロに近づける
2002年採択の現行目標は「2010年までに生物多様性の損失速度を著しく減少させる」であったが、
具体性や実効性に欠けていたため、目標達成は失敗に終わった。
・少なくとも陸域の17%と海域の10%を保全
先進国は「陸地は20%か25%」などと高い目標を掲げ、
途上国が資金不足などを理由に「15%」を主張して対立していた。
現在の海域保護区は1%にとどまる。
・水産資源を持続可能な手法で管理し、乱獲しない。
・農業や林業地域を、持続可能な方法で管理
・侵略的外来種を特定し、侵入を防止、根絶
・サンゴ礁への気候変動や海洋酸性化の影響を最小化
・絶滅危惧種の絶滅を防ぎ、保全状況を改善
・農作物や家畜の遺伝子の多様性を維持
・劣化した生態系の15%以上を回復
・気候変動対策に貢献
・先住民と地域社会の伝統的知識を尊重し、保護
保護対策に必要な資金の目標については、発展途上国が強く求めた具体的な金額は盛り込まれず、遅くとも2020年までに今の水準より大幅に増額することで合意した。
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http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htmにあります。
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