政府、イレッサ訴訟で和解勧告拒否

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肺がん治療薬イレッサをめぐり、患者と遺族が国と輸入販売元のアストラゼネカに損害賠償を求めた訴訟で、政府は1月28日、東京、大阪両地裁の和解勧告に応じないことを決めた。
アストラゼネカも勧告受け入れを拒否しており、大阪地裁で2月25日に、東京地裁で3月23日に、それぞれ判決が言い渡される。

付記
大阪地裁の2月25日の判決は以下の通り。

アストラゼネカ:警告欄に記載するなどして注意喚起を図るべきだった。
   緊急安全性情報配布(2002/10)前は製造物責任法上の欠陥があり、賠償責任あり。
   原告9人に計6050万円の賠償。2002/10以降服用し死亡した男性の請求は棄却。

政府:添付文書に関する行政指導は必ずしも十分ではないが、当時の知見のもとでは一定の合理性がある。
   国家賠償法上の違法はない。

1995年6月のクロロキン薬害訴訟の最高裁判決は以下の通りとなっており、これに沿ったもの。
「被害が生じても直ちに国家賠償法上の違法性は生じず、許容限度を超えて著しく合理性を欠く場合に違法性がある」

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イレッサは英国のAstraZenecaが開発した肺がん治療薬で一般名はゲフィチニブ。

厚生労働省は2002年7月、世界に先駆けて、申請から半年で輸入承認した。
2002年8月に発売され、2カ月の間に、1万人以上の患者に投与された。

がんの増殖、転移に関係する分子を狙い撃ちにする「分子標的治療薬」で、正常細胞を傷つける抗がん剤より副作用が軽いと期待されたが、市販開始直後から間質性肺炎などによる副作用死が相次いだ。

厚労省は同年10月、同社に、全国の医療機関に緊急安全性情報を出して注意を呼びかけるよう指示した。

2009年9月現在で、副作用被害者2097人、内、死亡被害者は799人となっている。

2009年現在イレッサを承認している国は、日本を含めたアジア諸国、欧州、およびオーストラリア、メキシコ、アルゼンチン。

これまでの多くの研究・調査の結果から、以下のことが明らかになっている。
・ゲフィチニブは上皮成長因子受容体に特定の遺伝子異常を有する人に対して高い有効性を示す。
・日本人肺癌患者の約30~40%程度にこの遺伝子異常が認められる。

AstraZeneca2005年1月に欧州医薬品局 (EMEA) への承認申請を取り下げたが、EMEAは2009年7月に、成人のEGFR遺伝子変異陽性の局所進行または転移を有する非小細胞肺癌を対象にイレッサの販売承認を行った。
FDAは2003年5月に承認したが、2005年6月に新規使用を原則禁止した。

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イレッサで深刻な副作用を受けた患者と副作用によって死亡した患者の遺族計15人が、国と輸入販売会社のアストラゼネカに損害賠償を求めた訴訟で、東京、大阪両地裁は、原告側の和解勧告の上申書に基づき、事前に協議して、1月7日に和解勧告した。

原告側は、国と同社の謝罪と賠償、抗がん剤副作用死を対象とした被害救済制度の創設--などを和解内容に盛り込むよう求めていた。

原告弁護団が明らかにした和解勧告要旨によると、両地裁は、厚生労働省がイレッサを承認し、同社が販売を始めた2002年7月から、同省が「緊急安全性情報」を出した同年10月15日にまでに服用し、副作用で間質性肺炎を発症した患者5人(うち4人死亡)について、国と同社には救済する責任があるとの見解を出し、原告らへの和解金支払いを提示した。和解金の額は示されていない。

同日以降に投与され発症して死亡した患者2人についても「訴訟上の紛争の解決を図る見地から、原告と誠実に協議する」として、国と同社に幅広い救済を要請した。

さらに大阪地裁は、製薬会社の責任について「製造物責任法(PL法)上、医薬品の安全性について第1次的な責任を負う」と指摘し、薬害の集団訴訟として初めてPL法に言及した。

製薬会社の責任を重く判断し、国については薬事法に基づき「医薬品の副作用から国民の生命、健康を守るべき責務を負う」とした。

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アストラゼネカは1月24日、和解勧告に応じず、判決による裁判所の判断を仰ぎたい旨の発表を行った。

イレッサは治療選択肢の限られた進行非小細胞肺がん患者に臨床的なベネフィットを提供してきた。イレッサは肺がん治療医にとって有用な治療選択肢のひとつとして考えられている。

イレッサの発売にあたり、それまでに得られていた安全性情報を踏まえ、発売時の添付文書の「重大な副作用」欄に「間質性肺炎」を記載し、適切に注意喚起を行ってきた。発売後も、得られた安全性情報を法令に従って関係機関に適時・適切に報告するとともに、より安全対策を推進する見地から、早期に緊急安全性情報を発出した。

イレッサ発売時および発売後を通して適時・適切な情報開示を行ってきたと確信している。

厚生労働省は1月28日、以下の見解を発表した。

イレッサ自体は、現在も必要な医薬品として承認され、使用されており、今回の事案は、「薬害」の問題というよりも、副作用の問題、とりわけ、副作用情報の患者への伝え方の問題であると考える。

裁判所の所見で、国の責任が問われているのは、
①治験外の症例を承認の際にどこまで考慮したかという点、
②副作用に関する薬の添付文書への記載が十分でなかった(副作用情報の筆頭ではなく4番目に記載)という点。 

①治験外の症例について:
新薬の承認には治験が必要であり、これには、科学的に評価できるよう、比較のため
条件の整った患者が治験の対象となる。

同じ疾患の患者でも他の疾患を併発するなどの場合は、治験の対象から外れるが、一刻も早く新しい薬の利用を望み、治験外の臨床研究として新薬を承認前に使用するケースも多くある。

今回の所見では、こうした治験外使用の症例から得られるデータをより厳格な審査の対象とすべきということになり、治験外使用がより限定的となることが想定される。
治験と治験外使用(臨床研究)の違いに十分な理解が得られていない。

②副作用に関する薬の添付文書への記載について:
がん患者、特に末期のがん患者にとって間質性肺炎が場合によっては致死性のものであることは、医師にとって周知の事実で、副作用情報の4番目に記載してあったとしても同じこと。
添付文書中の副作用に関する記載について国に責任があったとは言えない。

注)
当初、添付文書の「重大な副作用」の4番目に致死性の肺炎が記されていたが、副作用死が相次いだため、同年10月に緊急安全性情報を出し、肺炎の副作用を「警告欄」に記載するよう改めた。
両地裁はこの点を重視した。警告欄に記された後、死亡者が減少に向かったことも事実。

細川厚生労働相は記者会見で、和解勧告で両地裁が示した所見に従えば、臨床研究として新薬を承認前に使うのが難しくなるとし、「治療の選択肢を狭める恐れがある」と述べた。

所見が副作用情報の筆頭ではなく4番目に記載した点を問題視したことについて「医療現場の常識に合っていない。間質性肺炎が致死性なのは医師にとって周知の事実」とし、国の対応に違法性はないと主張、多くの論点を残したまま結論を急ぐべきでないとし、「全てのがん患者のために(判決を)選択する」とした。

なお、厚生労働省の見解には、今後の対策も記載されている。

現実に、医師から致死性の副作用を引き起こす可能性があるなどの事前の説明を受けず、イレッサを投与され、副作用により亡くなられた患者や遺族の無念さを、どう受け止めるべきかにも十分配慮しなければならない。

これについては、①現場でのインフォームド・コンセントの問題と、②副作用救済制度の対象をどう考えるかという問題の2点で解決の方向性を見出すべきである。

①は現場の当事者間の問題だが、国においても、インフォームド・コンセントの徹底、診療報酬上の取扱いの検討など、政策面での課題を負っていると考える。

②については、現在は抗がん剤は、製薬企業が拠出して運営されている医薬品副作用被害救済制度の救済対象から除外されている。
抗がん剤使用については、重い副作用を理解した上で使用せざるを得ないこと、副作用と死亡の因果関係の判定が難しいことといった理由により、これまで除外されてきた。
国としては、これを政策上の課題と受け止め、十分検討を尽くし、結論を得たい。

注 医薬品副作用被害救済制度

救済制度は、医薬品を適正に使用したにもかかわらず発生した副作用による健康被害者に対して各種の副作用救済給付を行い、被害者の迅速な救済を図ることを目的とし、医薬品医療機器総合機構法に基づく公的制度として設けられた。

医療費等の給付に必要な費用は、許可医薬品製造販売業者からの拠出金で賄われている。
(医薬品医療機器総合機構の事務費の1/2相当額は、国からの補助金)

一般拠出金は、前年度の許可医薬品の総出荷数量に応じて申告・納付。
付加拠出金は、前年度に救済給付の原因となった許可医薬品の製造販売業者が申告・納付。

給付額
  医療費  自己負担分
  医療手当
  障害年金 1級 年272万円
  遺族一時金 713万円など

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日本肺癌学会は1月24日、和解勧告に対する見解を発表した。
 
http://www.haigan.gr.jp/uploads/photos/258.pdf

医薬開発が、開発の最終段階においては人における有効性と安全性を、科学性を配慮した上で限られた数の被験者に対して確認した上で承認に至るという手法を取らざるを得ない以上、その精度に一定の限界があることは紛れもない事実です。しかし、そのような現状認識の中でしか医薬承認がなし得ないことも事実です。不確定なこと、予見困難なことに対して過度の責務を求めることによって、新しい医療技術や医薬を迅速に国民に提供することがきわめて困難になることを私達は危惧いたします。

副作用は1番目に記載していなかった事に対して、国とアストラゼネカ社に過失があり、損害賠償を勧めています。しかしながら、その論理は、後の時代になって急速に蓄積されたゲフィチニブに関する多くの知見に基づいた後方視的な批判となっております。
広く国民にご理解いただきたい点は医療の不確実性ということであり、後の時代にわかることをその時代にしていなかったことについて責任を問うのであれば、ただでさえドラッグラグが問題であるわが国の薬事行政のさらなる萎縮、製薬会社の開発意欲の阻喪、ひいては世界標準治療がわが国においてのみ受けられないという大きな負の遺産を後世に残すことは明らかです。
一方で、ゲフィチニブのわが国における早期の承認のおかげで劇的な腫瘍縮小や症状改善を経験され、ゲフィチニブが使えなければ数ヶ月で亡くなられてたであろう患者さんがその後数年も生きられた事例も多く経験されたことも事実であります。

日本臨床腫瘍学会も同日、見解を発表した。
http://jsmo.umin.jp/oshirase/20110124.html

医薬品の使用を含 め、医療は不確実性を伴うものであり、患者さんによりよい医療を行うためには科学的な分析が必要であります。そのため、問題が起きたときに、過去を振り 返って批判的に当時の評価や判断の妥当性を厳しく問うことは必要です。しかし、そのような過程での分析が、実際に使用され蓄積された情報による後知恵に基づく批判に留まっていては、将来の患者さんが負うリスクを低減することには寄与しません。また、今回の裁判所の判断は、現在でも新たな治療法を求めるがん患者さんの切実な思いがあるなかで、新規の医薬品の開発および承認までの期間がさらに延長する危険をはらみ、必要としているがん患者さんの新薬へのアクセ スを阻害することにもなりかねません。

抗がん薬をはじめ、すべての医薬品にはリスクがあり、それを理解した上で医師は医薬品を使用しています。今回の 勧告では、副作用の記載順序に言及されているようですが、記載順序にかかわらず医師や薬剤師は効果のみならず副作用について説明を患者さんに行い、了解を得て治療は開始されるのが医療の現場の状況であります。

新たな治療法や治療薬の開発は、がん患者さんの大きな願いです。また、医薬品の被害を少しでも減らすために関係者が取り組むべきであることは、がん患者さんだけでなくがん医療に携わる医療関係者の願いでもあります。いずれの願いに対しても、科学的に合理性を欠いた対策を取ることは避けるべきです。 

付記

日本医学会も1月24日に会長の見解を発表した。
http://jams.med.or.jp/news/015.html 

この見解発表の前に、厚生労働省が会長に対し、「日本医学会として懸念の声明を発します」との声明文案を渡していたことが、224日判明した。東京・大阪両地裁が「非公開」を要請した和解勧告全文も渡していた。

会長は、「がん治療の一般的な説明などは厚労省の文案を利用したが、文案にあった新薬承認の遅れへの懸念は触れず、独自に副作用への補償を盛り込んだ」としている。
声明の最後は、「現在そして未来の患者さんに禍根を残しかねない今回の和解勧告について、私は強い懸念をいだいています」となっている。


目次、項目別目次

http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htmにあります。

  各記事の「その後」については、上記目次から入るバックナンバーに付記します。


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