米国予防医療専門委員会(US Preventive Services Task Force:USPSTF) はこのたび、前立腺癌の検診で使われているPSA検査について、「すべての年齢の男性に対して検査は勧められない」とする勧告案をまとめた。
USPSTFは2008年8月に「75歳以上の人に検査を勧めない」としたが、今回は全年齢に広げた。
2008年の勧告
・現在の証拠では、75歳未満について、PSA検査のメリットとデメリットを評価するには不十分。(Grade:I)
・75歳以上については検査のメリットは小さいかほとんど無し。検査を勧めない。(Grade:D)注)Grade A :メリットが著しく多い。実施すべし。
B :メリットがかなりある。実施すべし。
C :メリットが少ないとの証拠がある。
その患者にとり、やるべきだとの他の判断がある時のみ、実施。
D:メリットがないか、デメリットの方が多い。実施反対。
I :現在の証拠では判断不能。
勧告を読み、メリットがあるかどうか不明であることを理解してから判断すること。今回は全年齢でGrade:Dとした。
USPSTFは2009年11月に、40歳代の女性に対する乳房X線撮影装置(マンモグラフィ)を用いた乳がん検診で意見を変更している。
それまでは「40歳以上の女性に対して、マンモグラフィを用いた乳がん検診の1~2年に1回の受診を推奨する」(Grade B)としていたが、
「40歳代の女性に対しては、マンモグラフィを用いた定期的な乳がん検診を行うことを推奨しない」(Grade C)に変更した。
癌ではなかった人に対する不必要な検査や、放置しても臨床的に問題にならない癌に対する治療等のデメリットが存在し、利益と不利益を比べた場合に50歳代以上の女性と比較して、40歳代では利益が不利益を上回る度合いが小さいとした。
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PSA (Prostate-specific antigen)は前立腺特異抗原と呼ばれるセリン蛋白分解酵素で、本来は、前立腺から精漿中に分泌され精子が体外に放出される時に精漿中のゼリー化成分である蛋白を分解して精子の運動性を高める役割を果たす。
健常男性であれば、血液中にPSAが浸出することは非常に稀(0.1 ng/mL以下と非常に低濃度)だが、前立腺に疾患があると血液中にもPSAが浸出し、4.0 ng/mLと40倍もの濃度となる。
但し、PSA 4~10 ng/mLの場合でも、前立腺肥大症の場合と前立腺癌の場合が混在する。
癌でない場合は蛋白と結合していない遊離型PSAが多いことから、遊離型の比率(F/T比)を検査することで、前立腺癌の確率を推定できる。
PSAが高値となった場合は、前立腺触診、前立腺超音波検査などを行い、癌が疑われる場合は、生検にて確定診断を行う。
USPSTFは、これまでに実施された5つの大規模臨床試験の結果を分析した結果、年齢や人種、家族歴にかかわらず、PSA検査をした場合に、しなかった場合と比較して、死亡率を下げるとの証拠は見いだせなかったと結論づけた。
検査により癌死を防ぐメリットよりも、死に至らない癌を手術することによる深刻な副作用のデメリットの方が大きいとしている。
ただ、自覚症状があったり、前立腺がんが強く疑われたりする場合は別としている。
上記の通り、高いPSA値は癌以外の理由でも生じる。調査の結果、PSA検査で誤った診断や害のない癌を治療したケースが多く見つかった。
治療(主に手術や放射線治療)により、勃起障害や尿漏れなどの後遺症が残る人もいる。
前立腺癌と指摘され、自殺や心臓麻痺死のリスクが倍増したとの調査もある。
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2010年3月に、約40年前にこの検査法を開発した米アリゾナ大学のRichard Ablin教授がNew York Timesに寄稿し、この検査法の有用性は小さく、保険財政を圧迫していると指摘した。
米国人男性のうち前立腺がんと診断される割合は16%だが、その大部分は進行が遅く、死に至るのはわずか3%だという。
教授はまた、PSAの年間費用は少なくとも30億ドルにのぼっていると指摘している。
American Cancer Societyも、2009年に米医学誌 New England Journal of Medicineに掲載された2つの研究の予備的な結果を受け、PSAのリスクと限界について患者に説明するよう医師たちに強く呼びかけている。
同協会によると、PSAは治療介入が必要な進行の早いがんと進行の遅い腫瘍を区別することができない。
さらに、PSAでは誤診の可能性もあるという。患者の年齢とともに前立腺が自然に肥大した場合も値が上がる。同協会によると、200万人以上の米人男性が前立腺癌と診断されるが、今も生存している。
これに対し、検査が有用とする意見も多い。
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国内では、日本泌尿器科学会がPSA検査を推奨するが、厚生労働省の研究班は、効果を判断する根拠が不十分などとして、集団検診には勧めないとの報告をまとめている。
東京都でも健康診断の対象にする区と、しない区がある。
総務省統計局によると、PSA健診対象といわれている50歳以上の男性は日本全国で2,400万人、これは総人口の約40%に当たるが、このうち、2005年時点で、PSA健診を受診した人は、5%にも満たないという。
70~80%の対象人口が既に受診をしている欧米各国とは大きな隔たりをみせている。
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