炭素繊維や米在宅医療子会社の買収などで生じた「のれん」の価値を引き下げる減損処理を実施し、290億円の特別損失を計上する。
特別損失の内訳は以下の通り。
(1)高機能繊維・複合材料事業(炭素繊維分野)に係るのれんの減損損失 | △170億 円 |
(2)ヘルスケア事業に係るのれん等の減損損失 | △50億円 |
(3)その他高機能繊維・複合材料事業に係る固定資産の減損損失等 | △70億円 |
合 計 | △290億円 |
(1)は2007年に炭素繊維の東邦テナックスを100%子会社化した際の「のれん代」
長期化する景気低迷、またスポーツ・レジャー用途を中心とした競合激化の状況を踏まえ、将来キャッシュフロー予測に基づく回収可能性を慎重に検討。(2)は米国で在宅医療事業を営むBraden Partners L.P. を2008年に114百万ドルで買収した際ののれん等の未償却残高の一部 。
米国での医療制度改革で保険価格が大幅に引き下げられたこと等の環境変化で買収時に想定した収益性が見込めなくなった。
(3)は炭素繊維分野に係る工場の固定資産の一部の減損損失や、2001年の洪水で被災したタイの子会社の工場の固定資産の一部等の減損損失。
ーーー
同社は2013年3月期の損益予想をたびたび引き下げてきた。
売上高 営業利益 経常利益 純利益 2012/5/9 840,000 43,000 43,000 22,000 2012/11/2 770,000 25,000 20,000 3,000 2013/2/4 740,000 14,000 10,000 0 2013/3/29 740,000 12,000 8,000 -30,000
営業損益で見ると、2012年3月期決算発表時には430億円を予想したが、中間決算では250億円に減り、第3四半期決算では更に140億円に、今回は120億円となり、当初予想から320億円も減っている。
セグメント別では以下の通りで、今回の内訳は不明だが、2月4日発表分(当初予想比290億円悪化)で見ると、高機能繊維・複合材料セグメントが当初比で155億円 減となっている。
高機能繊維・複合材料事業は2事業本部で、
高機能繊維事業本部はアラミド繊維製品、ポリエステル繊維製品
炭素繊維・複合材料事業本部 は炭素繊維製品
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
* 2012年3月期実績は決算期統一の影響を除外したもの。 |
帝人は高機能繊維・複合材料事業をヘルスケアと並ぶ重点戦略事業としている。
その事業が短期間の間に急激に損益が悪化し、炭素繊維ののれん代を「将来キャッシュフロー予測に基づく回収可能性を慎重に検討した結果」減損処理し、更に工場の固定資産の一部減損処理せざるを得ないのはショックである。
但し、帝人では以下の通り、本事業を重点戦略事業とし、注力していくとしている。
今後も高成長が期待される航空機向けや、シェールガス革命によって需要が急拡大している圧力容器向け等の成長用途において、大幅な事業拡大を図る。
量産型自動車向けを中心に2016年頃の事業化に向けて、開発を加速する。
今後の成長地域である北米で、より高い競争力を備えた生産ラインを新設すべく、2014年度初めまでに意思決定を行う。
あわせて、米国でのコンポジット製品の成形工場の設置についても検討する。
ーーー
帝人では、炭素繊維について、軽くて(鉄の1/4)、強い(鉄の10倍)という特長から環境・エネルギー問題のソリューションとして年率15%以上の需要成長を見込んでいる。同社説明会資料 炭素繊維・複合材料事業の概況(2012/9/29)
炭素繊維では日本の3社が大きなシェアを占めている。
各社の能力は以下の通りで、帝人によると、同社の2011年の世界シェアは約20%としている。
帝人 東レ 三菱レイヨン 日本 6,400トン 8,300トン 5,400トン
2,700トン米国 2,400トン 5,200トン 2,000トン ドイツ 5,100トン 製造委託
750トンフランス 5,400トン 韓国 2,200トン 合計 13,900トン 21,100トン 10,850トン 三菱レイヨンは2011年に大竹事業所で産業用途を主体とした新タイプの高性能ラージトウを完成した。
東レは2015年3月には27,100トンになる。日本の炭素繊維の状況については 2006/9/9 炭素繊維
最近は航空機用に加え、自動車用の開発が急である。
2011/12/15 自動車向け炭素繊維複合材料の開発が進展
炭素繊維の需要の今後の拡大を見込み、新規参入も増えている。
2011/6/17 SABIC、カーボンファイバーの技術導入;DowもJV設立の覚書
当初、炭素繊維には多くの企業が進出したが、欧米の企業はほとんど撤退した。
そのなかで東レを初めとする日本の3社は事業を継続、釣竿やゴルフクラブなどスポーツ分野で市場を開拓しながら、開発を続け、航空機用に本格的に採用され、自動車用途でも目処が立ち始めた状況である。
自動車用途などは自動車メーカーとの長期にわたる共同開発が必要で、航空機用も含め、新規進出メーカーの製品が簡単に採用されることは考えられない。
このため新規メーカーはスポーツ・レジャー分野に向かうしかなく、これら分野での競争激化を生んだものとみられる。
自動車向けの本格採用にも時間がかかるとみられ、暫くは苦しい状況が続くものと思われる。
炭素繊維が普及しないのは工具鋼製の金型で加工できないためだろう。コストもリーズナブルで大きなものが普及していかないと、マニアックな世界のままで終わってしまうだろう。ハイテンがなぜ普及したのかを調べてみることだ。つまりはいつの時代も工具鋼が素材普及のキャスティングボートを握っているということだ。