理化学研究所は6月28日、新たに合成した多金属のチタンヒドリド化合物に窒素分子(N2)を常温・常圧で取り込ませ、窒素-窒素結合を切断し、窒素-水素結合の生成(水素化)を引き起こすことに成功したと発表した。
窒素と水素から省エネルギーでアンモニアを合成できる可能性が生まれた。
窒素分子(N2)は2つの窒素原子が三重結合という強い結合で結ばれているため、非常に安定な分子で、反応性が乏しく、ほとんどの生物は大気中の窒素を直接利用することができない。
マメ科の植物に共生する細菌が持つ酵素「ニトロゲナーゼ」のみが常温・常圧で窒素の三重結合を断ち切って窒素をアンモニアへと変換している。
窒素は肥料の3要素の1つとして農作物にとって重要だが、農作物の増産には自然界が作った固定窒素だけでは足りない。
これを解決したのが窒素からアンモニアを合成するハーバー・ボッシュ法だが、合成時に500℃の高温と300気圧の高圧を必要とし、アンモニア合成に使われているエネルギーは、人類の年間消費量の1%に上るといわれてい る。
今回、理化学研究所では3つのチタン原子と7つのヒドリド(マイナスの電荷を持った水素イオン)原子からなる多金属ヒドリド化合物を開発した。
この化合物と窒素を反応させたところ、常温・常圧で窒素分子の「窒素―窒素結合」を切断し、「窒素―水素結合」を形成していることが分かった。
チタンヒドリド化合物のヒドリド原子(H-)が電子を与える電子剤として働いて窒素分子の結合を切断し、また電子を放出することでプロトン源の役割りを果たして、窒素の水素化を実現した。
次に、反応機構を明らかにするためにこの反応を低温で行った結果、以下のような反応プロセスと分かった。
図 A
-30℃で窒素分子がチタンヒドリド化合物に取り込まれると同時に4つのヒドリド原子から2つの水素分子が生成・脱離する。
水素分子生成で余った4つの電子を窒素が受け取り(還元)、窒素-窒素三重結合がより結合力の弱い単結合まで還元された。
図 B
さらに、-10℃で2つの3価のチタン(Ti Ⅲ)から2つの電子を窒素に受け渡し窒素-窒素結合が切断され、2つの4価のチタン(Ti Ⅳ)が生じる。
図 C
その後、室温の20℃で1つのヒドリド原子から2つのチタン(Ti Ⅳ)へ2つの電子を受け渡したことで、プロトン(H+)と2つのチタン(Ti Ⅲ)が生じ、このプロトンと窒素が結合し、窒素-水素結合が生成した。
このプロセスは、先に窒素-水素結合が生成し、その後に窒素-窒素結合が切断するプロセスより少ないエネルギーで進行することも分かった。
この成果は、将来的に窒素と水素から温和な条件下でアンモニアを合成する省資源・省エネ型手法の開発につながると期待される。
また、今回合成した多金属チタンヒドリド化合物は、非常に高い反応性を有しているため、窒素の固定化反応だけでなく、新たな触媒反応への展開も期待できる。
ーーー
これより前、2010年12月に東京大学大学院の西林仁昭准教授らは、「温和な反応条件下での触媒的アンモニア合成法」の開発に成功したと発表している。
http://www.t.u-tokyo.ac.jp/public/pdf/release_20101202.pdf
PNP型ピンサー配位子という、りん--窒素--りん原子が錯体を中心として三座で配位結合する化合物を有した、窒素分子架橋二核モリブデン錯体を新しく分子設計・合成を行い、これを触媒として用いることで常温常圧の極めて温和な反応条件下で窒素ガスをアンモニアへと変換する反応を開発することに成功した。
問題点として、西林准教授は以下の通り述べている。
工業化するためにはまだまだ解決しなければならない課題はたくさんあります。プロトン源として特殊な物質を使っているようではダメで、水を使えるようにしたいですし、触媒の寿命ももっと長くしなければなりません。もう一つ、窒素をアンモニアに変換する過程では還元剤、つまり電子の供給源が必要なのですが、現在はコバルトセンという物質を使っています。還元についても、こうした特殊な物質を使うのではなく、電気で行えるようにする必要があります。
http://archive.wiredvision.co.jp/blog/yamaji/201101/201101281403.html
ーーー
2012年12月、東大大学院の西林仁昭准教授らと九州大学の吉澤一成教授らの研究グループは、単純で安価な鉄錯体を触媒に用いた常温常圧の窒素ガスの還元に成功したと発表した。
フェロセンや鉄カルボル錯体に代表される鉄粉等から簡単に合成できる安価な鉄錯体を触媒として利用することで、常温常圧の極めて温和な反応条件下で窒素ガスを還元し、アンモニア等価体であるシリルアミンへと触媒的に変換する反応を開発することに成功した。
シリルアミンは水と接触されることで定量的に簡単にアンモニアへ変換することが可能で、窒素ガスからのアンモニア合成の別法と言える。
今後は反応効率化が課題になるとされている。
コメントする