タイの混乱が続いている。
2013年11月にインラック首相は、実兄で実刑判決を受けて海外逃亡中のタクシン元首相を対象に含めた恩赦法案を下院で強行採決で可決させた。これに反対する抗議デモが活発化し、上院はこれを否決した。
首相は12月に議会を解散し、本年2月2日の総選挙を決めた。
2月2日の総選挙は、反政府派の妨害によって全体の約1割にあたる1万ヶ所余りの投票所が閉鎖され、投票率は45.8%にとどまった。
政府は妨害活動で投票中止に追い込まれた選挙区で再選挙を行う方針だが、最大野党の民主党は、全国で同じ日に選挙をしないのは違憲だとして、総選挙を無効にすることなどを求める訴えを憲法裁判所に起こした。
野党が総選挙に反対するのは、選挙でタクシン派が圧倒的な勝利を抑えることを恐れてのことである。
憲法裁判所は反政府派寄りとされていて、過去にもタクシン派の与党に解党命令を出したことがあり、選挙を無効とする可能性もある。
インラック政権は選挙管理内閣のため、権限が制限され、予算編成など内政はストップし、外交への影響も避けられない。
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背景には以下の状況がある。
タイでは、王室を筆頭に財界、官僚、軍などの既得権益がタイの富を独占し、農民、低所得者などの大多数が貧困に悩むという状況がある。
UNDPのタイの所得5階層分布では、トップの20%が全所得の55%を占めている。
トップ20%の高所得者の収入は、ボトム20%の低所得者収入の平均12.8倍(2008年、UNDP調べ)にものぼる。
この比率は、東南アジア諸国でも9~11倍、欧米では4~8倍といわれ、タイの貧富の差はあまりにも大きい。
タイには、相続税、贈与税、土地保有税のような資産課税がない。日本の固定資産税に相当する土地保有税がないのは、タイだけとされる。
タクシン元首相は貧困対策に取り組んだ。
健康保険制度の整備や30バーツの低額医療、借入金の返済繰り延べ、村落基金の創設、地方における建設やインフラを中心とした公共事業など、貧しい農家向けに相次いで政策支援を打ち出し、その人気で選挙に圧勝し続けた。
複雑なのは、タクシン自身が既得権益層に属することで、タクシンも一族が土地を持つため、土地保有税の導入などは全く考えていない。
タクシンは自身の携帯事業事業が成功し、株価が暴騰すると、全株式をシンガポール企業に売却し、2000億円以上を手に入れている。
タイでは株式売却益は無税であるが、反タクシン派はこれを汚職・蓄財と騒ぎ、大問題とした。
インラック首相も昨年夏に農村部の優遇策として「コメ担保による融資制度」をスタートさせた。
政府は、希望する農家から収穫されたコメを引き取り、そのコメを担保に農家に資金を融資する。
融資額は1トンあたり約4万5000円で、市場で流通する価格のおよそ1.8倍にもなる。
この制度は事実上、政府による「コメの高値買取制度」である。
これまでのタイの政治混乱は、タクシン派と権益を奪われることを恐れる反タクシン派の争いである。
反タクシン派は、総選挙をすれば敗北は必至であるため、選挙を妨害し、首相を退陣に追い込むという戦略である。
場合によってはクーデターもありうる。
(但し、今回は軍の4人の司令官が投票を行っており、直ちにクーデターの可能性は少ないとされる。)
反タクシン派にとり、コメ買取制度は政府攻撃の一つの材料となった。
世界的な供給増でコメの価格が下落する中で、政府には売れない1300万トンのコメが集まり、政府の負担は1兆円を超えるものとなった。
反タクシン派は、この制度は納税者を犠牲にしてタイの貧しい農村部の有権者の支持を得るために首相がつくりだした一連の政策の一つだとし、国家汚職追放委員会は、首相が財政面での打撃を無視してこれを実行したのかどうかの調査を始めた。
国家反汚職委員会がタイと中国間のコメ売買契約の透明性について調査を開始したことを受け、中国がタイ米を120万トン購入する契約を撤回した ことも攻撃材料となった。
更に、農家100万人に対し、買い取ったコメの代金約4000億円の支払いが滞ったことから、農家からも政権批判が出始めており、インラック政権にとっては裏目に出た。
しかし、仮にインラック首相を退陣させても、その後の姿は見えず、混迷が長期化すると思われる。
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