中国が商船三井の鉄鉱石運搬船を差し押さえ

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中国の上海海事法院(裁判所)は4月19日夜、上海沖合の浙江省嵊泗列島に停泊していた商船三井の鉄鉱石運搬船「Baosteel Emotion」を差し押さえた。

1930年代の船の賃借を巡る裁判で商船三井側が敗訴し、和解もまとまらないまま、商船三井が賠償金を支払わないためとしており、商船三井が損害賠償の支払いに応じなければ、「法に従い船舶を処理する」として競売などの措置に出る可能性を示した。


鉄鉱石運搬船は2011年建造で積載量22万トン、豪州やブラジルから中国へ鉄鉱石を運ぶもので、今回は豪州から宝鋼集団上海製鉄所に鉄鉱石を運んでいた。日本人乗員はいない。

新造時の価格は70億~80億円とみられ、「中古で売却しても50億円近いのでは」とされる。

経緯は以下の通り。

商船三井の前身の一社である大同海運は、1936年6月及び10月に中威輪船公司から順豊号及び新太平号を定期傭船する契約を締結した。

1937年7月 盧溝橋事件で日中が全面戦争に突入

傭船期間未了のまま、1937年8月に日本政府が徴用、両船とも徴用中に沈没或いは消息不明になった。

1964年、中威輪船公司代表者の子が日本政府を相手として東京簡易裁判所に調停を申し立てたが、1967年不調に終わった。
1970年には原告は東京地方裁判所に損害賠償請求を提訴したが、東京地裁は1974年に消滅時効の成立を理由として棄却した。

1988年12月(中国民法の時効制度での損害賠償の提訴の期限)に創業者の孫が、大同海運の後継会社のナビックスラインを被告として、上海海事法院に定期傭船契約上の債務不履行等による損害賠償請求を提起した。

原告は、大同海運が契約満了後も沈没するまで船舶を使用し続けたとして、未払いの賃貸料や船舶の補償など約20億元(現在のレートで約330億円)の賠償を請求 した。
商船三井は「船は軍に徴用されたもので、賠償責任はない」と主張した。

2007年12月7日上海海事法院にて、 未払いのリース料金、営業損失の補填、船舶の受けた損害の補償、発生した利息などとして商船三井に対して29億1600万円の損害賠償を命ずる一審判決が出された。

商船三井は、同判決を不服として上海市高級人民法院(第二審)に控訴した。

2010年8月6日、上海市高級人民法院より第一審判決を支持する第二審判決が出された。
商船三井は、最高人民法院に本件の再審申立てを行ったが、2011年1月17日に、同申立てを却下する旨の決定を受けた。

上海海事法院は2011年12月28日、法律に基づいて商船三井に「執行通知書」を送付。この後、当事者の間で和解に向けた話し合いが何度か行われたが、和解には至らなかった。

商船三井によると、上海海事法院と連絡を取りつつ、和解解決を実現すべく原告側に示談交渉を働きかけていたが、今般、突然差し押さえの執行を受けたという。


 

菅官房長官は4月21日の記者会見で、本件について、「極めて遺憾だ。1972年の日中共同声明に示された国交正常化の精神を根底から揺るがしかねず、中国でビジネス展開する日本企業に萎縮効果を生むことになりかねない」と不快感を示した。また、日本政府は中国側に遺憾の意を伝えた。

日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明
五 中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する。

一方、商船三井がこれまで示談交渉を働きかけていた経緯もあり、外務省幹部は「金銭による解決も選択肢の一つ」と指摘する。「今回の件は一連の戦後補償問題とは切り離してとらえる向きもある。同様の差し押さえが多発するとは限らない」と語る。

中国外務省の秦剛報道局長は21日の定例会見で「この案件は戦争賠償の問題とは関係ない」と強調。戦争賠償の請求放棄で合意した1972年の日中共同声明に触れ、 以下のように述べた。

「中日共同声明」の諸原則を堅持し、守る中国政府の立場は変わっていない。中国は引き続き日本を含む外資系企業の中国における合法的権益を法に従って守る。一部の日本のメディアや関係者の報道、説明、発言は事実と合致していない。

2010年の上海市高級人民法院の二審判決は、戦争賠償とは区別し、商業上の契約違反事件として判決を下している。

商船三井側が賃料を支払わず船を返さなかったのは船が日本軍に徴用されたためで「不可抗力」だったと主張したのに対し、裁判所は、「大同海運が『政府などに拘留される恐れのある航行は行わない』との契約条項に違反していた」と指摘 し、軍による徴用の前に大同海運側の契約義務の不履行があったとし、「戦争賠償の問題ではない」とする原告の主張を支持した。

商船三井も「あくまでも民間同士の案件」という意識があったとされ、示談交渉をすすめてきており、事前に政府を相談していた様子はない。

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商船三井は4月23日、差し押さえの状態が続けば業務への支障が大きいと判断、裁判所が決定した29億円余りに金利を加えた約40億円を供託金として支払った。

上海海事法院は4月24日、「判決が定めた義務を完全に果たした」として貨物船の差し押さえ措置を解除する決定を行い、同船は同日午後3時前に出航した。

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日本経済新聞(4/25)によると、中国国営の新華社は、中国政府が日中共同声明で放棄した戦争賠償の請求について「民間・個人の請求権は含まない」と明言する論評記事を配信した。これまで個人請求権の問題に曖昧な立場を示してきた政府の方針転換を公に示したもの。


 

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