東京電力福島第1原発事故後、安全性の保証をせずに大飯原発3、4号機を再稼働させたとして、福井県の住民らが関西電力に運転差し止めを求めた訴訟で、福井地裁は5月21日、現在定期検査中の2基を「運転してはならない」と命じ、再稼働を認めない判決を言い渡した。
原発差し止め訴訟で住民側が勝訴したのは、金沢地裁が2006年、北陸電力志賀原発2号機の運転停止を命じた判決に次いで2例目。
(2009年
に名古屋高裁で原告逆転敗訴、2010年 最高裁で上告棄却)
今回の判決は地震大国日本における原発の基本の問題を正面から取り上げており、ほとんど全ての原発に当て嵌まり、影響は大きい。
判決内容は以下の通り。
判決全文
前半 http://www.cnic.jp/wp/wp-content/uploads/2014/05/e3ebefe20517ee37fc0628ed32be1df5.pdf
後半 http://www.cnic.jp/wp/wp-content/uploads/2014/05/8d7265da36628587548e25d7db234b7d.pdf
地震が起きた場合、止める、冷やす、閉じ込める(使用済み核燃料)という三つの要請がそろって初めて原発の安全性が保たれる。
大飯原発の欠陥:地震の際の冷やす機能と閉じ込める構造に欠陥がある。
・ 1260ガルを超える地震
「1260ガルを超える地震によってこのシステムは崩壊し、非常用設備ないし予備的手段による補完もほぼ不可能となり、メルトダウンに結びつく。この規模の地震が起きた場合には打つべき有効な手段がほとんどないことは被告において自認しているところである。」
「大飯原発には1260ガルを超える地震は来ないとの確実な科学的根拠に基づく想定は本来的に不可能である。むしろ、我が国において記録された既往最大の震度は岩手宮城内陸地震における4022ガルであり(争いがない)---」
・ 700~1260ガルの場合
関電は、このような地震が炉心損傷に結びつく原因事実になることは自認しているが、これらの事態に対し、有効な手段を打てば、炉心損傷には至らないと主張。
下記の理由で、これは期待できない。
いったんことが起きれば、事態が深刻であればあるほど、それがもたらす混乱と焦燥の中で適切かつ迅速にこれらの措置をとることを原発従業員に求めることはできない。
対応策をとるためにはいかなる事象が起きているのかを把握できていることが前提になるが、この把握自体が極めて困難である。いったん大事故が起これば、その事故現場に立ち入ることができないため事故原因を確定できないままになってしまう可能性が極めて高い。
仮に把握できたとしても、対処すべき事柄は極めて多いことが想定できるのに対し、全交流電源喪失から炉心損傷開始、メルトダウンの開始に至るまで、時間は限られている。
これらの対策は普段からの訓練や試運転にはなじまない。
たとえば空冷式非常用発電装置だけで実際に原子炉を冷却できるかどうかをテストするというようなことは危険すぎてできようはずがない。とるべきとされる防御手段に係わるシステム自体が地震によって破損されることも予想される。
放射性物質が一部でも漏れればその場所には近寄ることさえできなくなる。
大飯原発に通ずる道路は限られており施設外部からの支援も期待できない。
(原発事故で想定通りの対応ができないことを、若杉冽の小説 「原発ホワイトアウト」が描いている。)
過去において、原発施設が基準値振動を超える地震に耐えられたという事実が認められたとしても、同事実は、今後、基準値振動を超える地震が大飯原発に到来しても施設が損傷しないということをなんら根拠づけるものではない。
・ 700ガル以下の場合も施設損壊の恐れはある。
(外部電源と冷却機能維持のための主給水の双方が同時に失われるなど)
ーーー
「この地震大国日本において、基準値振動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しにしかすぎない上、基準値振動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じ得るというのであれば、そこでの危険は、万が一の危険という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。このような施設のあり方は原子力発電所が有する前記の本質的な危険性についてあまりにも楽観的といわざるを得ない。」
注)原子力規制委員会は大飯原発の安全審査で、地震の想定を大幅に見直すよう要求、
関電は基準地震動を856ガルに引き上げた。
使用済み核燃料の危険性
「使用済み核燃料プールにおいては全交流電源喪失から3日を経ずして冠水状態が維持できなくなる。ーーー そのようなものが、堅固な設備によって閉じこめられないままいわばむき出しに近い状態になっているのである。」
「使用済み核燃料を閉じ込めておくための堅固な設備を設けるには膨大な費用を要するということに加え、国民の安全が何よりも優先されるべきであるとの見識に立つのではなく、深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っているといわざるを得ない」
「国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると、本件原発に係わる安全技術及び設備は、万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず、むしろ、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ちうる脆弱なものであると認めざるを得ない」
関電側の、原発停止による「国富の喪失」と「CO2問題」の主張に対しては、以下の通り否定している。
「被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。
我が国における原子力発電への依存率等に照らすと、本件原発の稼動停止によって電力供給が停止し、これに伴って人の生命、身体が危険にさらされるという因果の流れはこれを考慮する必要のない状況であるといえる。
被告の主張においても、本件原発の稼動停止による不都合は電力供給の安定性、コストの問題にとどまっている。
このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。また、被告は、原子力発電所の稼動がCO2(二酸化炭素)排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。」
ーーー
毎日新聞の「風知草」(5月26日)は次の通り述べている。
福井地裁の原発運転差し止め判決の評価は割れているが、原発訴訟史上注目の一幕であることは疑う余地がない。
なぜか。
ふつう、原発訴訟は、原告が負け、被告(電力会社や国)が勝つ。今回もどうせ高裁でひっくり返ると見るのが従来の常識だが、どっこい、3・11 を経て前提が変わっている。
どう変わったか。
裁判官の間にも原発政策への懐疑が生じた。2審の審理にどのくらい時間がかかるか分からないが、高裁判決といえども電力会社の肩を持たない可能性がある。
「しょせん地裁段階」と侮れぬ福井判決のインパクトはそこにある。
従来の原発訴訟判決の指針だった、1992年の伊方原発訴訟最高裁判決の核心をかみ砕いて言えばこうなる。
「安全基準の審査指針は専門家が集まってつくったのだから、よほど明白なミスがない限り、行政の判断を尊重する......」
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原子力規制委員会の田中俊一委員長は、「司法の判断について申し上げることはない。大飯については従来通り、われわれの考え方で審査をしていく」と述べ、安全審査を続ける意向を明らかにした。地震想定については、「科学技術的な知見を踏まえて判断する」と述べ、審査への影響を否定した。
規制委は設立以来、あくまで規制基準をクリアしているかどうかを審査するだけで「再稼働の是非は判断しない」としている。
安倍政権はその日本の基準を「世界で最も厳しい水準」とする。
菅元首相が世界一の根拠を質問主意書でただしたところ、閣議決定した答弁書は、「IAEAや諸外国の規制基準を参考にしながら世界最高水準となるよう策定した」というもので、答えになっていない。
菅元首相が視察したフィンランドのオルキルオト原発3号機は、飛行機の衝突にも耐えられるよう格納容器が二重になっており、メルトダウンに備え、溶けた核燃料を受け止める
コアキャッチャーを入れたという。その結果、建設費は著しく上昇した。
日本はもちろん、いずれもやっていない。コアキャッチャーは中国でさえ導入しているというが、日本では設置義務はない。
原子力規制委員会の「新安全基準骨子案に対するご意見一覧」 には「コアキャッチャーが必要」とする意見が40件ほど載っているが、採用されなかった。
菅氏は「要するに世界一はインチキなんだよ」と喝破する。(毎日新聞 5月28日夕刊)
再稼働には地元の同意を得る必要があるが、今回の判決はこれに影響を与える。
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