アップルを相手取り、下請けの島野製作所が約100億円の賠償を求めていた訴訟で東京地裁は2月15日、「係争をアメリカの裁判所で解決することを定めていた両社の合意は、合意が成立する法的条件を満たしておらず無効」と判断 、国内で審理することを決めた。
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島野製作所は、電源アダプターに使われる「pogo pin」というるコネクタ部分の接触端子の専業メーカー で、2005年からアップルのノートパソコン(Magsafe、Magsafe 2)に接続する電源アダプタ側の端子向けに、単独サプライヤーとして供給してきた。
島野は2012年にアップルから増産要求を受け設備投資を実施したが、直後に取引を急減させられた。
(アップルは島野とは別設計のポゴピンを開発し、別のサプライヤーからMagsafe 2に必要なポゴピンの供給を受けるようになった。)
島野は取引回復を求めたが、納入価格を半額以下にするよう要求され、さらに納入済みの在庫部品についての値下げ分として約159万ドルのリベート支払を求められた。
島野はいずれの要求にも従ったが、2014年8月にアップルを相手に独占禁止法違反と特許権侵害で訴えた。
① 独禁法違反等 リベート支払等に関する損害賠償請求
② 特許権侵害 一部のアップル製品についての販売差止及び損害賠償請求
アップルから依頼を受けて新製品用のピンを開発し、アップルの要求で量産体制を構築した。
ところが、アップルは島野との合意を無視するかたちで、別のサプライヤーに代替ピンを製造させていた。
しかも、これが島野の特許権を侵害していた。取引再開を求めたが、アップルは値下げとリベートを要求した。
リベートは、決済が終わった売却済み製品の値下げの強要で、不当なリベート要求である。これらに伴う開発費や設備投資、アップル向け製造ラインの休止、不当なリベートなどの損害賠償 (約100億円)を求める。
また、特許権侵害の対象であるアップル製品の電源アダプタと、それが同梱されているノートパソコンの日本での販売差し止めも請求する。
これに対しアップルは以下の通り主張した。
島野製作所が侵害を主張する特許権は、アップルの技術者と島野製作所の技術者が共同して発明したものを島野製作所が2011年11月に単独で特許出願したもので、権利が無効である。
新しいポゴピンは別設計であり、島野製作所の特許権を侵害していない。
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裁判では損害賠償請求の審理に先立ち、国際裁判管轄が争われた。
両社が契約時に、「紛争はアップル本社があるカリフォルニア州の裁判所で解決する」と合意していた。
このため、 アップルは「日本での提訴は合意に反し無効」と主張、島野は「合意は独占禁止法が禁じる優越的地位の濫用の下で結ばれたため不当で、国内で審理されるべきだ」などと反論していた。
裁判所の管轄をめぐる判断を示した2月15日の中間判決で、東京地裁の千葉和則裁判長は次のように指摘した 。
裁判管轄の合意は、国際事件であれ国内事件であれ、 片方の当事者が不測の損害を受けることを防ぐため、「一定の法律関係に基づいた訴え」に関して結ばれたものでない限り無効である。
両社の合意は、「契約内容との関係の有無などにかかわらず、あらゆる紛争はカリフォルニア州の裁判所が管轄する 」としか定められていないため、無効。
中間判決への異議申し立てはできず、審理は東京地裁で行われることになる。
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国際裁判管轄を成文法化する民事訴訟法改正案が2012年4月1日から施行された。
- 第3条の7
- 当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる。
- 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
第2項については、次のような解説がされている。
「甲乙間に生じる一切の紛争はXX裁判所を専属的管轄裁判所とする」などの包括的な合意は、被告の利益を損なうので許容されない。
但し、訴えの内容を厳密に特定する必要はなく、「本契約に関連して甲乙間に生じる一切の紛争」といった程度の特定がなされていれば十分である。
アップルと島野の合意は包括的にカリフォルニア州と決めており、民事訴訟法の専門家は「無効との裁判所の判断は納得できる」と話している。
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日本の投資家 9人が米国の資産運用会社「MRI International」に出資金の返還を求めた訴訟で、東京高裁が2014年11月、別の理由で、投資家とMRIが結んだ「すべての紛争は米ネバダ州の裁判所で扱う」とする合意を無効と判断している。
MRI International は米国の「診療報酬請求債権」を巡る事業への投資を呼びかけ、日本人投資家8700人の資産1300億円余りを集めたとされるが、大半を流用した。
一部の投資家が出資金の返還などを求める訴訟を起こしたが、1審の東京地裁は2014年1月、契約書には、「すべての紛争は米ネバダ州の裁判所で扱う」との合意事項があり、日本の裁判所では審理しないとして訴えを退けた。
東京高裁は判決で、(1) MRI は資産運用が行き詰まっていたのに勧誘を続けた、(2) 関東財務局の業務命令後も投資家に必要な説明を怠っている、(3) 米国での審理は原告らに大きな負担になる――ことなどを理由に、「日本での審理を絶つのは不合理で公序良俗に反して許されない」とし、1審判決を取り消し、審理を東京地裁に差し戻した。
MRIは高裁判決を不服として最高裁に上告したが、最高裁は2015年9月1日、棄却・不受理の決定をした。
最高裁の決定により、契約の記載にかかわらず、弁護団が我が国の裁判所においてMRIの責任を追及できることが確定した.別途、米司法省は2015年7月8日、MRIの社長ら3人が詐欺罪などでネバダ州の連邦地裁大陪審に起訴されたと発表した。
この問題に関しては、現在のところ明確な基準となる国際的なルール、システムはいまだ存在しておらず、訴訟が提起された裁判所が自国の法や判例に従って、個別に判断しているのが実情という。
(企業法務ナビ http://www.corporate-legal.jp/ )
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