日本化学会は平成21年度から化学関連の学術あるいは化学技術遺産の中で特に歴史的に高い価値を有する貴重な史料を認定する『化学遺産認定制度』を開始し、これまでの6回で33件をそれぞれ認定・顕彰している。
このほど5件を第7回化学遺産に認定した。これで化学遺産認定は38件となった。
3月26日に日本化学会第96春季年会に合わせ、第10回化学遺産市民公開講座を開催し、内容を紹介する。
実施日 3月26日(土) 9:30-12: 30
会 場 同志社大学京田辺キャンパス 恵道館2階203教室(京都府京田辺市多々羅都谷1-3)
新たに化学遺産に認定されたのは次の5件。
◇「日本の写真化学の始祖<上野彦馬>関連資料」
上野彦馬は、幕末期から明治時代にかけて活躍した日本初の写真家として知られる。
長崎でオランダ語を学び、化学をポンペに師事するなど積極的に知識の蓄積を図る過程で湿板写真の研究に没頭する。
1862年には『舎密局必携』を発表、化学の教科書として明治6,7年頃まで使用された。
銀板写真から湿板写真、乾板写真へと写真技術が進展する中で、常に最先端の技術を習得し日本の写真化学・撮影術の基礎を築いた。
◇「明治期日本の化学の先駆者・化学会初代会長 久原躬弦関係資料」
1877年に東京大学理学部化学科を最初に卒業生した3人のうちの1人。
化学会(現在の日本化学会)初代会長となる。
東京大学教授・第一高等中学校校長などを経て京都帝国大学教授となり、総長にも就任。日本の理論有機化学の草分けとなり、国際学会で活躍した。
◇「野副鐵男の化学遺産 / 非ベンゼン系芳香族化合物資料と化学者サイン帳」
野副鐵男は、台北帝国大学でタイワンヒノキの精油からヒノキチオールと名付けた物質を単離し、1948年帰国後これが不飽和七員環構造を含み、芳香族を示すことを明らかにした。その後、非ベンゼン系芳香族化学という新しい分野を創始し確立した。
野副博士はその発見と構造研究により文化勲章を受章した。
◇「日本の高圧法ポリエチレン工業の発祥を示す資料」
第二次大戦中、海軍は連合国から捕獲した電波兵器の同軸ケーブルの蝋状のポリエチレンをテストした結果、化学薬品に対して非常に安定していると同時に電気的特性が抜群で、なかでも高周波絶縁性が特に優れていることが分かった。そこで海軍は、電気通信試験所、阪大の谷久也・呉祐吉両研究所、京大の児玉信次郎研究室に緊急研究開発を委託した。電気通信試験所はこれの研究員が野口研究所に移ったため、野口研究所に任せた。
(栂野棟彦 「昭和を彩った日本の石油化学工業」)戦時中のポリスチレンの研究については 2011/4/16 塩野香料とポリスチレン
1943年から海軍の委託を受けて野口研究所―日本窒素肥料、京都大学―住友化学工業、大阪大学―三井化学工業の3グループで研究され、1945年1月に日本窒素肥料水俣工場で小規模に工業化された。しかし、同年5月に空爆を受けて設備が完全に破壊された。
戦後、京都大学で研究が再開され、連続中間試験が行われた。その設計図、研究ノート、研究報告書が化学遺産に認定された。
◇「日本の近代的陶磁器産業の発展に貢献したG・ワグネル関係資料」
ドイツ出身のGottfried Wagenerは1881年に東京大学理学部化学科教授となり、渋沢栄一と共同で日本の近代的陶磁器産業の礎となる吾妻焼の窯を築いた。
吾妻焼は「旭焼」と名が改められた。旭焼は、日本画の持つ筆の運びと多彩な色彩における濃淡表現をそのまま損なうことなく、絵付けされた陶器として知られる。
過去の化学遺産
2010/3/18 化学遺産認定 |
第1号 杏雨書屋蔵 宇田川榕菴化学関係資料 |
第2号 上中啓三 アドレナリン実験ノート | |
第3号 具留多味酸(グルタミン酸) 試料 | |
第4号 ルブラン法炭酸ソーダ製造装置塩酸吸収塔 | |
第5号 ビスコース法レーヨン工業の発祥を示す資料 | |
第6号 カザレー式アンモニア合成装置および関連資料 | |
2011/3/17 化学遺産、第二回認定 |
第7号 日本最初の化学講義録 朋百舎密書(ポンペせいみしょ) |
第8号 「化学新書」など日本学士院蔵 川本幸民化学関係資料 | |
第9号 「日本のセルロイド工業の発祥を示す建物および資料」 | |
第10号 日本の板硝子(ガラス)工業の発祥を示す資料 | |
2012/3/17 化学遺産、第三回認定 |
第11号 眞島利行ウルシオール研究関連資料 |
第12号 田丸節郎資料(写真および書簡類) | |
第13号 鈴木梅太郎ビタミンB1発見関係資料 | |
第14号 日本の合成染料工業発祥に関するベンゼン精製装置 | |
第15号 日本初期の塩化ビニル樹脂成形加工品 | |
第16号 日本のビニロン工業の発祥を示す資料 | |
第17号 日本のセメント産業の発祥を示す資料 | |
2013/3/21 化学遺産、第四回認定 |
第18号 小川正孝のニッポニウム発見:明治日本の化学の曙 |
第19号 女性化学者のさきがけ、黒田チカの天然色素研究関連資料 | |
第20号 フィッシャー・トロプシュ法による人造石油に関わる資料 | |
第21号 国産技術によるアンモニア合成(東工試法)の開発とその企業化に関する資料 | |
第22号 日本における塩素酸カリウム電解工業の発祥を示す資料 | |
2014/3/20 第5回化学遺産認定 |
第23号 日本の近代化学の礎を築いた櫻井錠二に関する資料 |
第24号 エフェドリンの発見および女子教育に貢献のあった長井長義関連資料 | |
第25号 旧第五高等学校化学実験場および旧第四高等学校物理化学教室 | |
第26号 化学技術者の先駆け 宇都宮三郎資料 | |
第27号 日本のプラスチック産業の発展を支えたIsoma射出成形機及び金型 | |
第28号 日本初のアルミニウム生産の工業化に関わる資料 | |
2015/3/19 第6回化学遺産 |
第29号 早稲田大学蔵 宇田川榕菴化学関係資料 |
第30号 工業用高圧油脂分解器(オートクレーブ) | |
第31号 日本の工業用アルコール産業の発祥を示す資料 | |
第32号 日本の塗料工業の発祥を示す資料 | |
第33号 日本のナイロン工業の発祥を示す資料 |
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