ヘリコプターマネー

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世界経済の低迷が続くなか、各国とも財政政策も金融政策も限界があることから、ヘリコプターマネーが注目され出した。

1969年に経済学者のMilton Friedmanが発表した概念で、需要喚起のために国民に対し直接紙幣のばら撒きを行う、という考えである。

2003年に"Ben" Bernankeが日本の需要低迷と物価下落への対策として提案した。

2001年3月からの日銀の量的金融緩和政策は中途半端であり、物価がデフレ前の水準に戻るまでお札を刷り続け、さらに日銀が国債を大量に買い上げ、減税財源を引き受けるべきだ。(「日本の金融政策に関する若干の考察」)

紙幣を刷って配る(政府が無利子の永久国債を発行して日銀が引き受ける)ため、実質的に国の債務を増やさずに需要を喚起できる。
但し、カネの価値を暴落させ、ハイパーインフレを招きかねないとされる。


2008年から2013年まで英国の金融行政の監督機関FSA長官を務めたAdair Turner が2015年10月に出版した著書 "Between Debt and the Devil:Money, Credit, and Fixing Global Finance" でヘリコプターマネーの導入を説いている。


日経ビジネスOn Line (2016年5月2日) がインタビュー記事「日本はヘリコプターマネーを本気で検討せよ  英金融サービス機構元長官、アデア・ターナー氏の警鐘」を掲載している。

世界経済の低迷の理由は2つ。需要不足過剰債務の問題に尽きる。
多くの先進国が、金融危機後に抱えた巨額債務の反動で財政規律重視の傾向が強まり、思い切った財政政策を打てず、経済の停滞につながっている。

期待されたのが中央銀行の金融政策だが日本の経験で明らかになったのは、金融緩和策の限界だった。
マイナス金利政策も、個人的には銀行の経営を圧迫 する以上のプラス効果は見込めないと見る。むしろ経済に対する不透明感が高まり、企業が投資を手控えたり、個人がタンス預金を増やしたりと需要喚起とは正反対の状況に陥りかねない。

しかし、まだ施策は残されている。「マネーファイナンス」の導入だ。
マネーファイナンスの最大のポイントは国民に現金を配り、家計を直接刺激することにある。
具体的には、国民の銀行口座に現金を入れたり、あるいは特別な商品券を配布したりする形が考えられるだろう。配布した商品券などには有効期限を設定し、使わないと価値を失う仕組みを作ってもいいだろう。

マネーファイナンスでは、新たに創造するマネーは中央銀行から与えられる。すなわち、国の実質的な債務を増やさずに済む。
減税は結局、将来の増税という形で需要を先食いしているに過ぎないが、マネーファイナンスの場合はそうした懸念もない。消費は間違いなく増え、物価は上昇する。

運用次第でハイパーインフレのリスクは十分管理できる。

日本は過去20年以上、非伝統的金融政策を使っても思うように物価が上がらなかった。意思決定の仕組みが複雑な欧州に比べれば、はるかに実施できるチャンスはある。政府や日銀はあらゆる可能性を排除すべきではない。

池田信夫ブログ(5月3日)「ヘリコプターマネーは日本を救うか」 はこれを取り上げ、黒田総裁の裁量で日銀のオペとして実行できる(国会決議は必要)ので、財政危機を「ハードランディング」させるには、いちばん簡単な方法だとしている。

銀行を通さないで、国民に直接カネを配るのだ。期限つきデビットカードを推薦したい。

「定額給付金」のように数兆円ぐらいでは効果がないので、思い切って100兆円ぐらいばらまいたらどうだろうか。1人80万円だから、車1台ぐらい買える。預金しておくと1年後にはゼロになるので、急いで使うだろう。

これによってGDPが100兆円増えることも確実なので、安倍首相の「名目 GDP 600兆円」も実現できる。

マネタリーベースは一挙に30%ぐらい増えるので、物価は2倍ぐらいになるだろう。

これで政府の実質債務は半減する。
年金生活者の所得は半減し、国民の金融資産も半減するが、その60%は60歳以上がもっているので、世代間格差も解消する。
もちろん財政は破綻し、日本経済はめちゃくちゃになるが、1年たてば正常化するだろう。あの石油ショックで物価が2倍になったときも、5年でもとに戻った。

財政法第5条では、国会の議決を経た場合は日銀による国債引き受けが可能である。

第5条 すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。
但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。

しかし、黒田日本銀行総裁は4月20日の衆院財務金融委員会の日銀半期報告の質疑で、景気刺激策の財源を中央銀行の紙幣増刷で賄う いわゆるヘリコプターマネー政策は「全く考えていない」と述べた。同時に、物価安定目標達成のために必要なら追加緩和を行う姿勢をあらためて示した。

ヘリコプターマネーは金融政策と財政政策を一体的に行うものとの認識を示した上で、財政は政府と議会、金融政策は政府や議会から中立的な中央銀行が行うので、「一体としてやるのは法的枠組みと矛盾する」と指摘。これまでに「具体的に検討したこともない」と重ねて否定した。

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ヘリコプターマネーの導入で本当に需要が喚起されるであろうか。

1999年に地域振興券が配布された。

15歳以下の子供のいる世帯主、老齢福祉年金等々の受給者、生活保護の被保護者等、満65歳以上で市町村民税の非課税者等を対象に、
財源を国が全額補助することで日本全国の市区町村が発行し、
地域振興券を1人2万円分、総額6,194億円を贈与という形で交付した。

交付開始日から6ヶ月間有効で原則として発行元の市区町村内のみで使用でき、
釣り銭を出すことが禁止され、額面以上の買い物をすることを推奨した。

内閣府経済社会総合研究所は2002年4月にこの効果を分析したレポート 「地域振興券の消費刺激効果」 を出している。

個票データに基づく推計結果を見ると、地域振興券はその配布時点において半耐久財、とりわけアパレル品等、を中心に消費を拡大させ、振興券配布月内で評価した限界消費性向は0.2~0.3 程度であった。

(経済企画庁は振興券を受け取った中の9,000世帯に対してアンケート調査を行い、振興券によって増えた消費は振興券使用額の32%であったとしている。)

一方、地域振興券の消費刺激効果は時間とともに減衰し、最終的な限界消費性向は0.1に低下している。これは、一旦拡大した半耐久財の消費が異時間代替の形でその後若干減少したことによる。

保有資産が少ない世帯ほど振興券受領に応じ消費を拡大する傾向が見られた。

まず、受け取ったカネの7割~8割が貯蓄に回された。(振興券がなくても行われた消費に使われる場合、本来使うはずのカネは貯蓄に回る)
また、消費のうち、半耐久財の場合は将来需要の先食いが含まれ、翌年以降の需要が減少する。

この結果、ネット需要増は配布されたカネの1割だけとなり、非常に効率が悪いことが分かった。

カネがないから消費できない人には有効だが、実際には、カネがないから消費しないのではなく、欲しいものが無いから、または将来に不安があるから消費しない人が多いのが現状で、ヘリコプターマネーの大半は貯蓄に回るであろう。
期限付きの商品券を配るとしても、その使用によって、本来使うはずのカネが貯蓄に回れば消費は増えない。

金額が大幅に増えても同じであろう。



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