米ニューヨークの不妊治療病院の医師らが遺伝的な難病の治療を目的に、3人の遺伝子を持つ子供を誕生させていたことが明らかになった。
Fertility & Sterility誌(2016年10月号)が研究サマリーを発表した。
10月に米ユタ州で開く同学会の会合で治療の詳細を発表する。
New Scientist 誌が9月27日号で最初にこれを報じ、9月28日号で本件についての質疑応答を掲載している。
Exclusive: World's first baby born with new "3 parent" technique
担当したのはNew York のNew Hope Fertility Center のJ. Zhang らで、米国では認められていない治療のため、規制が未整備なメキシコで実施した。
法的には英国のみで認められているが、実際に子供が生まれたのは初めてで、米生殖医学会の会長は「生殖医学にとって重要な進展だ」とする声明を発表した。
しかし、今後、生命倫理などを巡って議論を呼ぶとみられる。
両親はヨルダン人で、母親には「Leigh 症候群」という遺伝する神経系障害があり、これまで流産をくり返していたほか、出産した2人の子供を亡くしていた。
原因遺伝子は細胞の中のミトコンドリアのDNAに存在するため、母親の卵子の核だけを別の女性の核を除いた卵子に移植し、父親の精子と受精させ、母親の体内に戻した。
4月に生まれた男児は、核は両親のDNA、ミトコンドリアは提供者の女性のDNAを受け継いだ。
通常は母親のミトコンドリアのDNAを受け継ぐが、母親の 卵子の核だけを移植して受精したため、提供者のDNAを受け継ぐ。
生まれた子供の健康状態は良好という。
付記
New Scientist 誌は10月10日、同じ手術がウクライナのキエフのClinic of Reproductive Medicineで実施されたことを報じた。
米国の場合は、女性のミトコンドリアに遺伝的異常があるためであったが、ウクライナの場合は不妊治療のためである。
世界で唯一、手術を認めている英国の場合は、遺伝的な病気を避けるためのみ、認められている。
体外受精の場合、胚が2細胞期に発達が止まることがある。
Clinic では、卵子の細胞質のなかに異常があると考え、核を他の女性の核と入れ替えることで、問題解決を図った。
2例が成功しており、現在、胎児が26週間目(女の子)と20週目(男の子)に入っている。
今週、 New YorkのAmerican Reproductive Technology Congress で発表する。
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ミトコンドリア(mitochondrion、複数形がmitochondria)は真核生物の細胞小器官だが、エネルギーの生産を担当している。
生命体のエネルギーの元は太陽光の光エネルギーである。
植物の葉緑体が光合成により、水+CO2+光エネルギーを、ぶどう糖(化学エネルギー)+O2に変換する。
生物は外部から取り込んだ栄養素のブドウ糖を酸素で二酸化炭素と水に分解し、発生した化学エネルギーをATP(アデノシン3リン酸)に変換、ATPが分解されてADP(アデノシン2リン酸)になるときに生じるエネルギーが生命活動に使われる。
これを行うのがミトコンドリアである。
ミトコンドリアの遺伝子は、核に含まれる遺伝子と全く別ものである。
核のDNAは両親から引き継ぐが、ミトコンドリアのmtDNAは常に母性遺伝する。
このため、上図の通り、核のDNAは母親と父親から引継ぎ、ミトコンドリアのmtDNAは別の女性から引き継ぐため、3人のDNAを持つこととなる。
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ミトコンドリアの遺伝子が核に含まれる遺伝子とは別であるのは、真核生物の発生期に、ミトコンドリアの祖先となる原核生物が共生したためである。
1967年に ボストン大学の Lynn Margulis が『有糸分裂する真核細胞の起源』(The Origin of Mitosing Eukaryotic Cells)を発表した。
地球に酸素のない時代に DNAを持つ原核生物が誕生した。
原核生物には核がなく、DNAは細胞質のなかにあった。
その後、3つのタイプの原核生物が生まれた。
原始真核生物(下図のA)、葉緑体の祖先となる原核生物(B)、ミトコンドリアの祖先となる原核生物(C)である。
原始真核生物(A)は、細胞を覆う細胞膜を変化させるなどで、核膜をつくり、DNAをそのなかに確保し、真核生物に進化した。
葉緑体の祖先となる原核生物(B)は光合成能力を持ち、二酸化炭素と水と太陽光でブドウ糖と酸素をつくった。
ミトコンドリアの祖先となる原核生物(C)は、発生した酸素を利用し、ブドウ糖を二酸化炭素と水に分解、化学エネルギーをATPの化学エネルギーに変換した。
原核生物は核がなく、DNAを細胞質に持つため、酸素によって DNAが酸化し、ボロボロになる。
このため、元の原核生物は死に絶えるか、酸素の少ない地下へ潜ったとみられる。ミトコンドリアの祖先となる原核生物(C)にとっても、 酸素を利用はするが、活性酸素により細胞質にあるDNA が破壊される危険が生じた。
このためミトコンドリアは、核を持つ原始真核生物(A)に寄生し、遺伝情報の大部分を活性酸素の害が及ばない真核生物の核のなかに避難させた。
(大部分が真核生物のDNAに組み込まれ、一部がmtDNA として残った。両方のDNAが連携して働いている。)一方、原始真核生物(A)にとっては、ミトコンドリアを取り込むことで、有害な酸素を処理できると同時に、生命エネルギーの生産を行うことで生存が可能となり、 真核生物として進化した。
植物の祖先は、ミトコンドリアとの共生後、光合成をする原核生物 (B)を取り込んで葉緑体とした。 葉緑体 (Chloroplast)も独自のDNA(cpDNA)を持つ。
林 純一 「ミトコンドリア・ミステリー」より一部補正
以上により、核に含まれるDNAのほかに、これとは別のミトコンドリアの mtDNA が存在することとなった。
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