イタリア国民投票、憲法改正を否決

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イタリアでは、第2次世界大戦後の1948年に施行した憲法によって、上院と下院が完全に対等な力を持っている。

ファシスト政権を生んだ戦時の反省から、政党の暴走を抑止するために設計された仕組みだが、法案の審議に時間がかかり過ぎることが欠点とされてきた。

マッテオ・レンツィ首相は、これが政策運営を進めにくくしている構造的な要因だと考え 、改革に取り組んだ。

まず、2015年5月に下院新選挙法を成立させ、2016年7月に施行された。

下院は比例代表制で、「プレミアム議席制度」がある。

第一回投票で最も多くの得票を得た第一党に、得票に関係なく、全630議席の54%に相当する340の「プレミアム議席」が与えられる。(40%の最低得票率を超える政党がない場合は上位2党で決戦投票を行う。)

残りのうち、277議席は2位以下の政党及び政党連合に比例配分する。
他の12議席は国外在住者選挙区定数で、残り1議席は有効投票の最多数を獲得した候補者を当選人とする。


これまでは、プレミアム議席制度は複数の政党が組んだ政党連合にも及ぶため、プレミアム議席を狙って、政策的な主張が一致しない党とも政党連合を組む現象が起こり、連立政権がまとまらず、政権の不安定化を招いてきた。

改正で、プレミアム議席(340議席)の配分先から政党連立が除外され、第一党のみが配分対象となる。 第一党は議席の過半数を握り、政策を進めやすくなる。

憲法改正は上院の改革で、上院と下院が対等である現在よりも、上院の権限を大幅に縮小する一方で下院の力を高める仕組みを構築しようと いうものである。

・ 上院の立法権限を制限し、憲法改正など一部の例外を除き、法案成立に上院の議決を必要としない。
・ 上院は下院が可決した法案の修正を求めることが出来るが、下院がこれに従う義務はない。
・ 政権発足時の内閣信任投票は下院のみで必要となり、上院で信任投票は行われない。
・ 上院が内閣不信任動議を提出することはできない。
・ 終身議員を除いた上院の定数を、現在の315人から100人に削減する。うち95人は地方議会によって選出され、5人は大統領が指名する任期7年の議員。

これにより、上院を諮問機関的な役割を担うものに変更し、実質的な一院制にする。

7月に施行された改正選挙法で最大政党が「ボーナス議席」を得て過半数を確保できるようになったのと併せ、レンツィ氏の政治制度改革が実現することになる。

首相は憲法改正が実現した場合、法案成立のスピードは大幅にアップし、さらに年間5億ユーロほどのコスト削減が可能になると訴えていた。

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本来、政治改革の是非を問うはずだった国民投票は、首相の「負けたら退陣」発言でレンツィ政権発足後の2年間の成果に対する信任投票の意味合いを帯びてしまった。

イタリア国民の多くは、レンツィ首相の政策によって景気が回復したという実感に乏しく、中東やアフリカ地域からの移民が増え続けるなど、イタリアの課題を何も解決していないと考える人が多い。

イタリアの憲法改正の是非を問う国民投票は12月4日開票され、改正案は賛成 40.89%、反対 59.11% で否決された。

これを受けて、改憲を推進していたマッテオ・レンツィ首相は引責辞任すると表明した。

野党の決定的な勝利で、主導したのは共通通貨ユーロからの離脱も主張する大衆主義的な「五つ星運動」である。
「五つ星運動」は、次の総選挙での勝利と、EUとの関係見直しを目指すとしており、政権獲得の準備に着手した。

党名の「五つ星運動」は社会が守り抜くべき5つの概念で、水資源 (public water)、持続可能性な発展 (sustainable development) 、持続可能な交通 (sustainable transport)、環境主義 (environmentalism) 、インターネット社会 (right to Internet access) を指す。

今後、EUに懐疑的な政党が躍進した場合、EUの混乱はさらに広がるのではないか、との懸念が生じた。

イタリアには、金融機関の不良債権問題もある。

イタリア銀行3位のモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行 は7月に経営再建策を発表した。

モンテ・パスキは年末までに50億ユーロを調達する必要があるが、政治不安から見通しがついていない。憲法改正案が否決され、首相が辞意を表明したことから政治的不透明感が高まり、資金調達が難しくなった。

公的資金の投入が必至だが、EUのルールが障害となる。

金融危機を受け、EUでユーロを使う国々は各国でばらばらだった金融行政を一元化する「銀行同盟」を進めた。
銀行の破綻処理のルールも1月から施行し、まず銀行の債券などを持つ投資家に一定の割合の損失を負わせることにし、公的資金の利用を制限する仕組みにした。

しかし、イタリアでは銀行の債権者に個人投資家も多いため(個人が銀行債を預金に近い感覚で購入している)、このルールを適用すれば反発を招くおそれがある。 
個人投資家は20億ユーロに上る劣後債を保有している。

2016/8/1 欧州銀行監督機構の欧州の銀行の健全性審査とMonte dei Paschi 銀行の再建策

暫定首相が指名されると、国がいくら拠出し、投資家(特に劣後債の保有者)がどの程度の損失を負担するか、といった最終的な救済策の詳細について議論が始まるとみられる。

付記 

モンテ・パスキは12月7日、救済計画の完了期限を3週間延長し2017年1月20日とするよう要請したが、ECBの監督委員会は12月9日の会合でこの要請を拒否した。延期することで得られる効果はほとんどなく、イタリア政府が介入する時期に来ていると判断した。



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