富士フイルムグループのジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)は2月20日、関西医科大学より、先天性巨大色素性母斑を対象とした新たな臨床研究に用いる母斑組織の高圧処理を受託すると発表した。患者の表皮の自家培養も行う。
「先天性巨大色素性母斑」は、生まれつき、顔や手のひらなどに生じる大きなホクロで、一般的に大人になった段階で直径20cm以上になる。色素性母斑は悪性黒色腫 や有棘細胞癌などの悪性腫瘍ができやすくなる。巨大色素性母斑の悪性黒色腫の発生頻度については4.5%から10%とされる。
巨大母斑の治療は、2、3回に分けて切除する分割切除術や組織拡張器(シリコンでできたバック)を皮下に埋入し、数ヶ月かけて皮膚を拡張させた皮膚を用いて再建を行う方法、患者の皮膚を採取し移植する植皮手術、レーザー治療などが行われる。しかし、大きな手術侵襲(身体的負担)があり、母斑切除部の長い傷跡、皮膚採取部位の傷跡ができる、などの問題がある。
関西医科大学形成外科学講座の森本尚樹講師(現在 准教授)らの研究グループは2015年12月7日、これまで治療が困難だった先天性巨大色素性母斑に対する皮膚再生治療を開始すると発表した。
再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく第2種分野の臨床研究で、開催医科大学倫理委員会の承認と京都大学特定再生医療等委員会の審査が終了したことから、臨床研究を開始するもの。
この研究のポイントは次の通り。
- 腫瘍細胞を含む母斑皮膚を高圧処理(2000気圧、10分間)で死滅処理した後に再移植し、培養細胞と組み合わせて皮膚を再生する。
- 残留毒性が懸念される薬品を用いない物理的な処理方法であり、高い安全性が確保できる。
- 腫瘍組織を死滅処理し、破棄することなく皮膚再生に再利用する世界初の治療法。
- 母斑が大きくて手術をしていない患者、何度も手術したが母斑が残存している患者でも比較的小さな侵襲で実施できる。
真皮の中に母斑細胞といわれる細胞が存在し、色素性母斑は母斑細胞がメラニン色素を産生するために生じる。先天性巨大色素母斑は産まれた時から存在する大きな色素性母斑で ある。
表皮は表面の薄い膜、真皮は強度を保つ結合組織で、表皮は真皮のないところには形成されない。
表皮は自家培養で再生できるが、真皮は再生方法が確立されていない。
母斑組織を比較的低い2,000気圧で10分間処理する。これにより、皮膚の主要成分であるコラーゲンなどを損傷することなく自然のまま残し、母斑細胞などの細胞を完全に死滅させることに成功した。
過去の実験で、高圧処理した母班からは母斑が再発しないこと、高圧処理済みの母斑を患者に移植するとうまく適合し、培養表皮を組み合わせることで患者自身の皮膚を再生できることを確認している。
1回目の手術で、母斑を切除し、高圧処理し、処理した母斑を患者に再移植する。
- 別途、患者の正常皮膚を採取し、J-TECで培養してシート状の自家培養表皮(製品名:ジェイス)にする。
ジェイスは、日本初の細胞使用製品として2007年10月に国から承認を受け、重篤な広範囲熱傷のみに使用可能(保険適用)となっている。体表全体を覆うくらいの大きさの培養表皮が作成できるが、真皮がない部分には生着しない。
2回目の手術では、1回目の手術から4週間後(2~6週間後)に、生着した母斑(真皮に相当)の上に自家培養表皮を移植する。
下部の皮下組織から繊維芽組織や血管が侵入する。メラニン色素を生成していた母斑細胞は消えている。
臨床研究開始時点では、高圧処理は大学で行い、自家培養表皮の作成をJ-TECに委託するとしていた。
今回のJ-TEC発表では、高圧処理についてもJ-TECで行う。
関西医科大学で採取された患者の組織(母斑皮膚および切手大の正常皮膚)は、J-TECへ輸送され、母斑皮膚を高圧処理(2000気圧、10分間)で不活化し、また、約3~4週間かけて自家培養表皮「ジェイス」を製造し、関西医科大学へ届ける。
J-TECでは、本臨床研究に用いる高圧処理した母斑組織のみならず、「ジェイス」 や自家培養軟骨「ジャック」のさらなる普及を図るとともに、細胞培養をはじめとする受託を通じて臨床研究や臨床試験、再生医療等製品の製造をサポートし、患者の生活の質(QOL)の向上に寄与することを目指すとしている。
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