New York のU.S. District Courtでの9.11同時多発テロの犠牲者遺族等がサウジアラビア政府に賠償金を求めている裁判で、サウジ政府は、サウジ当局の共謀の証拠はないとして訴えの却下を求めていた。
George Daniels判事は3月28日、サウジ政府のこの要求を却下した。
判事は、原告側の訴えは 2016年の「テロ支援者制裁法(Justice Against Sponsors of Terrorism Act =JASTA」の下で、この裁判所が 裁判を進めるための合理的根拠を、かろうじて明確にすることができた("narrowly articulate a reasonable basis" for him to proceed )と述べ、裁判の管轄権があるとして、裁判を進めることとした。
この訴訟は、サウジ政府が9.11攻撃を行ったハイジャッカーを事情を知りながら支援したとし、また、政府が関与する慈善団体の寄付によりal-Qaedaが勢力を高める原因となったとして、数十億ドルの賠償を求めている。
原告側の弁護士は、ワシントンのサウジ大使館の館員の数名が攻撃を実行したメンバーの支援をしていたとする証拠を提出した。
問題の慈善団体「ボスニア・ヘルツェゴヴィナ援助のためのサウジアラビア最高委員会」は、1993年に サウジのSalman王子(第7代・現国王)により設立され、当時のFahd 国王(第5代)に支持された公益財団で 、2001年に解体されるまでにユーゴスラビア紛争の被害を受けたボスニアのイスラム教徒に対して6億ドルの支援を行ったとされている。
後にサラエヴォのアメリカ大使館への攻撃を企てたとしてグアンタナモ湾収容キャンプに拘留された6名のアルジェリア人のうちの2名がこの慈善団体に雇われていたことが分かっている。
更に、サウジの2つの銀行、National Commercial Bank とAl Rajhi Bank、および bin Laden一家が支配する建築会社Saudi Binladin Group も攻撃に資金面で支援したとして訴えている。
ーーー
米国には、テロリズム支援国以外には法的免除を与えた1976年の外国主権免責法(Foreign Sovereign Immunities Act :FSIA)がある。
9.11同時テロではテロ実行犯19人のうち15人がサウジ国籍だった。
同時テロの遺族はサウジ政府を連邦裁判所に提訴したが、外国政府の免責特権を理由に審理されなかった。
このため、2016年に同時テロに関与した外国政府への損害賠償請求を可能にする法案「テロ支援者制裁法(Justice Against Sponsors of Terrorism Act (JASTA)」が提出され、上院は5月17日に全会一致で、下院は9.11 直前の9月9日に賛成多数で可決した。
テロリストグループに関与した疑いのあるサウジアラビアおよびその他の国が、アメリカの裁判所で法的免除を行使することを禁じる内容で、1976年の外国主権免責法を超越する法案である。
Hillary Clinton とDonald Trump の両大統領候補もこれを支持した。
オバマ大統領は拒否権を発動したが、これを受け、米上下院は9月28日、上院は 97対1、下院は 348 対77 の賛成多数で再可決し、拒否権を覆して法案は成立した。
サウジのジュベイル外相は、裁判で多額の賠償を命じられて在米資産が接収されるのを防ぐためには米国債その他のドル建て資産を売却せざるを得なくなる、と米議会に警告した。法案が成立すれば、サウジは最大で7500億ドルのドル建て資産を手放すことを余儀なくされるという。
オバマ大統領は、これを「過ち」とし、海外にいる外交官や米兵などは今は国家主権による免責特権で守られているが、今回の法成立を受けて、彼らの行動について外国の市民が米国に法的責任を問うようになるかもしれないと指摘した。
CIA長官は、これにより最も失うのは米国であり、CIA が最大のリスクを負うと述べた。また、サウジはテロ攻撃を防ぐための情報を最も提供している国であり、この法律がテロ対策での米国との関係に悪影響を与えるのは"absolute shame"であると述べた。
2016/10/1 米同時テロ遺族のサウジ提訴法案、大統領拒否権を覆し成立
今回のGeorge Daniels判事の判断は、このテロ支援者制裁法に基づき、「かろうじて」サウジ政府を被告とする裁判を続行するというものである。
サウジ政府の事件への関与があったかどうかは今後の裁判の進行による。
サウジ政府はこれまで、サウジ市民が攻撃に関与していたという証拠を原告側が証明できる筈がないと主張している。
しかし原告側弁護士は、今後の「Discovery手続」により証拠を開示させ、真実が明らかになり、サウジの役割を証明できるとしている。
サウジの2つの銀行とSaudi Binladin Group への訴えについては、判事は管轄権を持たないとして却下した。
慈善団体「ボスニア・ヘルツェゴヴィナ援助のためのサウジアラビア最高委員会」についても、原告側の「連座での有罪」という主張を却下した。
ーーー
裁判はこれからで、紆余曲折が予想される。仮に有罪の可能性が出てきた場合、サウジ政府の対応が問題である。
テロ支援者制裁法の制定時のオバマ政権の懸念(米国の免責特権の制限)や、サウジによる米国債や在米資産の売却、ドル建て石油取引(PetroDollar体制)の変更など、影響は大きい。
PetroDollar体制:
1971年8月15日、ニクソン大統領は、ドルと金の交換を停止した。
ニクソンはキッシンジャーをサウジに派遣し、以下の交渉を行わせた。
・米はサウジを防衛する。どんな兵器も売る。サウジ王家を未来永劫に保護する。
・見返りに ①サウジの石油販売を全てドル建てにする。②サウジの貿易黒字で米国財務省証券を購入する。
サウジはこれを受け入れ、1974年に調印された。
その後、OPECの他のメンバーもドル建て取引を採用し、ドルが世界通貨となった。2015/8/10 "The Colder War"
コメントする