世界貿易機関(WTO)は4月11日、韓国による水産物の輸入禁止は不当として日本が提訴している問題で、韓国の措置を妥当とする最終判決を下した。
韓国は2011年3月の福島第一原発の事故後、放射性物質の漏出を理由に福島や岩手など8県産の水産物の輸入を禁止、さらに水産物以外の日本産食品の検査を強化するなど段階的に規制を広げた。
日本は科学的根拠がないとして撤回を求めたが、韓国が拒否したため、2015年にWTOに提訴した。
第一審にあたるパネルは2018年2月、輸入禁止は不当な差別として韓国に是正を勧告した。
韓国はこの判決を不服として上訴した。
日本政府は勝訴を確信しており、逆に韓国は敗訴を覚悟し、対応を検討していた。
しかし、今回の最終判決はパネルの判決を覆した。
WTOの紛争処理は二審制のため「最終審」の判断となる。上級委の判断は30日以内にWTOで正式に採択され、確定する。
韓国が禁輸を是正する必要はなく、日本が韓国に対し関税引き上げなどの対抗措置を取ることもできない。
原発事故後、多くの国が日本産食品の輸入を規制した。一時は最大54カ国・地域にのぼり、2019年3月時点でもアジアを中心に23カ国・地域が規制を続けている。
特に中国は東京や千葉、福島などのすべての食品の輸入を停止するなど、厳しい措置を取っている。
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韓国の日本産品に対する輸入制限は次の通り。
対象県 | 対象産品 | |||
2011 | 追加テスト要件 | 全都道府県 | 全農水産物、加工食品、食品添加物、健康食品 | 出荷毎に、日本輸出前、韓国輸入時、韓国販売時にそれぞれセシウム含有量を計測し、一定量以上なら追加的に他の放射線核種の試験を課すか、あるいは輸入を禁止する。 2013年に対象産品を追加し、一部基準値を厳格化した。 |
2013 | 全水産物および畜産物 | |||
2012 | 産品別 禁輸 |
福島 | スケトウダラ | 後に2013年分に吸収 |
青森、岩手、宮城、福島、茨城 | マダラ | |||
2013 | 青森、岩手、宮城、福島、栃木、群馬、茨城、千葉 | 水産物28種類(スケトウダラ、マダラ、キンメダイ、イワシ、クロマグロ、ホタテ等) |
WTO協定附属書IAの衛生植物検疫(SPS)協定では次の通りとしている。
十分な科学的根拠を有し、適正な危険評価に基づく措置の導入を求める(2条2項、5条1項)。
その措置も国際貿易に対する不当な差別や偽装した制限となってはならず、不必要に貿易制限的であってもならない(2条3項、5条5項・6項)。科学的証拠が不十分な場合でも、(2条3項の科学的証拠の要求の例外として)暫定的なSPS措置を取ることを許す(5条7項)。
我が国は事故直後の2011年4月の日中韓貿易相会合で解除を要請し、WTOでも2013年10月以来累次のSPS委員会で撤回要求を行なったが、解決を見なかった。
2015 年5月に本件をWTO紛争解決手続へ付託し、一連の措置のSPS協定違反を主張した。
第一審と第二審の判断の概要は以下の通り。
1) 暫定的なSPS措置かどうか(5条7項)
第一審
海洋へのセシウムやヨウ素の流出が確認でき、対象産品の放射線含有の危険性を評価するのに十分な科学的証拠が揃っていた。
韓国は全ての措置についてその後追加的な情報に基づく見直しを行わなかった。
従って、韓国の措置は暫定措置ではない。
第二審:無効
日韓双方とも、5条7項を取り上げていない。一審判断は付託された問題を検討するパネルの責務を踰越しており、無効。
2) 貿易制限的かどうか(5条6項)
5条6項は、「適切な保護の水準(ALOP)」を達成するために必要な以上に貿易制限的であってはならないと定める。
韓国はこれを、食品摂取の1人あたり線量1mSv/年を上限としつつ、合理的に達成可能な出来るかぎり最低限の水準、と主張した。
日本は、代替措置としてセシウム含有100bq/㌕超の産品を排除すれば、セシウムおよびその他放射性核種による汚染につき韓国のALOP (1mSv/年)を達成できるので、韓国の措置は必要以上に貿易制限的であると主張した。
第一審:貿易制限的である。
韓国の「合理的に達成可能な出来るかぎり最低限の水準」はALOPとしては不明確であるとし、措置の内容や各種証拠から1mSv/年を韓国のALOPと認定した。
2013年以降日本産品のセシウム含有が100bq/㌕を超えることは皆無であり、また以後著しく減少していることを認め、更にセシウムがその水準であれば韓国が懸念するストロンチウムおよびプルトニウム含有もコーデック基準値以下の安全なレベルと推定する日本の手法も統計上合理的であると認定した。
実際に福島で食べられている食事あるいは全て日本産海産物を使用した食事を食べ続けると仮定する慎重な評価手法に従っても、韓国のALOP(線量1mSv/年)は達成可能であるとも認定した。
この代替措置は経済的・技術的に実行可能である。
このような代替措置がある以上、少なくとも2013年以降韓国の一連の措置はSPS協定5条6項に反して必要以上に貿易制限的である。
第二審:第一審判断破棄
韓国のALOPが「①通常の環境における食品の放射能レベルに維持すること、よって②1mSv/年を上限として、③合理的に達成可能なできるかぎり最低限に食品の放射能汚染を維持すること」と認める。
第一審は②のみに焦点を当てている。
日本が提案する代替措置(セシウム100Bq/㎏以上の食品のみ輸入制限、これで1人当たり年間被ばく量を1mSv/年以下にできる水準)が韓国の複合的なALOPを達成できるか否かを検討する責務があるが、代替措置が1mSv/年を著しく下回る被ばく量を達成できる、としか判断しなかった。
5条6項においてALOPの設定はSPS措置を取る加盟国の専権でもあり義務でもある。
ALOPは必ずしも定量的な基準でなくともよいが、SPS協定の適用を妨げないように、十分に詳細に定められなければならない。加盟国による提示と実際の措置に反映されるALOPが異なる場合、証拠に基づき理由を示してALOPを決定する必要があるが、その点を判断していない。
以上のことからパネルの判断を破棄する。
3) 韓国の措置は日本産水産物に対して差別的か (2条3項)
第一審:差別的である
過去の大規模放射線事故(たとえば1986年のチェルノブイリ原発事故)によって放出され、半減期が長いセシウムやストロンチウムが世界に広く残留しており、依然として全世界で食品汚染の可能性があった。
その汚染レベルは2013年以降の日本産食品と変わらない。しかるに韓国は日本産品にのみ禁輸や追加的な検査を要求している。
日本産品の非常に低い放射線量に鑑みて、この差別には食品中の基準値以上の放射性核種から韓国民を守る規制目的と合理的に関係が見出せない。
第二審:第一審判断破棄
「同一又は同様の条件の下にある加盟国の間」の差別を証明する2条3項の下では、関連する「条件」を特定しなければならない。
第一審は、発生源に近いところでのより大きな汚染の可能性や、特定の放射性放出事故が地域的・漸進的な潜在的食品汚染に帰結することなどを認定した。
にもかかわらず、こうした潜在的に食品汚染に影響する他の領域的条件に関する認定と一致させることなく、食品中の実際の汚染水準だけに依拠した。
以上の通り、第二審は、第一審の判断の論理構成を問題とし、その判断を否定した。上級委員会は法律審である。
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菅義偉官房長官は4月12日の記者会見で「敗訴の指摘は当たらない」と強調した。
理由として、上級委が日本産食品の安全性に触れていないため「日本産食品は科学的に安全であり、韓国の安全基準を十分クリアするとの一審の事実認定は維持されている」ことを挙げた。
しかし、実際には第一審の報告書には「日本産食品は科学的に安全」との記載はなかった。
「韓国の安全基準を十分クリア」についても、第一審は「日本は、代替措置としてセシウム含有100bq/㌕超の産品を排除すれば、セシウムおよびその他放射性核種による汚染につき韓国のALOPを達成できる」とし、貿易制限的としたが、第二審はこの判断を破棄している。
経産省所管の「経済産業研究所」の川瀬剛志ファカルティフェローは本件をまとめた論文「韓国・放射性核種輸入制限事件再訪ーWTO上級委員会報告を受けてー」を発表した。
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