東大大学院工学系研究科は4月25日、西林仁昭教授らの研究グループが、常温・常圧の温和な反応条件下で窒素ガスと水からアンモニアを合成する世界初の反応の開発に成功したと発表した。
モリブデン触媒を用い、窒素ガスおよびプロトン(H+)源として水、還元剤としてヨウ化サマリウムを用いることで、常温・常圧の反応条件下で世界最高の触媒活性を達成した。
窒素は生体分子、薬、化学工業製品などさまざまな化合物に含まれる重要な元素の一つである が、窒素ガスは極めて反応性が乏しいため、まずアンモニアなど利用が容易な含窒素分子に変換する必要がある。
最近、アンモニアは水素エネルギーキャリアとしても注目されている。(後述)
現在、アンモニアはHaber-Bosch 法により、窒素ガスと水素ガスから工業的に合成されている。
しかし、高温・高圧の過酷な反応条件(使用されてい る鉄系触媒では約400~500°Cかつ14~30MPaと、高温・高圧下での反応が求めらる)に加え、原料となる水素ガスが化石燃料由来であり、 大量のCO2を発生させ、水素ガスの製造には多大なエネルギーを消費する 。
Haber-Bosch 法の高温・高圧下での反応という問題と、化石燃料由来による大量のCO2発生の問題を解決する方法としては下記の発表がある。
日揮は2018年10月19日 、日揮と産業技術総合研究所が再生可能エネルギーによる水の電気分解で製造した水素を原料とするアンモニアの合成、および合成したアンモニアを燃料としたガスタービンによる発電に世界で初めて成功したと発表した。
今回新たに開発したルテニウム触媒で、約400°Cかつ5MPaの低温・低圧下でのアンモニアの合成が可能となった。 (但し、Haber-Bosch 法より低温といっても約400℃である)
希土類酸化物を担体に用いることが特徴で、すでに工業化されている炭素系担体を用いたルテニウム触媒にくらべて安定性に優れている。
これに対し、今回の研究グループは、水素ガスに代えて水などの豊富に存在し、安価で安全な水素源を利用して、温和な条件下でアンモニアを合成する次世代型のアンモニア合成方法の開発 を進めた。
自然界ではニトロゲナーゼと呼ばれる窒素固定酵素が常温・常圧という温和な反応条件下で、水由来の水素源を利用して窒素ガスをアンモニアへと変換していることが知られている。
マメ科植物の根粒菌などがニトロゲナーゼと呼ばれる窒素固定酵素を持っており、水と空気中の窒素ガスからアンモニアへの変換反応を 行っている。
この酵素の活性中心部位には、モリブデンや鉄といった金属元素が含まれている。
このニトロゲナーゼの活性中心を模倣した金属触媒を用い、温和な反応条件下で進行する窒素ガスの変換反応 が研究されている。
本研究グループは、
有機合成化学反応で広く用いられているヨウ化サマリウム(SmI2)を還元剤として、
アルコールや水をプロトン源として組み合わせた場合に、
常温・常圧という温和な反応条件下、
これまで開発してきたモリブデン錯体を分子触媒として利用すると、極めて速やかに触媒的アンモニア生成反応が進行することを発見した。
◆常温・常圧の温和な反応条件下で窒素ガスと豊富で安価、安全な水からアンモニアを合成する反応の開発に世界で初めて成功した。
◆モリブデン触媒を用いて、非常に高い活性及び速度でアンモニア合成反応が進行することを発見した。
◆本研究成果は、持続可能な社会を構築する上で重要な、省エネルギーで二酸化炭素の排出量が少ない次世代型アンモニア合成反応開発の指針となることが期待される。
本研究成果は、2019年4月24日のNatureで公開された。
Molybdenum-catalysed ammonia production with samarium diiodide and alcohols or water
NatureにはPrinceton Universityの2人の教授による解説論文も掲載され ている。(by Máté J. Bezdek & Paul J. Chirik, )
A fresh approach to synthesizing ammonia from air and water
そのコメント:
この方法は実用化にはいろいろ問題(ヨウ化サマリウム の大量の廃棄物の処理、水溶液からのNH3分離にエネルギーを要する、ケミカル過電圧の問題等)があるが、今後に期待できる。
ヨウ化サマリウムの代替品(サマリウムよりも豊富なメタルベース)の検討をしてはどうか。
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現在、アンモニアは水素エネルギーキャリアとしても注目されている。
日本は一次エネルギーの90%を化石燃料に依存しており、今後、CO2を排出しないエネルギーに転換する必要がある。
世界には無尽蔵の太陽、風力エネルギー等の再エネがあり、これを使って水を水素という化学エネルギーに変換し、輸送すれば解決する。
水素そのものは大量に輸送、貯蔵するのは難しいが、水素をエネルギーキャリアという別の物質に換えて輸送することが検討されている。
現在、① 液体水素、②有機ハイドライド(メチルシクロヘキサン)と③アンモニア、④蟻酸が検討されている。
https://www.jst.go.jp/pr/jst-news/backnumber/2019/201904/pdf/2019_04.pdf
②は水素とトルエンでメチルシクロヘキサンをつくって輸送し、受入地でトルエンを分離する。
なお、JXTGエネルギー、千代田化工建設などは水の電気分解でできた水素とトルエンを反応させるのではなく、水とトルエンを電気分解し、一気にメチルシクロヘキサンを生産する技術を開発した。
水素タンクや水素とトルエンの反応設備をもつ必要がなくなり、大幅なコストダウンとなる。2019/3/18 CO2フリー水素を低コストで製造する世界初の技術検証 参照
④は水素とCO2で蟻酸とし、受入地でCO2を分離する。
https://www.jst.go.jp/pr/jst-news/backnumber/2019/201904/pdf/2019_04.pdf
それぞれの特徴:
ソース:https://www.jst.go.jp/pr/jst-news/backnumber/2019/201904/pdf/2019_04.pdf
それぞれ問題点があるが、アンモニアの場合は直接燃料として利用でき、脱水素工程のコストが不要というメリットがある。
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