吉本興業が所属芸人と契約書を交わしていないことに絡み、公正取引委員会の山田昭典事務総長は7月24日の定例記者会見で質問に答え、「契約書面が存在しないということは、競争政策の観点から問題がある」と述べた。
公取委の有識者会議の「人材と競争政策に関する検討会」の2018年2月15日付の 報告書では、タレントなどの「個人事業主」と事務所の取引をめぐっては、事務所が業務の発注をすべて口頭で行うことや、具体的な取引条件を明らかにしないことは、「著しく低い対価での取引要請」などといった行為を誘発する原因とも考えられる、と指摘している。
山田事務総長は、この報告書の判断をもとに、契約書がないことについては「ただちにそれが独禁法上の問題になるというわけではないが、契約内容が不明確であることを通じて優越的地位の乱用などの独禁法上問題のある行為を誘発する原因になり得る」と述べた。
契約内容をめぐりタレントと事務所がトラブルになった場合、弱い立場であるタレントが事務所の言いなりになりやすいことに懸念を示した。
「人材と競争政策に関する検討会」の報告の該当部分は以下の通り。
第7 競争政策上望ましくない行為
【ポイント】
○対象範囲が不明確な秘密保持義務又は競業避止義務は、役務提供者に対して他の発注者(使用者) との取引を萎縮させる場合があり 、望ましくない。
○発注者は、書面により、報酬や発注内容といった取引条件を具体的に明示することが望まれる。○発注者が、合理的理由なく 対価等の取引条件について他の役務提供者への非開示を求めることは、役務提供者に対する情報の非対称性をもたらし、また、発注者間の競争を起こらなく し、望ましくない。
○役務提供者の獲得をめぐって競争する発注者(使用者) が対価を曖昧な形で提示する慣行は発注者が人材獲得競争を回避する行動であり 、望ましくない。
2. 役務提供者への発注を全て口頭で行うこと発注者が役務提供者に対して業務の発注を全て口頭で行うこと 、又は発注時に具体的な取引条件を明らかにしないことは、発注内容や取引条件等が明確でないままに役務提供者が業務を遂行することになり 、前記第6 の6 等の行為を誘発する原因とも考えられる( この行為は、下請法が適用される場合には下請法違反となる)。
6 の 6 その他発注者の収益の確保・向上を目的とする行為
優越的地位にある発注者による役務提供者に対する以下の行為は、優越的地位の濫用の観点から独占禁止法上問題となり得る。・代金の支払遅延、代金の減額要請及び成果物の受領拒否
・著しく低い対価での取引要請
・成果物に係る権利等の一方的取扱い
・発注者との取引とは別の取引により役務提供者が得ている収益の譲渡の義務付け
発注者が、書面による発注など取引開始前に取引条件の明確化を図る手法を採り 、報酬や発注内容といった取引条件を具体的に明示することが望ましい。なお、労働基準法や職業安定法では、労働条件等の明示規定が置かれ、賃金や従事すべき業務の内容と いった一定の労働条件については書面による明示義務がある。また、労働契約法では、労働契約の内容の理解の促進として、労働契約の内容について、できる限り 書面により確認するものとされている。
山田事務総長は、「ただちにそれが独禁法上の問題になるというわけではないが、契約内容が不明確であることを通じて優越的地位の乱用などの独禁法上問題のある行為を誘発する原因になり得る」と述べた。
吉本興業については、テレビなどで極めて安い報酬の例が報道されており、「優越的地位の乱用などの独禁法上問題のある行為」があることは事実であり、独禁法上の問題になるであろう。
吉本興業の大崎会長はメディアの取材に対し「吉本の場合は口頭で契約する。民法上も口頭で成立する」とコメントし、今後も口頭契約を継続する意向を示唆していた。
7月25日になって、吉本興業が所属タレントと原則として契約書を交わす方針を決めたことが分かったと報じられた。
しかし、同社の発表は、第三者委員会の設置についてであった。国際医療福祉大学の川上和久教授を座長とする委員会で、下記について諮問する。
「反社会的勢力の排除のためのより盤石な体制構築」
「すべてのタレントとのリレーションシップ強化の方策【タレントとの契約の在り方・マネジメント体制・悩み相談事・ギャランティに関する事などの諸課題】」
「現行のコンプライアンス体制の検証とさらなる強化」
「吉本興業グループ全社のガバナンス強化の方策」
第三者委員会では、公取委の見解を無視するような報告は出せないだろう。
ここで、TV局の責任が問われる。
各局が吉本興行の株主となっている。
フジ:12.13%、NTV:8.09%、TBS:8.09%、テレビ朝日:8.09%、テレビ東京:4.04%、朝日放送:2.51%
吉本興業は以前は上場していたが、2009年に出井伸之・元ソニー会長の率いるコンサルティング会社のTOBに賛同し、上場を廃止した。実質的MBO。
現在の株主は上記のほか、電通、ヤフー、金融機関など。
各局は吉本の芸人を起用し、吉本に報酬を支払っており、それの芸人への支払いの実状もお笑いのネタになっていることから、よく知っている。「人材と競争政策に関する検討会」の報告内容も知っている筈だ。
出資先の吉本のやり方が独禁法上で問題であることを知りながら、株主として何も対応していない。
「優越的地位の乱用」で得られた収益から配当を受けている。
今後、各局はどのように対応するのだろうか。
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