記者から「水を海洋放出して希釈するということか」と確認する質問が出ると「それしか方法がないなというのが私の印象だ」と重ねて述べたうえで、「しかし、これは極めて重要な話なので、軽々にこうすべきとは言えないが、まずは安全規制や科学的な基準をしっかり説明する。風評被害の回避も含めて内外に誠意を尽くして説明することが何よりも大切だと思う。政府全体でこれから慎重な議論をすると思う」と述べた。
菅官房長官は午後の記者会見で、「原田環境大臣の発言は、政府の検討状況も踏まえて、個人的な意見として述べたものと承知している」と述べた。そのうえで、「処理水の取り扱いは、経済産業省の小委員会で風評被害など社会的な観点を含めて総合的な検討を行っており、現時点で処分方法を決定した事実はない。政府として、まずは小委員会での議論を尽くしてしっかり検討を進め、国際社会には理解をさらに深めてもらうよう透明性を持って丁寧に説明していきたい」と述べた。
後任の小泉進次郎環境大臣 兼 原子力防災担当大臣は、「経産省の小委員会でしっかり議論してもらいたいと思います 」としたが、福島県知事との面会に先立ち、地元漁業関係者らに直接謝罪したことを明らかにした。
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過去8年間、損壊した原子炉の建屋からは毎日、約200トンの放射性物質に汚染された水をポンプでくみ出している。
汚染水に含まれるほとんどの放射性同位体は、複雑な浄水システムで除去されている。しかし、放射性同位体の1つであるトリチウムは除去が不可能のため、汚染水は巨大タンクに貯水されている。
トリチウムは、質量数が3、すなわち原子核が陽子1つと中性子2つから構成される水素の放射性同位体である。半減期は約12年。通常の水とトリチウム水には化学的な差がほとんどなく分離が難しい。
日本ではこれまでは、排水の一部として海に流されていた。
2018/8/29 福島原発のトリチウムを含む低濃度汚染水を巡る問題
この問題については、かねてから原子力規制委員会が「海洋放出しかない」と勧告している。
2016年3月の記者会見で、当時の田中委員長はこう答えている。
再処理工場なんかで、フランスとかイギリス、もうイギリスは今動いてはいませんけれども、福島のトリチウムから見るとはるかに桁違いに多いトリチウムが毎年、海に排出されているというような状況がありますので、やはりこれはトリチウムは、残念ながら希釈廃棄する以外は方法がないのだということを申しています。
田中前委員長は2014年から同じ趣旨の発言をしており、更田委員長も「希釈廃棄しかない」と明言している。それに対して福島県漁連はずっと「風評被害」を理由にして反対している 。
これに対し、東京電力は決断できず、タンクを増設して貯め続けているが、保管用タンクは既に900基を超え、2022年夏ごろに満杯になる見通し。
東京電力は2018年9月28日、福島第1原発の汚染水を浄化した後にタンクで保管している水の約8割に当たる75万トンで、トリチウム以外の放射性物質の濃度が排水の法令基準値を超過しているとの調査結果を明らかにした。今後、海洋放出など処分をする場合には、多核種除去設備(ALPS)などで再浄化するとしている。
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国際原子力機関(IAEA)の総会が9月16日、ウィーンで始まった。
韓国政府が総会の前にIAEAに書簡を送り、福島第一原発にたまり続けている水の処理について、深刻な憂慮を伝え、総会で問題を提起する構えをみせていた。
これについて、竹本科学技術担当大臣は総会で発言し、原発の事故後の日本の取り組みはIAEAから評価されていると強調したうえで、「廃炉・汚染水対策について、事実や科学的根拠に基づかない批判を受けることもあるが、日本が透明性をもって丁寧に公表している情報やIAEAの報告書の内容を踏まえ、公正かつ理性的な議論を行うよう求める」と述べた。また、「日本産食品の輸入規制についていまだに科学的根拠に基づかず規制を維持する国・地域があり被災地の復興に水を差している。科学的根拠に基づく早期の規制撤廃を呼びかける」と述べた。
これに対し、韓国の科学技術情報通信省第1次官が発言し、「福島原発の汚染水の処分について依然として明確でなく、おそれや不安が増幅されている。日本政府の高官からは、海洋放出しかないという発言もあった。海に放出されたなら、それは日本国内の問題にとどまらず、生態系に影響を与えかねない。世界の海洋環境に関わる深刻な国際問題となる」と述べ、「IAEAは汚染水の環境への影響についても調査する必要がある」と述べた。
これに対し、日本の引原大使が反論し、「水の処理については、まだいかなる具体的な結論も出ていない。日本はIAEAに対して協力してきたし、これからも懸念に応えていく。処理水をどうするか透明性をもって検討していく」などと述べた。
韓国は2011年3月の福島第一原発の事故後、放射性物質の漏出を理由に福島や岩手など8県産の水産物の輸入を禁止、さらに水産物以外の日本産食品の検査を強化するなど段階的に規制を広げた。
世界貿易機関(WTO)は4月11日、韓国による水産物の輸入禁止は不当として日本が提訴している問題で、韓国の措置を妥当とする最終判決を下した。
2019/4/26 韓国による我国水産物輸入制限に関するWTOパネル上級委員会報告書
東電が海洋放出した場合、韓国が日本からの水産物輸入禁止を拡大する可能性がある。
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トリチウム問題については、経産省の「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」で議論している。
2018年2月の第7回会議の配布資料「トリチウムの性質等について」で、詳細を説明している。
・トリチウムの基本情報
•トリチウムは水素の放射性同位体。(宇宙線等により生成するため、河川・海など自然界にも存在)
•トリチウム水は水と同じ性質を持つため、水から特定の生物への濃縮は確認されていない。
•トリチウムはβ線を放出するが、トリチウムのβ線はエネルギーが小さいため、紙1枚で遮へいが可能。また、そのため、外部被ばくはほとんどない。
・トリチウムの生物への影響
•1ベクレルの放射性物質を摂取した場合、トリチウムの影響はセシウム137の約700分の1。
•人の体内には、元々、100ベクレル程度のトリチウムが含まれている。
•人の体内に含まれるカリウムの生物影響をトリチウムのそれに換算した場合、約140万ベクレル相当の影響がある。
・トリチウムに関する福島第一原子力発電所のこれまでの状況
・事故前の放出管理目標値は年間22兆ベクレル。規制濃度基準は6万ベクレル/リットル以下。
・実際の平均放出量は年間約2兆ベクレル。濃度はND~1ベクレル/リットル程度(2007年度)。・事故後は炉心溶融により、被覆管内に存在していたトリチウムが外部に流出。
・現在、タンクに貯蔵されている処理水は、貯蔵量約100万m3、濃度約100万ベクレル/リットル。約1000兆ベクレル。
・世界の原子力発電所等からのトリチウム年間排出量
福島のタンクに貯蔵されている処理水は、貯蔵量約100万m3、濃度約100万ベクレル/リットル。約1000兆ベクレルである。
田中委員長は、「フランスとかイギリスで、福島のトリチウムから見るとはるかに桁違いに多いトリチウムが毎年、海に排出されているというような状況があります」としているが、英セラフィールド再処理施設では2015年に液体で約1540兆ベクレル(他に気体でも)を放出した。仏のラ・アーグ再処理施設では2015年に液体で約1京3700兆ベクレル(他に気体でも)を放出した。
量は少ないが、韓国の月城原発が2016年に液体で17兆ベクレル、気体で119兆ベクレルを放出しており、古里原発も2016年に液体で36兆ベクレル、気体で16兆ベクレルを放出した。
(IAEAで発言した韓国の当局も、当然このことを知っていたと思われる。)
仮に福島の処理水を濃度を薄めて放出するとしても、全量を一度に放出するのではなく、何年にも分けて放出するのであれば、異常というレベルではない。
東電が早く決断しなかったために問題を大きくした。
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日本維新の会の松井一郎代表(大阪市長)は9月17日、東京電力福島第1原発で増え続ける有害放射性物質除去後の処理水に関し、「科学が風評に負けてはだめだ」と述べ、環境被害が生じないという国の確認を条件に、大阪湾での海洋放出に応じる考えを示した。「自然界レベルの基準を下回っているのであれば海洋放出すべきだ。政府、環境相が丁寧に説明し、決断すべきだ」と述べた。
維新の橋下徹元代表はその後、ツイッターで海洋放出について「大阪湾だと兵庫や和歌山からクレームが来るというなら、(大阪の)道頓堀や中之島へ」と発信した。
これについて、池田信夫氏が以下の通り書いている。
福島第一原発にあるトリチウム(と結合した水)は57ミリリットル。それを海に流すために100万トンの水を大阪湾までタンカーで運ぶのは、膨大な無駄である。
国や自治体がカネを出す気なら、もっと効果的な方法がある。今や障害は福島県漁連しか残っていない。彼らは福島第一原発の沖では操業していないが、今も「風評被害」を理由にして海洋放出に反対している。
彼らが(暗に)求めているのは漁業補償の上積みだが、それを誰も言い出せない。東電はすでに休業補償を出したので、2度カネを出すことができない。だから漁業補償とは違う形で、カネを出すしくみを作ればいいのだ。
簡単なのは、大阪市が福島の魚を買い上げることだ。言論アリーナで澤田さんがいっていたが、今でも福島沖で操業することは禁止されていないので、魚をとっている船(漁協の組合員)がある。8年間も魚をとっていないので、漁業資源は非常に豊かだという。(以下略)
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