大阪大学は1月27日、重症心筋症の治療に向け、iPS細胞から作製した心筋細胞シートの医師主導治験の実施を発表した。心臓への移植は世界初。
重症心不全の治療は現在、心臓移植や補助人工心臓の装着が主流で、新たな治療法の確立が求められている。
大阪大学大学院医学系研究科の澤 芳樹 教授(心臓血管外科)らの研究グループは、日本医療研究開発機構の支援のもと、iPS細胞から作製した心筋細胞による心筋再生治療の開発を進めてきた。
これまで、虚血性心筋症で心臓の機能が低下したブタにiPS細胞から作った心筋細胞をシート状に加工して移植する研究を実施し、心臓の機能を改善させることに成功している。
さらにiPS細胞からヒトに移植可能な安全性の高い心筋細胞を大量に作製し、シート化することに成功した。
細胞をシート状にして幹部に貼り付ける技術は、東京女子医科大学の岡野光夫教授によって開発された。
まず、培養した細胞シートを培養皿から取り出す技術を開発した。
タンパク質分解酵素などを使用すると、重要な働きをするタンパク質が分解され、十分な機能を果たせない。
このため、温度に応答する高分子を利用する。培養皿の表面にこれを薄く敷き詰め、37℃に設定し、細胞を増殖させシートにする。温度を20℃に下げると高分子が親水性に変わり、皿と細胞の間に水が浸透するため、きれいに剥がすことができる。シートの積層化には、細胞シート回収面にゼラチンなどの支持材を固定したスタンプ型積層機器を開発した。
シートに血管内皮細胞を少量混ぜると、細胞シート内に毛細血管網ができる。3層の細胞シートごとに血管がつながるのを待って、次の3層の細胞シートを重ねていくと30枚の細胞シートからなる厚さ約1ミリの心筋細胞が完成した。
厚生労働省の再生医療等評価部会は2018年5月16日、iPS細胞から作った心臓の筋肉細胞をシート状にして重症心不全患者の心臓に移植する大阪大の臨床研究計画を、臨床研究の患者の対象を厳しくすることなどの条件付きで承認した。
2018/5/19 iPS細胞の心臓病臨床研究、承認
チームは1月に第1例目の被験者にiPS細胞由来心筋細胞シートを移植した。
移植したのは虚血性心筋症の患者で、京都大が備蓄する第三者由来のiPS細胞から心筋シートを作り、開胸手術で患者の心臓表面に直径4~5センチ、厚0.1ミリのシート3枚(心筋細胞約1億個)を張り付けた。手術は約2時間で終わり、経過は順調という。
シートから出るたんぱく質が心臓の働きを改善する。(動物実験では改善確認済)
今回の治験では、移植後1年間、がん化や免疫拒絶反応などの症状、心臓の機能、運動能力を観察する。
国の承認を得るための臨床試験の1例目に当たり、最終的に計10人に移植して安全性と有効性を確認する。5年以内の実用化を目指している。
今回の治療法では、iPS細胞を用い、品質基準を満たした心筋細胞を事前に大量に作製・保存しておくことができるため、培養時間を大幅に短縮できることから緊急の使用も可能である。
懸念材料としては、心筋シートはiPS細胞由来の約1億個の細胞でできており、未熟な細胞が混ざった場合、がん化したり良性腫瘍ができたりする恐れは否定できない。
また、シートは移植後3カ月で消失する。それまでの間にシートから分泌されるたんぱく質「サイトカイン」が心機能を回復させると想定されるが、ヒトでは未知数である。
iPS細胞から作製した組織の移植は網膜細胞と神経細胞、角膜細胞が既に行われ、今回の心筋細胞が4例目となった。
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慶大が計画を進めるのは「拡張型心筋症」という心臓病で、心筋梗塞などがきっかけで心臓の壁が薄くなり、血液を押し出す力が弱まる。国内に数万人の患者がいる。臨床研究で20~80歳の患者3人を対象にする。
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