東京工業大学 科学技術創成研究院の原亨和教授、元素戦略研究センター長の細野秀雄栄誉教授らは4月27日、50 ℃未満の温度で水素と窒素からアンモニアを合成する新触媒の開発に成功したと発表した。
豊富なカルシウムに水素とフッ素が結合した物質「水素化フッ素化カルシウム(CaFH)」とルテニウム(Ru)ナノ粒子の複合材料「Ru/CaFH」で、室温で水素と窒素からアンモニアを合成できる。
現在、アンモニアはHaber-Bosch 法により、窒素ガスと水素ガスから工業的に合成されているが、高温・高圧の過酷な反応条件(使用されている鉄系触媒では約400~500°Cかつ14~30MPa)に加え、原料となる水素ガスが化石燃料由来であり、大量のCO2を発生させ、水素ガスの製造には多大なエネルギーを消費する。
新触媒により、自然エネルギーを使った温室効果ガスのCO2排出ゼロにつながることが期待される。
本研究成果はNature communicationsオンライン速報版に4月24日に掲載された。
Solid solution for catalytic ammonia synthesis from nitrogen and hydrogen gases at 50 °C
ーーー
なお、既報の通り、東大大学院工学系研究科が2019年4月25日、常温・常圧の温和な反応条件下で窒素ガスと水からアンモニアを合成する世界初の反応の開発に成功したと発表している。
モリブデン触媒を用い、窒素ガスおよびプロトン(H+)源として水、還元剤としてヨウ化サマリウムを用いることで、常温・常圧の反応条件下で世界最高の触媒活性を達成した。2019/5/3 世界で初めて窒素ガスと水からのアンモニア合成に成功
ーーー
アンモニア合成の難関は、窒素分子(N2) を窒素原子(N) にまで分解することである。
窒素分子(N2)は2つの窒素原子が三重結合という強い結合で結ばれているため、非常に安定な分子で、反応性が乏しく、ほとんどの生物は大気中の窒素を直接利用することができない。
マメ科の植物に共生する細菌が持つ酵素「ニトロゲナーゼ」のみが常温・常圧で窒素の三重結合を断ち切って窒素をアンモニアへと変換している。
窒素分子の分解には、鉄などの遷移金属からN2へ電子を一時的に与えることが必要であるが、そのためには金属に電子を与える電子供与材料が必要となる。
従来のアンモニア合成の鉄触媒では酸化カリウム(K2O)が電子供与材料として使われる。しかし、100~200 ℃で電子を与える力が弱まり、作動しなくなる。
ーーー
チームはありふれた脱水材の水素化カルシウムCaH2に着目した。これ自体は低温では役に立たない。
CaH2はCa2+の陽イオンと水素の陰イオンH-(ヒドリドイオン)が結合したイオン性固体である。
200 ℃より高い温度にすると一部のH-が水素分子として抜け、電子をCa2+イオンの周りに残す。
この状態の電子はアルカリ金属並みの電子供与能をもつため、この電子で遷移金属の電子供与をブーストすればN2分子は窒素原子まで分解できる。
しかし、Ca2+--H-のイオン結合エネルギーが強いため、低温で使うことができない。
対策として、Ca2+とより強い結合をつくる陰イオンを入れ、Ca2+--H-の結合エネルギーを弱める。
Ca2+--F-の結合エネルギーはCa2+--H-のそれの2倍の強度をもつ 。
CaH2のヒドリドイオンの一部をF-で置き換え、水素化フッ素化カルシウムCaFHをつくった。
この場合、Ca2+--H-のイオン結合エネルギーが弱まり、水素の陰イオンH-(ヒドリドイオン)は低温で水素分子として脱離し、低温で強い電子供与能を発揮する。
実際に合成したCaFHでは室温程度からヒドリドイオンが水素分子として抜けることが確認された。
チームは、この水素化フッ素化カルシウム(CaFH)とルテニウム(Ru)ナノ粒子の複合材料「Ru/CaFH」で触媒を作った。
実験結果は下記の通り。
この触媒は100 ℃以下でもアンモニアを合成し、50 ℃でさえ作動していることがわかった。
現在のアンモニア生産に使われている商用の鉄触媒、そして、つい最近発表された最高性能の触媒(Ru/BaO-BaH2)、第2位の触媒(Ru/CaH2) は100 ℃以下の温度では全く作動しない。
他の触媒が機能する200 ℃での場合でも、この触媒は最高性能触媒の2倍を越えており、高い温度でも既存触媒を凌駕している。
なお、Ru/CaFHの活性化エネルギー(反応を進めるために必要なエネルギー)は20 kJ mol-1であり、これまで報告され現在のアンモニア生産にてできたアンモニア合成触媒の1/2程度にしか過ぎない。
また、Ru/CaFHは安定な触媒であり、300 ℃を越える反応温度でも900時間以上アンモニア合成速度の低下なく、作動し続ける。
原教授のコメント
今回の研究に対する私たちの感想は、「社会が求めるアンモニア生産のきっかけを見つけた」に過ぎません。
しかし、化石資源を使わずに肥料を生産し、人々に食糧を届けることが単なる夢想ではなくなり、現実味を帯びてきました。
従来の触媒開発がしてきた性能向上をたどることによって、私達のアプローチ・触媒は真に地球・社会・人が求めるアンモニア生産に繋がると考えています。
コメントする