欧州連合(EU)の首脳会議は7月21日早朝、7500億ユーロの復興基金案で合意して閉幕した。全体の規模を維持する一方、財政規律派に配慮して補助金と融資の比率を修正した。
足かけ5日に及ぶ対面協議の末、何とかEUの結束を示した
基金の総額のうち返済が不要な補助金が3900億ユーロ、残り3600億ユーロが低利融資となる。
さらに「倹約4カ国」に、EU予算に拠出した分担金を払い戻す「リベート」の金額の積み増しを行なう。この結果、気候変動対策や技術革新などに割り当てられるはずだった分は削られた。
ほかにも、供与された資金が適切に使われていない場合、加盟国が首脳会議でその問題を提起できる仕組みを設けるとみられる。
復興基金からの支援は政府による「法の支配」の尊重と関連付けることが決まった。 (2010年以降、ポーランドとハンガリーは、EUの基本的な価値観とは相いれないさまざまな改革を推し進め、今ではヨーロッパ統合を揺るがせかねない「問題国家」とみなされるようになった。今回、両国は拒否権もちらつかせて強く反対した。)
基金の原資はEUの欧州委員会が債券を発行して全額を市場から調達する。EUが大規模な債務の共有化に踏み込むのは初めてで、財政統合が進む可能性がある。
復興基金はEUの2021~27年の中期予算案に組み込まれる。欧州議会の同意を得た上で、来年から資金が各国に配分される。
返済不要の補助金の額を巡る攻防は下記の通り。(億ユーロ)
原案 | 7/18 EU大統領 |
7/19 4か国 |
独仏主張 | 最終 | |
補助金 | 5,000 | 4,500 | 3,500 | 最低4,000 | 3,900 |
融資 | 2,500 | 3,000 | 3,500 | 3,600 | |
合計 | 7,500 | 7,500 | 7,000 | 7,500 |
付記
EUの首脳が7月に合意した復興基金案の成立が遅れている。
ハンガリーとポーランドは11月16日、大使級会合でこの基金を組み込んだ次期中期予算(2021~2027年)案の承認手続きへの同意を拒んだ。権力の乱用を防ぐため「法の支配」が順守されているかどうかを資金配分の条件とする仕組みに反発した。予算案には加盟27カ国による全会一致の承認が必要で、2021年1月に予定されている復興基金の運用開始が遅れる恐れが強まった。
ハンガリーやポーランドの政権は近年、国民の反移民・反難民感情やEU内経済格差への不満を背景に、権威主義的な体制を強めている。両国の司法介入がEUの基本価値に違反するとして問題になっている。
EU予算の健全性やEU財政に影響を及ぼしたり、影響を及ぼす重大な恐れがある場合、従来はEU基本条約第7条に基づく制裁手続きについて、加盟国の権利停止につながる「重大且つ持続的な基本価値違反があるか」の決定には、問題国を除く加盟国による全会一致の同意が必要となる。ハンガリーとポーランドの場合、双方が相手の制裁に反対すれば、決められないままである。
これを特定多数決(国数で55%以上、人口規模で65%以上)の投票に基づき決定することが可能になるように変更しようとしているため、両国は拒否権を発揮した。
総額1兆743億ユーロの次期(2021~27年)多年度予算についても、別財源の充当や予算配分の見直しを通じて、総額の予算規模を維持しつつ、研究開発、医療、教育関連予算を150億ユーロ増額することや、復興基金の一部財源に充当する新税の導入に向けたロードマップを作成することなどを盛り込んだ改定案で暫定合意に達しているが、これも決められないままとなっている。
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欧州委員会のウルスラ・フォンデアライエン委員長は5月27日の欧州議会の演説で、7年間で1兆1000億ユーロに上る長期予算案とともに、7500億ユーロの復興基金案「Next Generation EU」を発表した。
総額7500億ユーロを投じて、EU加盟各国の経済回復を支援するもので、このうち5000億ユーロは補助金に、2500億ユーロは融資に充てる。
EUは、すでに財政余地の制約がある国を支援するための総額5400億ユーロの政策パッケージを準備している。
EU財務相は、4月9日に総額約5,400億ユーロのファイナンスパッケージで合意した。
欧州安定メカニズム
予備的信用枠2,400億ユーロ GDP2%に当たる額の予備的信用枠利用可能 使途が新型コロナの直接・関節対策(医療、回復、予防)費用 欧州投資銀行
中小企業向け融資2,000億ユーロ 中小企業向け融資拡充 加盟国は総額250億ユーロの保証差入れ 時短補助制度への融資 1,000億ユーロ 各国の補助金に対するバックファイナンス 総額250億ユーロの保証差入れ
今回の提案は、2021年以降の感染拡大収束期と収束後の経済の再起動、復興の段階に照準を合わせる。欧州委員会の予測では、新型コロナの影響でユーロ圏の2020年の実質成長率は前年から8.7%落ち込む。
基金は、単なる景気刺激ではなく、構造転換の促進を狙いとする。このままでは、米中の二大国の対立の狭間にEUが埋没しかねないという危機意識の高まりがある。
「Next Generation EU」の内容:
①各国の公共投資や改革の支援で、その目玉となるのが総額5600億ユーロの「復興・回復ファシリティー(Recovery and Resilience Facility )」。
ユーロ圏だけでなく加盟27か国すべてを対象に補助や融資を行う。特に打撃が大きく財政力の乏しい国に重点を置く。
全体の75%を占め、 3100億ユーロの補助金と2500億ユーロの融資からなる。
②民間投資の支援で、新型コロナ危機で経営が悪化した有望企業の資本増強を支援する310億ユーロ規模の「Solvency Instrument」を新設し、民間も含めて計3,000億ユーロの投資を誘発することを目指す。
③医療システムの強化や今後の危機への備えとして、94億ユーロ規模の新医療プログラムを設置する。
その他を合わせ、総額7500億ユーロで、このうち5000億ユーロは補助金に、2500億ユーロは融資に充てる。
国別の配分は次の通りとなる。補助金5000億ユーロのうち、国に配られるのは4050億ユーロとなっている。
補助金の配分は、人口、一人当たりGDP、2015~2019年のEU平均失業率に対する超過度を基準とし、一定の上限を設ける。
補助金 融資 合計 Italy 818 909 1,727 Spain 773 631 1,404 France 388 - 388 Poland 377 261 638 Germany 288 ー 288 Greece 226 94 320 Romania 196 116 312 Portugal 155 108 264 その他 829 381 1,209 合計 4,050 2,500 6,550
GDP比の補助金受取額はイタリア、スペインを初めとし、南欧と共に中東欧に厚く、ドイツと「倹約4カ国」(オーストリア、オランダ、スウェーデン、デンマーク)の信用力が支えることになる。
これまでドイツのメルケル首相はギリシャやイタリア、南欧諸国の支援要請を頑迷に拒否してきた。
今回、方針を変更し、新型コロナウイルスの被害が大きい国々に返済を求めない補助金で支払うことに賛成した。
しかし、財政規律を重視する「倹約4カ国」が反発した。首脳会議では全会一致が必要である。
EU加盟27カ国の首脳は7月17日、議論を開始した。初日の大半、各国は自国の立場を繰り返した。
EU大統領が復興基金からの資金拠出を加盟国が停止できるメカニズムを提案した後で、会議の雰囲気が悪化した。
オランダのルッテ首相は新型コロナで最も打撃を受けた南欧諸国に関して、経済を改善するプロジェクトに資金が充当される確固たる保証なしに拠出を認めないと主張した。
首脳会議直前にテレビで、「融資や補助を受けたいと言うならば、その代価として改革が単なる口約束ではなく実際に行われたということを、オランダや他国の市民に説明できるようにするのは当然だ」と述べた。「合意の可能性は50%に満たない」と付け加えた。
ミシェルEU大統領は7月18日にオランダやオーストリア、北欧諸国の主張を受け、返済不要分を会議前に提示した5千億ユーロから4500億ユーロに減らし、逆に融資分を2500億ユーロから3千億ユーロに増やす修正案を提示した。
しかし、オランダなどが合意しないまま、2日間の日程を終え、会議は延長された。
オランダとそれに賛同するオーストリア、デンマーク、スウェーデンなどは7月19日、復興基金の総額は7000億ユーロ (当初案は7500億ユーロ)とし、うち最大3500億ユーロを返済義務がない補助金 (当初案は5000億ユーロ)、残り3500億ユーロを返済が求められる低金利融資 (当初案2500億ユーロ)にする対案を提示した。
オランダは、受益国が使途や財政健全化に向けた改革案を示し、全加盟国で承認する仕組みの導入も主張した。しかし、この仕組みでは一国でも承認を拒めば支援が受けられなくなるとして、イタリアなどが強く反対した。
ドイツとフランスは、脆弱な南欧経済に新型コロナウイルスの深刻な影響が及ぶことを回避するため、同基金のうち最低4000億ユーロは補助金とする必要があると主張し た。
イタリアのコンテ首相は合意を拒むオランダのルッテ首相に対し「数日間は祖国の英雄かもしれないが、数週間後には、適切な(新型コロナへの)対応を妨げた責任を全欧州市民に問われるだろう」と訴え、いらだちを隠さなかった。
首脳会議は、20日早朝まで紛糾、協議はいったん休会した。
ミシェルEU大統領は20日、補助金を3900億ユーロに引き下げ、融資は3600億ユーロに引き上げる新提案を加盟国に示した。
水面下の交渉では倹約4カ国はさらに融資の割合を引き上げるよう迫っていたが、新型コロナの被害の大きい南欧などが反発した
ミシェル大統領は倹約4カ国を中心にいったん拠出した基金への分担金を払い戻すリベートの金額を積み増し、基金案への合意を迫った。
その場合、気候変動対策や保健対策、技術革新などに割り当てられるはずだった分は削られることになる。
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