韓国政府を相手取った投資家・国家間訴訟(ISD)で勝訴したイランのDayyani 一族が韓国政府の契約金返還遅延を理由に韓国石油公社の英子会社 Dana Petroleumの株式の仮差し押さえを申し立てた。
Dayyani 一族が韓国政府に返還を求めている契約金は金利込で合計756億ウォン(約67億5000万円)で、Danaの時価総額は1兆6000億ウォン程度となっている。
Dana Petroleum株式の仮差し押さえは10月5日に英高等商事裁判所が最終決定を下す。韓国政府は判決7日前までに反対意見を提出しなければならない。
韓国政府で今回の訴訟を担当する金融委員会は「敗訴が確定した状況で、取り急ぎ契約金を支払い終結させたい。きれいに履行するため国内外の法律事務所と協議を進めている」と説明した。
問題は この支払方法である。韓国は為替取引で韓国ウォンをイラン貨幣リヤルで送金するためには「韓国ウォン→米ドル→リヤル」とドルを通じて送金しなければいけない。この過程で必ず米国の銀行や金融機関を経由する必要がある。
トランプ米大統領は2018年5月8日、欧米など6カ国とイランが結んだ核合意から離脱すると表明した。米国は2018年11月5日、イランの石油や金融部門を中心に経済制裁第2弾を再開した。
米国の制裁開始に歩調を合わせ、銀行間の国際決済ネットワークを運営する「国際銀行間通信協会」(SWIFT)は11月5日、複数のイランの銀行をSWIFTの国際送金網から遮断すると発表した。核合意存続を訴える欧州はイランとの貿易にSWIFTは欠かせないとして遮断に反対したが、制裁の抜け道をふさぎたい米国はSWIFTも制裁対象になると警告し圧力をかけ 、押し切った。
イラン中央銀行および50の銀行・金融機関を制裁対象とし、外国金融機関が米国の金融機関を通じてイランと金融取引をするのを禁じた。
韓国外交部は2019年12月、経済外交調整官を米国に派遣し、この件に関連して「ワンポイント」制裁免除を米国政府に要請したが、認められていない。
2020/1/8 韓国政府、米の対イラン経済制裁で賠償金支払に苦慮
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本件の経緯は下記の通り。
韓国の大宇エレクトロニクスは大宇電子時代の1999年8月、ワークアウト(再生手続)に入った。債権団は3度も売却を図ったが、交渉はまとまらなかった。
企業再生支援業務などを行う政府系金融機関の韓国資産管理公社は2010年1月に売却作業を再開し、スウェーデンのElectroluxとイランのDayyani 一族のEntekhab Industrial Groupと交渉、同年4月にEntekhaを買収の優先入札者と認めた。
Entekhabは2010年11月に買収契約を締結した。売却代金は5777億ウォン(490百万ドル)で、大宇エレクトロニクスのすべての資産と負債を引き受ける条件。
Entekhabは、10%相当の契約金 578億ウォン(49百万ドル )を支払った。
しかし、韓国資産管理公社は2011年5月に契約を打ち切った。Entekhabが値引きを要求し、全額の支払期限が過ぎたのが契約打ち切りの理由とされた。
最終的に東部グループが2013年1月に大宇エレクトロニクスを270百万ドルで買収し、東部大宇電子と改称した。
2018年に、 大有(DAYOU) 財閥が東部大宇電子を引き受け、大宇電子に社名変更した。大有グループは2019年にWinia Group に改称、大宇電子はWinia Daewooとなった。
問題は、公社が契約金を返還しなかったことである。
Dayyani一族は契約金の返還を求め、韓国で訴訟を行ったが、裁判所は却下した。
Dayyani一族は2015年9月、韓国政府が「韓・イラン投資保障協定」の公正・公平な待遇の原則に違反して買収契約を解約し、契約金を返却しなかったとして、契約金と利子の合計 935億ウォン相当の支払を求め、韓国政府を相手取り投資家対国家間訴訟(ISD)を提起した。
韓国にとって米国系ファンド Lone Star、UAEのIPICのオランダ子会社 Hanocal に続く3番目のISD提起となる。これらはまだ決着していない。
2015/9/25 韓国にイラン企業から3番目のISD提起
2018年6月6日、国際仲裁判定部はこの投資家対国家間訴訟(ISD)で韓国政府に対し、Dayyaniが請求した金額935億ウォン(約95億円)のうち約730億ウォンを支払うよう命じた。
韓国政府は英国の高裁にISD判定の取り消しを求め、訴えたが、高裁は2019年12月にこれを却下した。
韓国政府は大きく分けて3つの争点を「判決取り消し訴訟」の理由として挙げた。契約破棄の主体は債権団なので、Dayyaniが債権団ではなく韓国政府を相手取り仲裁を申し立てるのは誤りだとした。
しかし、英高裁は債権団の筆頭株主が政府系の韓国資産管理公社(KAMCO)だったことから、最終的に韓国政府が責任を負うべきだと判断した。
第二に Dayyaniはシンガポール法人を通じ、韓国に間接投資しているため、韓国・イラン投資協定上の投資者とは見なせないと主張した。
これについて、英高裁は売買契約が韓国の法律の適用を受け、金融取引も韓国の口座を通じて行われており、韓国に投資したものと見なされるとした。第三に韓国政府はDayyaniのシンガポール法人が契約金を納付したという事実だけでは投資協定上の投資行為に該当しないと主張した。
しかし、英高裁は契約金納付も投資と見なされるとし、Dayyaniの主張を認めた。
投資者紛争の専門家は「国際的な法律紛争に対する韓国政府の対応能力の不足を如実に示した完敗だ」と評した。
Dayyaniは2019年2月にオランダの裁判所に対し、現地に進出するサムスン、LGなど韓国企業7社の政府に対する債権などの仮差し押さえを試みたが失敗した。
本年3月に文在寅大統領などに文書を送り、「韓国政府がイランとの投資保障協定に違反し、悪意で数回にわたり契約金支払いの無効化を試みた。契約金の没収は税金を負担する韓国国民にも好ましからざる結果を招く」などと主張した。
今回、Dayyani一族は英高裁に対し、韓国石油公社が保有するDana Petroleumの全株式の仮差し押さえを申し立てた。石油公社も8月14日、Dayyani 一族から仮差し押さえの事実について通知を受けた。
今回は英高裁が韓国の取り消し請求を却下したため、Dayyani側は自信を持っている。
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Dana Petroleum は韓国石油公社が世界的金融危機当時の2011年、敵対的TOBにより3兆4000億ウォンで全株式を取得した。
石油公社は2010年6月、DanaにLOI(買収意向書)を提出した。しかし、Dana側は北海の油田探査の成功を会社の価値評価に含めていないことを不服とし、買収交渉が決裂した。
そのため石油公社はDanaの発行株式 29.5%を市場で買い取ったのに続き、2010年8月20日にTOBを宣言、1カ月余りで合計64.26%を取得した。
2010/8/22 韓国石油公社、英 Dana Petroleumを買収へ
韓国石油公社は2020年1月7日、英国に近い北海のTolmountガス田権益の半分を3億ドルで売却したと発表した。無理に推進した海外資源開発事業の影響で財務状況が悪化したため、流動性を確保した。
韓国石油公社の子会社 Dana Petroleumが所有しているガス田の株の半分を、現地企業Premier Oilに売却したもので、今回の売却でDanaの持分は25%に減る。
Tolmountガス田は韓国石油公社が保有している海外資源開発事業のうち最も有力な事業に挙げられていた。
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