非正規従業員に賞与・退職金などが支払われなかったことの是非が争われた2件の訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷10月13日、賞与・退職金等の不支給は「不合理とはいえない」との判断を示した。
しかし、待遇格差の内容次第では「不合理とされることがあり得る」とも述べた。
労働契約法第20条「期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止」の解釈が問題となった。
2012年8月に、「有期労働契約の反復更新の下で生じる雇止めに対する不安を解消し、また、期間の定めがあることによる不合理な労働条件を是正することにより、有期労働契約で働く労働者が安心して働き続けることができる社会を実現するため、有期労働契約の適正な利用のためのルールとして」第18条から第20条までの規定を追加した。
第20条 期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止
有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。
案件1:メトロコマース
原告:東京メトロ子会社「メトロコマース」の元契約社員で、東京メトロ 売店で7年から13年にわたって働いた66~73歳の女性4人。
訴え:売店で同じ仕事をしていた正社員に支給される退職金や住宅手当がないことなどは、労働契約法20条に反する 。
2014年5月に提訴し、差額賃金として計4560万円を求めた。
一審(東京地裁 2017/3/23) 一人に4,100円のみの支払(早出残業)
住宅手当、賞与、退職金、褒賞の差は妥当
早出残業手当の差(正社員と割増率が異なる)は不当 1人に対し、差額約4100円の支払いを命令理由:
売店業務に従事する正社員は少数だが、正社員はエリアマネージャーについたり、配置転換・職種転換を受けたりする可能性があり、契約社員とは大きな違いがある 。
(原告側は、売店業務に従事する正社員が配置転換・職種転換を受ける例はほとんどないと反論したが。)住宅手当や退職金などの格差についても、優秀な人材の獲得・定着を図る手段として、「人事施策上相応の合理性を有する」
二審(東京高裁 2019/2/20) 一人は対象外として却下、残りに合計221万円の支払を命令(早出残業、退職金の一部、住宅手当、褒賞)
原告4人のうち1人は同法20条の施行前に退職したとして全面的に請求を退ける。
残り3人について基本給、資格手当、賞与の差は妥当、早出残業手当は一審維持
本給と賞与は、有期契約の雇用が長期化している実態を認めつつ、長期雇用を前提とした正社員に対し、「有為な人材」の定着を図ることを目的とした人事施策に一定の合理性があると判断
退職金については、会社側が主張する「有為な人材の確保・定着を図る」趣旨だけでなく、「長年の功労に対する報償の側面もある」
1人は現役のため対象外。2人が10年前後勤務した点を重視し、「長年の勤務に対する功労報償の性格を有する退職金すら一切支給しないことは不合理」で、正社員と同様に算定した額の少なくとも25%は支払われるべきだ 。住宅手当は生活費の補助である。正社員は転居を伴う配点は想定されておらず、その点での差はないため、差別は不当。
褒賞は一定期間勤続した正社員に一律に贈られており、差別は不当。
案件2:大阪医科大学(現・大阪医科薬科大学)
原告:アルバイト職員だった50代の女性
女性は2013年1月に研究室の秘書として採用され、時給制で勤務。約2年後に適応障害で休職し、2016年3月に契約を打ち切られた。
訴え:正職員との待遇格差(賞与は契約社員は正社員の80%、アルバイトはゼロ)は違法として、法人に約1270万円の損害賠償を求めた。
一審(大阪地裁 2018/1/24) 却下(長期にわたる就労が想定されていない。)
二審(大阪高裁 2019/2/15) 110万円の支払いを命じる。
法人が正職員に一律の基準で賞与を支給していた点を重視。賞与が「従業員の年齢や成績に連動しておらず、就労したこと自体に対する対価」に当たるとし、「フルタイムのアルバイトに全く支給しないのは不合理」と指摘した。契約職員には正職員の約8割の賞与が支給されていたことを踏まえ、アルバイトには6割以上を支給すべきだと判断 。
さらに、アルバイトが夏期休暇を取得できず、病気による欠勤中に給与が支払われない点も不合理と認定。
基本給の格差などについては退けた。
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両訴訟の最高裁判決は10月13日、第三小法廷(林景一裁判長)で開かれ、賞与・退職金の有無にかかわる労働条件の違いは「不合理とまでは評価できない」とする判断を示した。 但し、裁判官5人のうち宇賀克也裁判官が反対意見を書き「正社員との職務内容に大きな相違はない」とし、退職金がないことは不合理だと指摘した。
待遇格差の内容次第では「不合理とされることがあり得る」とした。
大阪医科大学 却下
判決要旨(日本経済新聞):
労働契約法20条は有期労働契約を結んだ労働者と無期労働契約を結んだ労働者の労働条件の格差が問題になったことを踏まえ、有期労働契約を結んだ労働者の公正な処遇を図るため、労働条件について期間の定めがあることで不合理なものとすることを禁止した。
賞与の支給も「不合理」に当たる場合はあり得る。使用者における賞与の性質や支給目的を踏まえ、同条所定の諸事情を考慮し、不合理と評価できるか否かを検討すべきだ。
正職員への賞与は基本給とは別の一時金として財務状況を踏まえ、その都度支給の有無や支給基準が決められる。賞与は通年で基本給の4.6カ月分が一応の支給基準となっており、労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上などの趣旨を含む。
女性の業務は相当に軽易とうかがわれる。正職員は英文学術誌の編集、病理解剖に関する遺族対応、部門間の連携を要する業務、試薬の管理にも従事する必要があり一定の相違は否定できない。正職員は人事異動の可能性がありアルバイト職員に配置転換はなかった。
職務内容を考慮すれば、契約職員に正職員の約80%に相当する賞与が支給され、女性への年間支給額が2013年4月に新規採用された正職員の基本給や賞与の合計額と比べ55%程度の水準だったことなどを斟酌しても、労働条件の相違は不合理とまでは評価できない。
メトロコマース (高裁判決の退職金部分の訴えを却下)
判決要旨(日本経済新聞):
退職金の支給も「不合理」に当たり得る。退職金の性質や支給目的を踏まえ同条所定の諸事情を考慮し不合理と評価できるかを検討すべきだ。
退職金は労務の対価の後払いや継続的な勤務の功労報償など複合的な性質を有し、職務を遂行し得る人材の確保や定着を図る目的から様々な部署で継続的に就労することが期待される正社員に支給される。
正社員は売店で休暇や欠勤で不在の販売員に代わり早番や遅番を担い、複数の店を統括し、エリアマネジャー業務に従事することがあった。契約社員は売店業務専従で一定の相違があったことが否定できない。
正社員は配置転換を命じられる可能性があり、正当な理由なく拒否できないのに対し、契約社員は働く場所を変えられても業務に変更はなく、職務や配置変更の範囲にも一定の相違があった。
契約社員の有期労働契約は原則的に更新され、定年は65歳と定められるなど、必ずしも短期雇用が前提とは言えず、原告の勤続期間が10年前後であることを斟酌しても、労働条件の相違は不合理とまでは評価できない。
【宇賀克也裁判官の反対意見】
メトロコマースは東京メトロから57歳以上の社員を受け入れ、60歳を超えてから正社員に切り替えている。正社員より契約社員の方が長く勤務することもある。退職金が含む継続勤務への功労報償との性質は契約社員にも当てはまる。契約社員は売店業務に従事する正社員と職務内容や変更の範囲に大きな相違はない。退職金の支給に係る労働条件の相違は不合理と評価することができる。【林景一裁判長の補足意見】
退職金は労使交渉を踏まえ賃金体系全体を見据えて制度設計されるのが通例。原資の積み立てが必要で社会経済情勢や経営状況の動向にも左右される。使用者の裁量判断を尊重する余地は比較的大きいと解される。
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