韓国、大統領府と検事総長の争い

| コメント(0)

韓国大統領の任期は憲法で一期限りの5年と定められている。現職の文在寅大統領は2017年5月10日の就任で、2022年5月に任期を終える。

ここにきて、大きな打撃を受けている。

政権与党の不正の追及を進めている尹検事総長に対し、職務執行停止と懲戒・停職処分にしようとしたが、いずれも裁判所に否定された。

検事総長は「憲法精神と法治主義、常識を守るため最善を尽くす」と表明、職場復帰した。対立がさらに深まるとの見方が強い。

ーーー

尹検事総長が指揮する検察は、政権与党の不正の追及を進め、権力のタブーにも切り込んでいこうという気概を見せていた。  

文大統領の友人が出馬・当選した2018年の蔚山市長選の直前、大統領府が現職市長周辺の捜査を警察に指示したという疑惑、私募ファンドを運用していた資産運用会社の「ライム資産運用」と「オプティマス資産運用」の2社が金融詐欺や政権中枢の青瓦台関係者へ金品を送った疑惑が持たれているなどがあるが、最大の問題は月城原発1号機の前倒し閉鎖問題である。

月城原発1号機(67.9万kW)はCANDU方式で1983年4月22日に稼働したが、2012年に第1次運営許可期間が終了した。
韓国水力原子力は7,000億ウォンを投入して設備を交換するなど安全性を強化した後、原子力安全委員会の承認を受け2022年までの延長稼働に入った。

これに対し、近隣の住民ら2100人余りが運転延長は無効だとして安全委を相手に行政訴訟を起こし、一審のソウル行政裁判所は2017年2月7日、原告側の主張を認め延長を取り消す判決を言い渡した。

文大統領は選挙運動中に「新規の原発建設を全面中断し、建設計画を白紙化する」と公言していたが、大統領選挙前の2017年4月14日、脱原発市民団体6団体と反原発についての政策協定を結び、月城1号については、「判決を尊重し、寿命延長裁判の控訴を取り下げ、1号機を即座に閉鎖する」とした。

その後、韓国原子力安全技術院は安全性に問題がないとの審査結果を原子力安全委に提出したが、韓国水力原子力は閉鎖を押し通し、2019年2月には安全委員会に永久停止の申請を提出、原子力安全委員会は2019年12月24日、月城原発1号機の永久停止運営変更案を承認した。

しかし、韓国水力原子力の早期閉鎖決定は、安全性ではなく経済性に問題があるという理由で、稼働率を50%台に下げて「経済性がない」と結論付けていることが分かった。

国会でも問題と判断し、「韓国水力原子力月城1号機早期閉鎖の決定の妥当性および理事らの背任行為」に関する監査院の監査要求案を本会議で議決した。

2019/12/30 韓国の月城原発1号機、ようやく永久停止決定 


韓国監査院は2019年に月城原発1号機の早期閉鎖に関する産業通商資源部への監査を進めていたが、原発担当者のパソコンを押収したところ、保存されていた
内部文書444件が削除されているのを発見した。
その中から文大統領の政治介入と見られる証拠が出てきた。

一つは、文大統領が2018年4月2日に廃炉を急がせる「指示」を出したことから廃炉予定が急遽早まったことと、それを正当化するために運営コストを高めにし、稼働率を低めにした公文書の捏造が行われた問題。

もう一つ「北朝鮮原発建設推進」報告書で、文在寅政権は「脱原発政策」を推進しながら、北朝鮮には原発を新たに建設してやるという案を秘密裏に検討していた。

調査報告書を送付された大田地方検察庁は、2020年11月に関係先に家宅捜索に入って証拠固めを行い、11月24日に関係者の拘束令状要求承認を大検察庁に求めた。

尹錫悦検察総長がこれを承認した同日、秋美愛法務部長官は、尹氏に対する監察の結果、6件の疑惑が浮上したとして、「尹検察総長職務執行停止命令」を出し、同氏の懲戒を請求した。

秋美愛女史は大統領選挙では党の大統領候補となった文在寅の選挙対策委員会国民統合委員長に就任し、選挙を支援した。

尹総長は11月25日、疑惑は事実と異なるもので、検証の過程で説明する機会が与えられなかったとし、職務停止命令の執行停止の申し立て、取り消しを求める訴訟を行なった。

行政裁判所は12月1日に「職務停止は尹錫悦総長に回復困難な被害を与える」との検事総長側の主張を認めた。同氏は検事総長の職に復帰した。

秋法務長官は、尹検事総長の解任を進めるために、12月2日に法務省の懲戒委員会を開くことを決めた。

懲戒委員会は12月16日、尹錫悦検察総長を停職2カ月の懲戒処分にすると決定した。

秋長官は当初、解任や長期の停職などを模索したが、停職2カ月の懲戒は、世論の動向などを慎重に見極めた結果とみられる。
懲戒の請求理由に挙げた6つの容疑のうち、尹氏の最側近に対する監察への妨害や、政治的中立に反する発言など4点を懲戒事由として認めた。

文大統領は同日、検事総長に対し、停職2カ月の処分を下した。「任命権者として重く受け止めている」と述べ、国民に謝罪、その上で「検察が正される契機となることを願う。法務省と検察の新たな出発を期待する」と強調した。

秋法相は同日、一連の問題が一段落したことを踏まえ、文大統領に辞意を表明した。文大統領は「決断を高く評価する」と述べ、近く辞表を受理し早期の幕引きをはかると見られた。

しかし、検事総長は処分決定を巡り「不法で不当な措置で、検察の政治的中立性と独立性、法治主義が深刻に毀損された。憲法と法が定めた手続きに従い、過ちを正す」との声明を出し、再度、停職処分の停止をソウル行政裁判所に申し立てた。

12月24日、ソウル行政裁判所は懲戒の効力を停止する判断した。 双方の意見を聞く審問の手続きを行ったあと、「回復困難な損害や緊急性がある程度認められる」などとして申し立てを認めた。

検事総長は、司法判断に謝意を表し、「憲法精神と法治主義、常識を守るため最善を尽くす」と表明、翌日、約1週間ぶりに最高検に登庁し職務を再開した。

政権側の完敗となった。

文在寅大統領は12月25日、裁判所の決定で尹錫悦検事総長の停職2カ月の懲戒処分の効力が停止し、尹氏が職務復帰したことについて「裁判所の決定を尊重する」とした上で「結果的に混乱を招いたことを、人事権者として国民に謝罪する」と述べた。大統領府関係者は「いつまでもこの問題に縛られるわけにはいかないというのが大統領の考え」と説明した。

文大統領は謝罪により対立を早期に収拾させたい意向とみられるが、対立がさらに深まるとの見方が強い。

韓国大統領府は12月30日、尹検事総長と激しく対立した秋美愛法相を交代させる人事を発表した。後任は裁判官出身の現職の国会議員の朴範界氏。

文大統領はまた、検察改革の根幹と位置付ける新設の捜査機関「高官犯罪捜査庁」 (12月10日の国会本会議で設置法改正案を与党「共に民主党」などの賛成多数で可決)のトップに元判事の金鎮煜氏を指名した。同庁が発足すれば、政府高官や政治家らに対する検察の捜査権が同庁に移管され、検察の弱体化は必至とされる。文政権は同庁を来年初めに発足させ、改革を早期に完了させ ようとしている。

しかし、この人事は国会の承認が必要で、人事聴聞会で野党側から厳しい追及が予想される。

コメントする

月別 アーカイブ