老化細胞の選択的除去で加齢現象・老年病・生活習慣病を改善

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東京大医科学研究所の中西真教授らは、加齢に伴い蓄積し、動脈硬化や糖尿病などさまざまな加齢関連疾患の原因となる「老化細胞」(senolysis) だけを除去する薬剤を発見し、マウスの実験で疾患の改善にも成功した。

論文は1月15日にの米科学誌 Scienceに掲載された。

"Senolysis by glutaminolysis inhibition ameliorates various age-associated disorders"

同様の研究は大阪大学微生物病研究所の原英二教授らのチームで行われており、2020年4月22日付けで英国の科学雑誌『Nature Communications』にオンライン掲載されている。

A BET family protein degrader provokes senolysis by targeting NHEJ and autophagy in senescent cells

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正常な細胞は発がんの危険性がある修復不可能なDNA損傷が生じると、アポトーシス (細胞死)を起こすか、細胞老化を起こして細胞周期の進行を不可逆的に停止する。

これらの現象は、異常細胞の増殖を防ぐ重要ながん抑制機構として働いていると考えられてきた が、アポトーシスとは異なり、老化細胞は生存可能なため、加齢とともに老化細胞が体内に蓄積していく。体内に蓄積した老化細胞は炎症性サイトカインやケモカインなどの炎症性物質を分泌する ことで慢性炎症を惹起し、がんを含めた様々な炎症性疾患の発症を促進することがわかってきた。

また、老齢のマウスから特殊な方法で老化細胞を除去すると、動脈硬化や腎障害などの発症が遅れることが分かっているが、薬剤などで除去する方法は見つかっていなかった。

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東京大医科学研究所チームは、ヒトの細胞を使って老化細胞を人為的に作製、老化細胞の生存に必要な遺伝子を探索し、glutaminase 1 (GLS1) というグルタミン代謝に関する遺伝子を見つけた。

さらに、細胞内小器官の異常で老化細胞内は酸性に傾いており、GLS1が過剰に働いて中和することで、細胞を維持していることも分かった。

老化細胞の細胞内pHは、リソソーム膜の損傷によって低下し(酸性に傾く)、腎臓型グルタミナーゼ(KGA)の発現を誘導する。
増強されたグルタミノリシスはアンモニア産生を誘発し、中和して、老化細胞の生存を
維持する。


正常細胞と老化細胞にそれぞれGLS1の働きを阻害する阻害剤を添加したところ、老化細胞だけが死滅した。

GLS1の働きを止める阻害剤を老齢マウスに投与したところ、さまざまな臓器で老化細胞が除去され、腎臓や肺、肝機能などの低下が改善 、動脈硬化や糖尿病などの症状にも改善が見られた。

人間の年齢に換算すると、握力や免疫機能は60歳程度から30~40歳程度になり、病気をもたらす腎臓の糸球体硬化や肺の線維化、肝臓の細胞炎症なども改善したという。

人間でも加齢とともにGLS1の働きが強まることは分かっており、同様の効果が期待できるという。


東大医科研の中西真教授(がん防御シグナル分野)は「がんを含め、さまざまな病気に老化細胞が関わっている可能性がある。GLS1阻害剤の副作用を慎重に調べ、5~10年程度で臨床研究を開始したい」と話した。

このGLS1の働きを止める阻害剤は、抗がん剤の候補物質として、患者に投与して有効性や安全性を確かめる臨床試験が進んでいる。

チームは候補物質を明らかにしていないが、大阪大学チームは候補物質を明らかにしている。

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大阪大学微生物病研究所のチームは、武田薬品工業のオープンイノベーションプラットフォームを利用し、体内に蓄積した老化細胞を選択的に死滅させる薬剤(セノリティックドラッグ) の候補物質を15個同定した。

そのうち最も活性が高かった4化合物がBET inhibitorであることがわか った。

BET(Bromodomain and extra-terminal family protein)は、染色体を構成するヒストンの内、アセチル化したヒストンを認識し、転写因子を動員することで遺伝子の転写を調節する分子で、細胞において様々な遺伝子の発現制御に関与している。

研究の結果、BET degraderの一つであるARV825がセノリティックドラッグとしての効果が最も高いことが 分かり、作用機序を解析した。

老化細胞で働く主なDNA二重鎖切断修復機構を阻害すると同時に、オートファジー関連遺伝子群の発現上昇を促進することで老化細胞の細胞死を引き起こす 。

さらにARV825が生体内でもセノリティックドラッグとして働くかどうかを確認するために、肝がんの発症が促進されることが知られている肥満マウスにARV825を投与したところ、細胞老化を起こした肝星細胞が減少し、肝がんの発症率も低下することが 分かった。

ヒトのがん細胞を移植したヌードマウスに抗がん剤Doxorubicinを投与した後にARV825を投与すると、Doxorubicinの投与により発生した老化細胞が減少し、Doxorubicinによる腫瘍抑制効果が増強されることが わかった。

最近、抗がん剤処理や放射線照射で生き残ったがん細胞の一部が細胞老化様の増殖停止を起こし、更に 炎症性サイトカインを含む様々な分泌性タンパク質を高発現することでがんの再発や悪性化を引き起こす可能性が指摘されており、BET degraderのようなセノリティックドラッグは抗がん剤の治療効果の向上にも貢献できる可能性が期待されるとしている。




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