今年の「イグ・ノーベル賞」の授賞式が9月9日、オンラインで行われた。
歩行者が他の歩行者と衝突する研究と、衝突しない研究が合わせて受賞した。
歩行者が時に他の歩行者と衝突する理由を知るための実験で、京都工芸繊維大学情報工学・人間科学系の村上久・助教らの研究グループが動力学賞(KINETICS PRIZE )を受賞した。日本人の受賞は15年連続。
逆にオランダ、イタリア、台湾、米国のチームに与えられた物理学賞のテーマは、「歩行者が常に他の歩行者と衝突しない理由を知るための実験 」である。
駅での500万人の歩行者の動きを6カ月にわたり調査した。
向き合って歩く歩行者は間隔が1.4mになると、衝突を避ける行動を取る。
1列で歩く場合、間隔が1.2mの場合は歩幅は平均60cmだが、混んでくると歩幅は減る。
村上久・助教らは「歩きスマホ」をする人が、歩行者集団に与える影響を明らかにした。
横断歩道などで多数の人が行き交うときは、歩行者の集団が自然と幾つかの列に分かれる「レーン形成現象」が見られる。従来は「近づきすぎたら離れる」といった、距離に基づく数理モデルでこの仕組みを解明しようとする研究が主だった。 今回の物理学賞もこの研究である。
村上助教は学生ボランティア54人を27人ずつ、2つのグループに分け、 幅3メートルの通路を10メートル歩いてすれ違う様子を観察した。普通に歩くと、互いの進行方向ごとにまっすぐなレーンができ、平均で秒速約130センチメートルで行き交った。
これに対して、先頭集団の3人にスマホを持たせ、1桁の足し算をしながら歩かせると、本人や周囲の人は、ぶつかりそうになるのを避けるために急に向きを変えるなどしてレーンは蛇行し、歩く速度も同120センチメートルに下がった。
歩きスマホをした人のほか、向き合う人や離れていた人でも急ターンする様子がみられた。歩きスマホの人の視線が、本人や周囲の人に影響する可能性を突き止めた。
このことから村上助教は、歩行者個人が互いに動きを予想して行動する「相互予期」が、集団としての動きを円滑なものにする「集団の組織化」を促すと確認した。
その他の賞は以下の通り。
生物学賞
ネコの鳴き声の違いからネコの意思を識別できる可能性を示唆
猫が人間との間で、ゴロゴロ (purring)、鳴き声(chirping)、おしゃべり(chattering)、トリル(trilling)、ツイード(tweedling)、つぶやき(murmuring)、鳴き声(meowing)、うめき声(moaning)、きしむ音(squeaking)、シューという音( hissing)、うなり声(yowling)、遠吠え(howling)、うなり声(growling)、その他 などを使っていかにコミュニケーションするかを多くの研究で明らかにした。
エコロジー賞
遺伝子分析を使用して、さまざまな国の舗装道路に捨てられ、貼りついたチューインガムの塊に存在するさまざまな種類の細菌を特定
ガムに含まれる口腔微生物叢が周囲の微生物に取って代わられ、ガムの自然な生分解が行われる可能性や、他の微生物の菌株になる可能性
化学賞
映画館内の空気を化学的に分析し、観客が発する臭いが、観客が見ている映画の暴力、セックス、反社会的行動、薬物使用、および不適切な言葉のレベルを確実に示しているかどうかをテスト
サスペンス(ドキドキ)のシーンとコメディー(笑い)のシーンにおいて、人間は特徴的な匂い(揮発性有機化合物)を放出。
経済学賞
国の政治家の肥満がその国の汚職の良い指標である可能性があることを発見
医学賞
性的オルガスムが、鼻呼吸の改善に対し、充血除去薬と同じくらい効果的である可能性があることを示した。
オルガズムが鼻づまりを最大60分間効果的に改善し、3時間かけて通常の状態に戻っていくことが明らかになった。セックスにともなう体の動きとホルモンの分泌パターンの変化が、鼻の気道を開くことにつながった。
平和賞
人間は顔へのパンチから身を守るためにひげを進化させたという仮説を検証
昆虫学賞
潜水艦のゴキブリ駆除の新しい方法
従来はエチレンオキサイドガスが使用されたが、液化したガスは艦内で気化し、中毒になる事故があった。
代替として殺虫剤ジクロルボスが安く、効果的なことを見つけた。(1971年)注)その後、毒性が問題になっている。
交通賞
サイの輸送で、空中で逆さまにして輸送する方が安全なことを実験で確認
サイは種の遺伝子プールの多様性を確保するために、別のサバンナに移送するが、アクセスしにくい場所には鎮静剤を打ったサイをヘリコプターで空輸する。
その際にはヘリに取り付けたストレッチャーに寝かせる方法と、足の部分から宙づりにする方法のどちらがいいかを調査した。サイが横向きにあると、下になっている側の肺には多くの血液が流れ込むが、上の肺はそうではなくなる。逆さづりの場合は、逆立ちしているのと同じなので、両方の肺に均等に血液が行きわたる。
また、横向きや横ばいの状態が長く続くと、体重が重いために筋肉にダメージを受け、ミオパシーを起こすが、逆さづりの場合はかかとにひもをくくり付けるため、脚への負担もない。
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日本人の受賞は次のとおりで、2005年までに11件、2007年からは15年連続で16件(2013年は2件)で、合計27件の受賞となった。
なお、2008年の認知科学賞と、2010年の交通計画賞は、同一テーマの研究の延長で受賞している。
過去の記事は、これをクリック。
(敬称略)
名前 | 受賞 | ||
1 | 1992 | 神田不二宏ほか (資生堂研究センター) |
薬学賞 足の匂いの原因となる混合物の解明 |
2 | 1994 | 気象庁 | 物理学賞 地震が尾を振るナマズによって引き起こされるかどうかを7年間研究した功績 |
3 | 1995 | 渡辺茂(慶應義塾大学) 坂本淳子 脇田真清(京都大学) |
心理学賞 ハトの絵画弁別(ハトを訓練してピカソとモネの絵を区別できるようにした)功績 |
4 | 1996 | 岡村長之助 (岡村化石研究所) |
生物学的多様性賞 岩手県の岩石から古生代石炭紀(約3億年前)の石灰岩中に超ミニ恐竜化石を 発見した功績 (小さな石を顕微鏡で見て超ミニ恐竜化石だと主張して発表) |
5 | 1997 | 舞田あき(バンダイ) 横井昭宏(ウィズ) |
経済学賞 バーチャルペット(たまごっち)の開発によりバーチャルペットへの労働時間を 費やさせた功績 |
6 | 1997 | 柳生隆視 他 (関西医科大学) |
生物学賞 様々な味のガムをかんでいる人の脳波を研究 |
7 | 1999 | 牧野武 (セーフティ探偵社) |
化学賞 妻や夫の下着に適用して精液の跡を発見できる浮気検出スプレーの開発. |
8 | 2002 | 佐藤慶太(タカラ社社長) 鈴木松美(日本音響研究所) 小暮規夫(獣医学博士) |
平和賞 コンピュータ・ベースでの犬と人間の言葉を自動翻訳するデバイス「バウリンガル」開発 |
9 | 2003 | 広瀬幸雄 教授 (金沢大学) |
化学賞 銅像に鳥が寄りつかないことをヒントに、カラスを撃退できる合金開発 |
10 | 2004 | 井上大佑 | 平和賞 カラオケを発明し、人々に互いに寛容になる新しい手段を提供 |
11 | 2005 | 中松義郎 (ドクター中松) |
栄養学賞 36年間にわたり自分が食べたすべての食事を撮影し、食べ物が頭の働きや体調に 与える影響を分析 |
12 | 2007 | 山本麻由 | 化学賞 牛糞からバニラの芳香成分 vanillin の抽出 |
13 | 2008 | 中垣俊之ほか | 認知科学賞 真正粘菌変形体という巨大なアメーバ様生物が迷路の最短経路を探し当てる |
14 | 2009 | 田口文章ほか | 生物学賞 パンダのフンから抽出したバクテリアを使って台所の生ゴミを分解し、9割減量 |
15 | 2010 | 中垣俊之ほか | 交通計画賞 粘菌が交通網を整備 |
16 | 2011 | 今井眞ほか | 化学賞 わさびの臭いが火災報知器の役割を成す理想的な空気中のわさび濃度 |
17 | 2012 | 栗原一貴、塚田浩二 | 音響賞 迷惑を顧みず話し続ける人の話を妨害する装置「スピーチジャマー」を開発 |
18 | 2013 | 新見正則ほか | 医学賞 心臓移植したマウスにオペラを聴かせると生存期間が延びた |
19 | 今井真介ほか | 化学賞 タマネギの催涙成分をつくる酵素 |
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20 | 2014 | 馬渕清資ほか | 物理学賞 「バナナの皮を踏むとなぜ滑りやすいのか」を実験で解明 |
21 | 2015 | 木俣肇 | 医学賞 情熱的なキスの生物医学的な利益あるいは影響を研究するための実験 |
22 | 2016 | 東山篤規、足立浩平 | 知覚賞 股のぞき効果 |
23 | 2017 | 吉澤和徳、上村佳孝 | 生物学賞 ブラジルの洞窟で見つかった新種の虫の雌が「ペニス」のような器官を持ち、 それを使って雄と交尾することを解明 |
24 | 2018 | 堀内朗 | 医学教育賞 座位で行う大腸内視鏡検査 |
25 | 2019 | 渡部茂 | 化学賞 5歳児の唾液の量 |
26 | 2020 | 西村剛 | 音響学賞 ヘリウムを吸ったワニの鳴き声 |
27 | 2021 | 村上久 | 動力学賞 「歩きスマホ」が、歩行者集団に与える影響 |
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