WHO、マラリアワクチン使用を初めて推奨

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WHOは10月6日、英製薬大手の GlaxoSmithKline (GSK)が開発したマラリア予防のワクチンRTS,S/AS01(商品名 Mosquirix)の使用を初めて推奨すると発表した。これまでWHOの基準を満たすマラリアワクチンは存在していなかった。

GSKのワクチンは、PATH Malaria Vaccine Initiative と組んで開発された。
これは米国のNPO団体のPATH (Program for Appropriate Technology in Health) がBill & Melinda Gates Foundationの寄付を受けて1999年に始めたプログラムで、「マラリア撲滅」を目指して国際的なマラリアワクチンの研究開発を強力に支援 するものである。

GSKは2015年7月、欧州医薬品庁が、世界初のマラリアワクチン Mosquirixに 6週~17カ月の乳幼児を対象とした使用について科学的見地にもとづく承認勧告を行ったと発表した。これはサハラ以南のアフリカで乳幼児に予防接種を始める根拠となる。

WHOは2019年4月、アフリカの3カ国で年間約36万人の子どもを対象にマラリアワクチンの接種を始めると発表した。

2019年以降、ガーナ、ケニア、マラウイのアフリカ3カ国で試験的に80万人以上の子供に接種して効果を調べ た。マラリアの発症を39%、重症化を29%防ぐことができることが分かった。

直接の効果は大きくないが、殺虫剤コーティングの蚊帳などその他のマラリア対策を組み合わせることで、毎年26万人以上とされるマラリアの犠牲になる子供たちから数万人を助けられるとしている。

テドロス事務局長は「マラリアワクチンは長い間実現できない夢だった。30年以上かけて作られたこのワクチンが公衆衛生の歴史を変える」と述べた。

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マラリアは、ハマダラ蚊に寄生するマラリア原虫により感染し、発症する。

ハマダラ蚊が産卵のため吸血する際、蚊の唾液腺に集積していたマラリア原虫が ヒトの体内に侵入する。ヒトの体内で形を変えながら増殖を繰り返し、マラリアを発症させ、別の蚊が吸血する際に再び蚊に感染する。 これによりマラリア感染を拡大させる。

マラリアワクチンは、ウイルスではなく、マラリア原虫を対象にするもので、3つの種類がある。

 感染阻止ワクチン:原虫(スポロゾイト形態)のヒトへの感染を阻止する。
 発病阻止ワクチン:ヒト体内で赤血球期原虫 (メロゾイト形態)の増殖を阻止する。
 伝播阻止ワクチン:ワクチン接種後の血を吸ったハマダラ蚊の中でマラリア原虫 (オーシスト形態)の発育を阻止する。


https://www.ds-pharma.co.jp/press/pdf/pr20200403.pdf


GSKのワクチン(RTS,S)は感染阻止ワクチンで、原虫が血液に入った時に肝臓に移り、成長し、増殖するのを防ぐ。

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GSK以外にも多くの企業がマラリアワクチンを開発している。

愛媛大学プロテオサイエンスセンターと大日本住友製薬は2020年4月3日、米国のNPO団体のPATHProgram for Appropriate Technology in Health)と3進めている「新規マラリア阻止ワクチンの前臨床開発プロジェクト、公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金GHIT Fund)の助成案件に選定されたと発表した。

このワクチンはヒトから蚊への原虫感染サイクルを断つことができるマラリア伝阻止ワクチン候補製剤である。

ワクチンを接種した人には効果はないが、その血を吸った蚊の中のマラリア原虫が激減するためさらなる感染の拡大を防ぐワクチンとして期待されている。コミュニティー全体をマラリア感染から守る。

2020/4/8 愛媛大学と大日本住友製薬、新規マラリア伝搬阻止ワクチン開発へ

赤畑渉博士が米国で設立した創薬ベンチャー VLP Therapeuticsは2019年2月4日、独自技術 i-αVLP (inserted alpha VLP) Technology で開発したマラリアワクチン候補 VLPM01の新薬臨床試験開始届(IND)が米食品医薬品局(FDA)により認可され、フェーズ I/IIa の患者登録を開始したことを明らかにした。Walter Reed Army Institute of Research で臨床試験が実施される。

2019/3/5 マラリアワクチンの臨床試験 開始

Pfizerと共同で新型コロナウイルスワクチン(mRNAワクチン)を開発したドイツの BioNTechは2021年7月26日、この経験を生かして mRNA技術に基づく初のマラリア予防ワクチンを開発し、2022年末までに臨床試験を開始する目標を明らかにした。同社はまたアフリカ大陸における生産能力拡大に向けた取り組みの一環として、アフリカでのワクチン生産も検討している。

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現在、世界で年間40万人以上がマラリアで死亡し、5歳以下の子どもが約3分の2を占める。症例と死亡者の9割以上がアフリカに集中している。

以前はハマダラ蚊の駆除にDDTが使用され、効果を挙げていた。

しかし、レイチェル・カーソンが1962年、著書「沈黙の春」でDDTの生態系への影響を指摘、他の研究者からも発がん性やホルモンに似た作用があるという報告が相次いだ。このため、80年代に各国で使用禁止となった。

スリランカでは1948年から62年までDDTの定期散布を行ない、それまで年間250万人を数えたマラリア患者の数を31人にまで激減させることに成功していたが、DDT禁止後には僅か5年足らずで年間250万人に逆戻りした。

WHO2006915日、マラリア蔓延地区においてDDT室内散布を推奨すると発表した。以前のように戸外で散布し、ボーフラ駆除で蚊の繁殖を防ぐものではない。

2006/10/23  WHO、マラリア防止にDDT使用を推奨

国際的にDDTの製造、輸入・使用を制限している条約には2004年に50カ国以上が締結し発効された「残留性有機汚染物質(POPs)に関するストックホルム条約」があるが、DDTに関しては、条項として、「WHOの勧告及び指針に基づいた疾病を媒介する動物の防除に限り、安全で効果的かつ入手可能な代替品がない場合はDDTの製造と使用を認める」としている。
2007年の第3回締約国会議においては、一部の国で伝染病防止のためにDDTを引き続き使用する必要性があるとの結論が示されており、今後も必要性確認のための評価を行うことが議決されている。

現在、住友化学のピレスロイド系殺虫剤を練り込んだ長期残効型防虫蚊帳 Olyset Net が、WHOからも使用を推奨され、広く使用されている。今後もワクチンと併せて使用されると見られる。

2013/6/8 住友化学のOlyset Net

これについては、経緯を記した本が出版されている。

2017/7/29 本の紹介 「日本人ビジネスマン、アフリカで蚊帳を売る: なぜ、日本企業の防虫蚊帳がケニアでトップシェアをとれたのか?

2020年9月14日のNHK TV「逆転人生」で、ドキュメンタリー「マラリアを予防せよ 命の蚊帳を世界に届ける」が紹介された。


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