東京電力福島第1原発事故が起きたのは旧経営陣が津波対策を先送りしたためだとして、東電の株主48人が同社の元役員5人を相手取り総額22兆円を東電に賠償するよう求めた株主代表訴訟で、東京地裁 民事第8部の3人の裁判官は7月13日、勝俣恒久元会長(82)、清水正孝元社長(78)、武黒一郎元副社長(76)、武藤栄元副社長(72)の4人に 連帯して東電に13兆3210億円の支払うよう命じる判決を言い渡した。判決要旨
4人の過失を認め、「原子力事業者の取締役として安全意識や責任感が根本的に欠如している」と厳しく批判した。 小森明生元常務への請求は退けた。
株主側は国が試算した東電の賠償見込み額などから請求額22兆円を算定したが、判決は東電が支出するなどした廃炉費など1兆6150億円、被災者への賠償金7兆834億円、除染費用など4兆6226億円の合計を賠償額とした。2017年6月2日から支払済みまで年5分の割合による損害遅延金(利息)支払いも命じた。これらについては仮執行を認めた。
(仮に判決が確定しても、実際には個人で支払える限度をはるかに超えている。)
付記
東電の勝俣恒久元会長ら旧経営陣4人は7月27日、総額約13兆円の賠償を命じた東京地裁判決を不服として控訴した。
一方、22兆円の賠償を求めていた原告の株主側も控訴した。
政府の地震調査研究推進本部が2002年に公表した地震予測「長期評価」に基づき、東電は2008年に高さ最大15.7メートルの想定津波を試算した。 しかし旧経営陣側は訴訟で「長期評価は信頼性に欠け、津波対策をしても事故は防げなかった」と主張し、津波の予見可能性と事故の回避可能性が争点だった。
判決は長期評価について多くの地震、津波の専門家が検討に加わっていたことなどから「相応の科学的信頼性がある」とし、巨大津波の予見可能性を認めた。原子力部門の副本部長だった武藤元副社長が2008年に長期評価に基づく想定津波の信頼性の検討を外部の土木学会への委託にとどめたことについて「津波対策を先送りしたもので、著しく不合理」と批判。武藤元副社長の直属の上司だった武黒元副社長も津波対策を指示する注意義務を怠ったとした。
勝俣元会長と清水元社長は訴訟で「想定津波に関する報告を受けていない」と主張したが、判決は2人が出席する会議で10メートル超の津波が原発に襲来する可能性が議論されていたことから「過酷事故の可能性を認識しながら必要な調査をさせなかった」と判断した。
小森明生元常務(69)については、原子力担当の常務に就いてから事故までの期間が短いため、地裁は過失を認定しつつも賠償責任を否定した。
判決はまた事故の回避可能性について、原発の建屋が浸水しないようにする「水密化」をしていれば防げた可能性があるとした。
判決概要:
1.取締役の善管注意義務
福島第一原発1~4号機において、10m盤を少しでも 超える高さの津波が襲来した場合には、4m盤上の非常用海水ポンプの機能を確実に喪失し、これだけでも過酷事故に至る危険性があったことに加え、さらに、10m盤上にある交流電源設備及び主な直流電源設備の機能喪失により全電源喪失状態が生じる可能性があったから、炉心損傷ないし炉心溶融に至り、過酷事故が発生する可能性は極めて高い。
原発で大量の放射性物質を拡散させる過酷事故が発生すると、わが国そのものの崩壊にもつながりかねない。原発を設置、運転する会社は、最新の科学的、専門技術的知見に基づき想定される津波で過酷事故が発生する恐れがある場合、事故を防ぐために必要な措置を講ずべき義務を負う。取締役は、措置を講ずるよう指示すべき会社に対する善管注意義務を負う。
2. 津波の予見可能性
海溝型分科会では、津波地震について、異論を踏まえた上で、委員が合意できる案が長期評価の見解として取りまとめられ、長期評価部会及び地震調査委員会でも、委員間での適切な議論を踏まえた上での結論であった。いずれの議論でも、福島県沖日本海溝沿いでは、津波地震が発生しないとの意見を述べた者はいなかった。
慶長三陸地震、延宝房総沖地震及び明治三陸地震の3つの地震を日本海溝沿い領域で発生した津波地震とすること、三陸沖北部から房総沖までの日本海溝沿いを一つの領域とすること、このような地震が同領域のどこでも発生し得ることについて、その後の長期評価部会及び地震調査委員会での議論を経て、反対意見もなく了承されたのであるから、地震や津波の専門家による適切な議論を経た上で合意できる範囲が承認されたものといえる。
政府の地震調査研究推進本部の目的・役割、メンバーの構成などに照らせば、「長期評価」の見解は相応の科学的信頼性がある知見だった。原発を設置、運転する会社の取締役はこの知見に基づく対策を講ずることを義務付けられていた。
3. 任務懈怠の有無
<武藤栄元副社長>
(1)長期評価の見解の信頼性や成熟性が不明だと判断した上、(2)長期評価の見解も踏まえた福島県沖日本海溝沿い領域での地震の取り扱いについて土木学会に検討を委託し、その見解が提示されれば速やかに津波対策を実施するとの手順をとる判断をしたが、(3)土木学会の見解が示されるまでの間、福島第1原発の過酷事故を防ぐための津波対策を速やかに講ずるよう指示せず、ほかの被告らも判断を是認した。
経営判断として不合理とまではいえないが、福島第1原発を何らの津波対策に着手することもなく放置する判断は不合理で、善管注意義務があったのに怠った。
<武黒一郎元副社長>
上記の武藤栄決定と本件不作為を認識し長期評価の見解の概略を認識した。取締役としての善管注意義務があったのに指示せず、本件不作為の判断を是認した任務懈怠があった。
<小森明生元常務>
小森元常務は2010年7月頃、長期評価の見解を認識したが、武藤決定により大規模構築物の工事に着手しないまま、土木学会での検討に相当の長期間を要していた。取締役としての善管注意義務があったのに怠った。
<勝俣恒久元会長と清水正孝元社長>
2人は御前会議と呼ばれる東電内部の会議に出席し、ここで14メートル程度の津波が来る可能性があるという人もいた。これが相応の権威がある機関の見解で、この津波が福島第1原発に襲来した場合に過酷事故が起きる可能性を認識した。2人とも、速やかな対策を講じない東電の原子力・立地本部の判断に不合理な点がないかを確認すべき義務があったのに怠った。
4.任務懈怠と事故との因果関係
被告らから指示を受けた場合、主要建屋や重要機器室の水密化を容易に着想して実施し得た。水密化の措置は多層的な対策となっていたことから、津波による電源設備の浸水を防ぐことができた可能性があった。
この水密化措置に要する期間は合計2年程度と認められる。武藤元副社長、武黒元副社長、勝俣元会長、清水元社長らの任務懈怠はいずれも震災より2年以上前で、震災までに水密化措置を講ずることが可能だったから原発事故との間に因果関係が認められる。
一方、小森元常務の任務懈怠は2010年7月ごろで、(それから対策をとっても間に合わず)因果関係は認められない。
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なお、勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長は福島第1原発事故を巡って業務上過失致死傷罪で強制起訴され、1審・東京地裁判決(2019年9月)では無罪とされた。
この控訴審で、東京高裁は6月15日、判決期日を2023年1月18日に指定したと明らかにした。
今回の株主代表訴訟で原告側が提出した証拠は、刑事裁判でも使われている。原告側代理人の弁護士は、今回の判決を踏まえ「上申書を作ることになると思う」と話し、刑事裁判にも影響が及ぶ可能性を示唆した。
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参考
普通の民事訴訟では、請求額に比例して印紙税がかかる方式となっており、仮に通常の民事訴訟で13兆円の賠償請求を行う場合、100億円を超える印紙代が必要となる。
しかし、株主代表訴訟では支払いが確定した賠償金は、訴訟の原告である株主ではなく会社に支払われるため、例外的に、一律1万3000円の印紙代を支払うことで兆単位の賠償でも、要件を満たせば訴訟を提起できる。
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